◎デニスとジャニス
三人称視点です。
「ふははは、なるほど……! あれがそうなのか! 確かに今の俺の手には余る存在だな、あれは。ならば、俺は尚更数多の魔物を食さねばならん。……じゃなければ、喰われるのは俺の方だ……!」
ルウファ達と遭遇し、結局ルウファ達を喰らわずにその場を立ち去ったバアルゼブブは、あの場より更に北東方面に進んだ先にある荒地にて呟いた。
今のバアルゼブブの姿はルウファ達と遭遇した時とは違い、両側頭部からは禍々しい角を生やしている。
ルウファ達とバアルゼブブが遭遇した時、彼は角を消していた。何故かと言えば、角が無い方がルウファ達を喰らった時に、更にルウファ達の驚く顔が見られるだろうと思っての事だ。
結局、バアルゼブブのその目論見は叶わなかったが、ともあれ彼の頭の中には既にそんな事は消えている。
「オークキングを喰らったからにはかなりの力を得たはずだが、あれと出会った今となってはまるで足りん事が分かった。更に森の奥へと向かい、更に強力な魔物を喰らうのだ」
バアルゼブブが独り言ちながら佇む場所は、草すら生えていない荒地である。
しかしこの場所にはほんの少し前まではたくさんの草が生え、そして何十本もの樹木が生い茂っていた。
そしてその樹木には果実が実り、その果実が実るが為にオークが一大拠点となる巨大な集落を築いていたのだ。
その集落に暮らしていたオークの数は実に300体以上。オークキングを筆頭に、オークジェネラルやオークソルジャー、オークメイジなどの強力な個体も存在していた。
このオークの集落を殲滅する為には、それこそ、ラディアス王国守護軍を動員せねばならない程の規模であった。
しかし何故この場が荒地と化しているのか……答えはバアルゼブブが根こそぎ喰らったからである。
ルウファ達と出会う前、バアルゼブブはコボルトの群れを喰らっていた。その為、コボルトから得た力で匂いを追い、ルウファ達の場所を嗅ぎつけてルウファ達と出会ったのだ。
そうしてルウファ達を喰らおうとしたバアルゼブブであったが、ルウファの匂いで自らがルウファに敵わない事を悟り、更には自らが力を得た原因とも言える存在がルウファだと気付き、その場を去った。
それもあって、バアルゼブブは力を得る為にオークの集落を根こそぎ喰らったのである。
それでも力が足りないと言う彼の考えは正しい。
何故ならば、ルウファは神狼である。言わば、天災と恐れられたテンペストドラゴンのゲイルでさえルウファはあっさりと倒した存在なのだ。今現在のバアルゼブブの力では敵うはずもないであろう。
「さて、それでは更に奥へと進むとするか。……ん? ほう、あいつら……ようやく人間を喰らい始めたか。良いぞ、上手い肉は俺に力を与えてくれる……! あいつらが向かった人間の拠点は、確かセイル村と言ったか。そのままセイル村の人間を喰らい尽くし、更に多くの人間が集まる地へと向かえ! ふはははは!!」
バアルゼブブは何かに気付き、そう言った。
何かとは、バアルゼブブが創り出した二体の分体が人間を喰らい始めた事であり、それによってバアルゼブブも人間の味を堪能しているのである。人間の味を堪能するバアルゼブブの表情は、正に快楽を得ているかの様に愉悦に満ちている。
ともあれ、バアルゼブブは更なる力を求め、神滅の森の更に奥へと向かった。
☆☆☆
少し時は戻る。
ラディアス王国の北部に位置する神滅の森の畔。その、王都ラディアスから真っ直ぐ北に向かった神滅の森の畔にバール村は在るのだが、そのバール村より東へ向かった場所にセイル村は存在する。
バール村からセイル村まで、徒歩で向かえば七日から八日程、馬車で向かえば四日程の距離がある。
村の規模で言うならば、セイル村は正しく村といった所だろう。村とは名ばかりの巨大都市、バール村とは全く違う。
このセイル村、実は神滅の森から進めばそれ程遠くはない。何故かと言えば、バール村とセイル村の間は山で隔てられているからだ。その為、互いの村を直接行き来するには時間を要するのだ。
そのセイル村は人口が千人程の、本当に小さな村である。
バール村と同じく神滅の森に面している為、やはり魔物から村を守る城壁は築かれてはいるが、その城壁の内部は田畑が多くの面積を占めており、次いで牛や馬、それに豚などの家畜を育てる為の牧草地が続く。つまりセイル村は、極めて長閑な田舎の村そのものといった所である。
そんなセイル村に、二人の冒険者が里帰りを果たす。
一人は薄い赤色の髪をした細面の男であり、もう一人は薄いオレンジ色の髪をした少しぽっちゃりとした男である。
細面の男の名は【デニス】と言って、今年で25歳になる青銅級ランクの冒険者だ。
もう一人のぽっちゃりした男の名は【ジャニス】と言って、やはりデニス同様今年で25歳であり、同じく青銅級ランクの冒険者である。
この二人、小さな頃から何をするのでも一緒に行動する為、二人を良く知るセイル村の人には【バカニスコンビ】と呼ばれている。
「分かってるな、ジャニス。全てはバアルゼブブ様の為だ」
「分かってるともデニス。バアルゼブブ様の下僕になる前だったら逃げ出したかもしれないが、今はバアルゼブブ様に頂いた力がある。泣いてばかりいたあの頃とは違うし、バカでもない」
細面のデニスは確認する様に、ぽっちゃりのジャニスへと話し掛ける。デニスの問い掛けに、全てはバアルゼブブ様の為だ、分かっていると答えたジャニス。
バアルゼブブの分体として創り出されてから一日が経過した頃、二人は生前の記憶を全て思い出していた。だからこそ普通に会話が出来るのである。
何故この二人に記憶が戻り普通に会話出来ているかと言うと、バアルゼブブは二人の魂を吸収する事が出来ず、その為二人に魂が再び宿った事が原因だろう。性格はかなり変わった様だが。
ともあれ、二人はそう会話した後、セイル村の門へと向かう。
セイル村の門は田舎という事もあり、バール村の様に、入村する為に長蛇の列が出来るという事もない。二人はすんなりと守衛がいる所まで辿り着いた。
「お前らは……バカニスコンビじゃないか! あの悪童二人組が冒険者になるって言い出した時は度肝を抜かれたが、こうして見ると案外天職に感じるな! しかし、いくらお前らとは言え規則は規則……ギルドカードを提示してくれ」
セイル村の門を管理する守衛の男は、デニスとジャニスに親しげにそう話し掛けた。
彼も二人と同年代であり、幼少の頃は揃って馬鹿をした仲である。そんな仲だった男から見れば、デニスとジャニスの二人は立派な冒険者に見えるのだろう。
「ああ、久しぶりだな。すまんがギルドカードは依頼中に失くしちまったんだ。今再発行の手続き中だから今回は大目に見てくれ」
「そういう事だ。俺もデニスと同じ依頼中に失くした。お前と俺らの仲じゃねぇか……悪ぃが通してくれ」
二人はそんな事を守衛の男に伝える。しかし、デニス達二人の話は真っ赤な嘘である。
二人のギルドカードは、二人がバアルゼブブに喰われた時に同時に吸収されている。ならば二人が身に付けている革の軽鎧は何かと聞かれれば、バアルゼブブの分体であるが故の二人の能力で体の表面を変化させたものである。
それはともかく、
「うーん……でもなぁ。こればっかりは規則だから、悪いが二人を村に入れる事は出来ない。……悪いな」
守衛の男は二人の入村を許可しなかった。
当然であろう……二人はギルドカードを提示しなかったのだ、守衛のこの男がそれを許すはずもない。
デニスとジャニスの幼少の頃からの友人とは言え、今の彼は真面目な守衛である。村を守るという誇りから、彼は二人の入村を許可する事が出来なかったのだ。
守衛の男に入村を拒否されたデニスとジャニスは互いに見つめ合い、そして頷く。その二人の表情は無表情なものへと変わっていた。
「ならば……お前は俺らの飯になる。いいな、ジャニス。仲良く半分こだぞ?」
「分かってるとも。それじゃ……喰うか!」
「「《暴食する口》!!」」
「な、何!? お前らバカニスじゃないのか!? う、うわぁあああ! だ、誰か助け……ッ──!」
デニスとジャニスの体は半液体状へと変わり混じり合うと、スライムの形状をした姿へとなる。そしてそのスライムには巨大な口だけがあった。そう、口だけ。
スライムには元々口などは無いが、二人は暴食の化身バアルゼブブの分体……その力がこの様な形態をとらせたのだろう。
そうして巨大な口を持つスライムとなった二人は、守衛の男を頭から貪り始める。
貪ると言っても、口から守衛を飲み込み、その体内で溶かして消化するのだが。
ともあれ、守衛の男は一瞬にして消化され、25年の生涯に幕を閉じた。
「「《増殖》!」」
デニスとジャニスが変化したスライムがそう言うと、そのスライムの体から小さなスライムが分裂し、大きくなると共に人型の形状を取り始める。
更に、次第に服や革鎧が人型の表面に形成され、やがてその人型は守衛の男の姿へと変わっていた。
「「《分離》!」」
「実に美味いなぁ、人間は……!」
「ああ、デニス……! これもバアルゼブブ様のお力のお陰だな! そして……お前も今日からバアルゼブブ様の配下だ。門に近付く人間を全て喰らえ」
巨大な口を持つスライムから元の二人に戻ったデニスとジャニスは、人間の味に満足し、バアルゼブブへと新たに忠誠を誓う。
そして二人が分裂によって生み出した、バアルゼブブの新たな配下となった守衛へと指示を出す。
「……はい、分かりました」
守衛だった男の表情は無表情であり、まだ分裂したてな為に人格も宿っていない。
それでも一日後には元の記憶を取り戻し、デニスやジャニスと同様人を喰らい始めるのだろう。
「先ずは俺らの家族を喰らい、家畜を喰らい……やがてこの国の全てを喰らい尽くすぞ、ジャニス……!」
「ああ、分かってるともデニス! 全てはこの力を与えて下さったバアルゼブブ様の為、そして俺らを見下してきた全ての人間を見返してやる為だ。ああ……たまらねぇなぁ……! 全てがご馳走だ、涎が溢れてきやがる!」
「ジャニス。いくら力を手に入れたとは言え、ガイアスなどの強力な力を持つ奴らには気を付けろよ? いずれはそいつらにも勝てる様になるだろうが、今はまだ力が足りない。それにバアルゼブブ様も言っていただろう……今はたくさん喰らって力を得るのだ、と。だから、俺らの方針もバアルゼブブ様を倣うぞ?」
「何度も言わせるな……! 分かっているともデニス! とにかく、先ずはこのセイル村だ。楽しみだなぁ、お袋や親父がどんな味がするのか……」
バアルゼブブの配下となった守衛が見つめる中、デニスとジャニスの二人はその様な会話をしながらセイル村へと踏み入る。
──セイル村の人間は一昼夜にして、その全てがバアルゼブブの配下へと変わっていた。
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