オーク一体の討伐・6
ルウファのドラゴンローブの下は何も付けてませんよ?
ええ、下着類は付けてません。
『何か』に襲われて瀕死だったコボルトを倒した僕達は、その『何か』に不安を感じながらも二時間程森の奥へと進み、遂に一体のオークの姿を発見した。
その後ガルバが思い付いた作戦ならばオークにも勝てると、僕達は行動を開始する。
この頃には『何か』に対しての不安は消えていた。不安を抱えていたら、勝てるものも勝てないだろうしね。
ともあれ、
「はぁあああっ!」
僕は腰の〈双竜剣〉を抜き放ち、気合いの声を上げながらオークへと突撃していく。
「ブキャ? ブヒャヒャヒャヒャ! ブヒィッ!!」
突撃する僕を見て下品な笑声を上げるオーク。人間の小さな女の子が死にに来たと馬鹿にしてるのだろう。
だけど、その油断が命取りとなる。母様から学んだ双剣の強さを見せてやる……!
オークの前に躍り出た僕は、オークの足に狙いをつけて舞を踊る様に斬り付けていく。足にダメージを与えれば、ただでさえノロマなオークの動きが痛みで制限されて更に遅くなる。それを狙っての攻撃だ。
「これでどうだ!」
傷は浅いけど、僕が何箇所も斬り付けたオークの太腿からは出血している。筋肉にもダメージは与えただろう。僕の狙い通りに、じきに痛みで動きが制限されるはずだ。
対するオークは僕の思惑に気付いているのか、それとも気付いていないのか、肩に担いでいた大きな棍棒を両手で持ち、それを頭上高く振り上げるとそのまま圧倒的な膂力に任せて振り下ろしてきた。
「当たらないよッ!!」
オークの足へと何度も斬り付け、そのダメージを確認しながらオークの振り下ろしを僕は華麗に横へと回避する。その際、空気さえも叩き潰す様なグオンという音が耳を掠め、空気に体を押される圧も感じた。だけど、力任せの大振りな攻撃なんて避けるのは簡単だ。
それに、やはり足のダメージが効いているのだろう。力任せの大振りな僕への攻撃も、僅かながらに鈍く感じたし、狙いを逸れている様に感じられた。
「ブヒッ!? ブキィイイイイッ!!」
厚い皮下脂肪のせいで鈍いのか、オークは自らの足が斬られた事を知って嬌声……もとい、驚声を上げている。
皮下脂肪が厚いせいで深く斬る事は出来なかったけど、やはりオークの動きを制限出来るだけの傷は与えられたのだろう。僕を睨む視線にも、傷の痛みから苛立ちが感じられる。
「ブガァアアアア!!」
僕みたいな小さな女の子に傷付けられた事に腹を立てたオークは顔を怒りで真っ赤に染めた後、怒声を上げながら大きな棍棒をやたらめったらに振り回し始める。剣術の様な型が出来ていない以上、中々に避けるのは難しい。
しかし──
「そうはさせませんよ……! 〖土の精霊に乞い願う。我は汝の友であり、古き友人である。我がマナを糧として差し上げよう。それを以て我が共通の敵の動きを止めたまへ! 《大地の牢獄》!〗」
──ガルバの精霊魔法、土の精霊ノームによる強力な束縛魔法がオークの動きを絡めて止める。
チラリとガルバを見れば、ガルバのすぐ傍に土色の小さな半透明のオッサン坊やの姿が現れてオークへと手を翳している。直後、オークの足元から土が蔦の様にオークの体を這い上がり、瞬時にその動きを束縛していく。
ガルバの精霊魔法の練度がまだまだ低い為にそれ程強力な束縛では無いけど、それでもオークの動きを阻害出来ているのだから凄いと思う。
「ブ!?」
オークは棍棒を振り上げた体勢で驚きのあまり動きを止めていた。いや、ノームの束縛魔法の影響が大きいのだろう。
「隙あり! やぁあああああっ!!」
そのオークの隙を突き、背中から襲い掛かるライム。身体強化の魔法である《フォース》の淡い光がその体からは溢れている。
「ブギャアアアアア! ブヒィイイイイイッ!!」
こちらに正面を向けるオークの背中がどれ程ライムに斬られたかは僕には分からないけど、その苦悶に歪む顔と悲鳴を聞けばかなりの深手を負った事は分かる。
「今がチャンスです、ルウ!」
「もちろん、そのつもり! はぁあああっ!!」
ガルバの言葉に僕はすぐに応える。次に狙うのは……ノームの束縛魔法で大きな棍棒を振り上げたままで固まっている腕だ!
気合一閃、僕は体を捻りながら飛び上がり、体を宙で回転させながらオークの左腕を連続で斬り付ける。
ライムの攻撃の痛みで力が抜けていたらしく、僕はオークの左腕を肩の辺りで骨ごと切断する事に成功した。何度も斬り付けた事によりその傷口は粗く、血が噴水の様に噴き出している。
凄い……!
マイキーさんが造ってくれた〈双竜剣〉の斬れ味は本物だ。手応えもほとんど無く、実にあっさりとオークの腕を切断する事が出来た。
両足の切創、背中の深く抉れた傷、そして左腕の切断。ここまでダメージを与えれば、このオークを倒すまで後少しだ……!
「ガァアアアア……ッ……!!」
「しまっ……ッ──! きゃあっ!!」
油断した……!
あれ程油断大敵だと自分を戒めていたはずなのに、僕はオークの残った右腕に持った棍棒の攻撃を、着地前の左脇腹へと喰らってしまう。ノームの束縛魔法の効果は既に切れていた。
幸いと言って良いか分からないけど、ドラゴンローブを纏っているから打撲で済んでるみたいだ。うん、痛いけど肋骨はいってない。
それに打撲で済んだのは、棍棒で叩き付けられた先が柔らかい土の上だからその程度だったんだろうね。もしも地面が硬い石畳の上だったら……深刻なダメージを僕は負っていたかもしれない。
「よくもルウを……! 死ぃねぇええええッ!!」
「ブギャアアア……ァァ……ァ……ァ……」
打撲の痛みに耐えながら何とか起き上がると、ライムが僕とオークの間にて大剣を振るっていた。オークはその厚い皮下脂肪ごとライムの大剣で腹を縦に斬り裂かれ、そこからは内蔵が血と共にドバドバと零れ落ちている。見るに、恐らく致命傷だろう。
「まだです! 〖風の精霊に乞い願う。我は汝の友であり、古き友人である。我がマナを糧として差し上げよう。それを以て我が共通の敵を切り裂きたまへ! 《風の回転刃》!〗」
ガルバの声に僕はオークを凝視する。見れば、死んだと思われたオークは再び右腕で棍棒を振り上げると、それをライム目掛けて振り下ろそうとしていた。恐るべき生命力だ。
そのオークの傍へ、ガルバの精霊魔法により召喚された半透明な風の乙女シルフが現れ、宙に浮きながら凄い勢いでオークの周りを回り出した。シルフの体は次第に原型を留めない程に薄くなり、やがて透明な刃と化す。
次の瞬間には、透明な刃によってオークの首が切断されていた。余程の斬れ味なのか、切断された首からは少しの間をおいて血が噴き出している。
その後、オークは全ての力を失った……いや、命を失ったが為にその巨体を地に伏していた。
「油断大敵ですよ、ルウにライム。それと、今治癒魔法を掛けますから、ルウはもう少し辛抱して下さいね。──〖マナよ。我が言葉に従い水と化せ。安らぎとなりて、我が友の傷を癒せ! 《水の癒し》!〗」
今度こそ完全に死んだオークを確認後、ガルバは僕とライムに近付きながらそう告げると、治癒魔法で僕の打撲を癒してくれた。ガルバが僕に向けた大杖から暖かさを感じる柔らかな水の粒子が溢れ出し、僕の左脇腹付近を優しく濡らす。すると、その途端に痛みが治まり始め、数秒後には僕の打撲は完治していた。
「ありがとう、ガルバ。お陰で痛みが消えたよ! それと、ライムもありがとうね! 僕とオークの間にライムが入ってくれなかったら、もしかしたら僕は死んでいたかもしれない」
僕は二人にお礼を言う。僕の命があるのは間違いなく二人のお陰だ。
「ううん、ライムはリーダーとして当然の事をしただけだよ。それに……親友を見殺しになんて出来ないし、このままだとルウが死んじゃうって思ったら、体が勝手に動いてたの」
ライム……!
「どちらにせよ、私たちの信頼と連携の勝利ですね! さて、と……それではルウ、討伐証明を切り取って下さい。私とライムは他のオークや、コボルトが怯えていた『何か』を警戒してますので」
「頼んだわよ、ルウ……! 早いとこ……その……えっと、ソレを切り取っちゃって……!」
…………。
……さっきまでの良い雰囲気が消えていた。
「……やっぱり僕がやるんだね……。うん……リーダーに従うよ……おぇ……!」
ドラゴンナイフを抜き、僕は仰向けに倒れるオークの死体へと近付く。自分がソレだけを切り取らないといけない瞬間を想像し、吐き気を催した。
しかし我慢だ。これは肉……これはただの肉なんだと自分に言い聞かせ、僕はオークのシンボル一式を切り取って布に包み、背中の背嚢を下ろしてその中へとしまった。
──パチパチパチパチッ!
「君たちみたいな幼い子供がこんなに大きな魔物を倒すとは凄いものだな」
オークの討伐証明を手に入れホッとする僕達に、拍手をしながら見知らぬ男がそう話し掛けてきた。男がいるのは、僕らが来た南西の方角だ。
見知らぬ男はライトレザーアーマーに身を包み、剣などの武器らしい物は装備していない。
目付きは鋭く、髪の色は僕と同じでこの世界では珍しい黒色をしている。歳は20歳前後くらいで、身長は180セルトといった所だ。雰囲気からして冒険者っぽい。
「う、嘘よ……!」
「そ、そんな馬鹿な……!」
冒険者らしき黒髪の男に対する僕の感想をよそに、驚きの言葉を発するライムとガルバ。
僕はオークのシンボル一式を切り取る事に集中していて周りを見ていなかったので、ライムとガルバが男が現れた事に何故それ程までに驚いているのか分からない。しかも二人の様子を見るに、驚きと言うよりも怯えている様に感じられる。
「……? 二人ともどうしたの? なんでそんなに怯えてるの?」
僕は首を傾げながら二人に問い掛けた。
「一瞬前までは居なかった……確かに居なかったのよ!」
「私も同じです……! 瞬きをした後に急に目の前に現れたのです、その男は!」
一瞬で現れるなんて事が普通の冒険者に出来るのだろうか?
いや、出来るはずがない。冒険者らしき男が急に現れたのには何かカラクリがあるのだろう。例えば前世における瞬間移動の手品とか。
それに、この世界の人間に手品なんて芸を知ってる人はいないだろう。だからこそライムとガルバは驚いたのではないだろうか。
もしかして……僕と同じ世界から転生してきた手品師の転生者だろうか。
それならば一瞬で目の前に現れるのにも納得出来る。
だけど、手品の仕込みをこんな危険な神滅の森の中にするだろうか?
そんな事を僕が考えていると、その男は更に口を開いた。そしてその言葉は──命の危険を感じるものだった。
「ちょうど良かった。俺の名はバアルゼブブというのだが、折り入って相談があるんだ。……──君たちを俺に食べさせてくれないか? なに、子供の味というものを知りたくてね。どうかね? と聞いてみたが、結局は喰らうのだがな……! 《暴食の巨腕》!」
男はそう僕達に言うと、その両腕の肘から先をまるで巨大なスライムといったものへと変化させる。そして、さもご馳走を食べるかの様に笑いながらその腕を僕達へと伸ばしてきた。
男と僕達の距離はおよそ10メルト、男はその場から微動だにせずに巨大なスライムと化した腕で攻撃してきたのだ。
「な!? 二人とも下がって!!」
「え……?」
「何を……?」
僕はライムとガルバにそう言いながら、急いで男と二人の間に飛び込む。男の攻撃がどんなに危険なものであっても、僕ならば変身さえすれば何とかなると思ったのだ。
しかし──
「何だと!? 何故だ……何故俺の腕が動かん……! それにその目……そして匂い……! なるほど、そういう事か! どうやら俺はまだまだの様だな。命拾いしたな君たち。だが、いずれまた会おう! ふふふ……ふははは! あーっはっはっはっはっ!!」
──巨大なスライムの様な腕は僕の寸前でピタリと止まると、次の瞬間には普通の腕に戻り、男の両腕の位置へと戻っていた。そして男は意味の分からない事を話し、僕達の前から去っていく。大きな声で笑いながら。
「何だったんだ、あの男? あの腕から察するに、恐らく魔物の一種だと思うけど、僕が出会った魔物にあんなのは居なかった……」
笑いながら去っていった男を思い返しながら、僕は自然とそう呟いていた。
しかし、笑いの三段活用なんて魔物にも普通の人間にも出来ないだろう。……もしかしてお笑い芸人の転生者かな?
「ルウ……大丈夫?」
「大丈夫ですか、ルウ?」
「あ……うん、大丈夫だよ。結局は攻撃されなかったからね。しかし変な奴だったよね……あいつ」
男が去って少しして落ち着いた僕達は、互いの無事を確認し合う。そして僕は二人と、あの男は何だったのかと話し合おうとした。
「うん、そうだね……。──ッ!! み、見ないで!」
しかしその時、ライムが突然何かに気付き、顔を真っ赤にしながら見るなと叫んだ。
「え? あ!」
「み、見てません! 私は何も見てませんからね!」
僕とガルバはソレに気付き、咄嗟に目を逸らす。顔を真っ赤に染めるライムの足元には水溜まりが出来ていた。つまり、あの得体の知れない男に恐怖し、そして去っていった安心感からライムは失禁してしまっていたのだ。
「ガルバはあっちに行って! ライム、大丈夫だからね? 僕と向こうで少しお話しよっか!」
僕はライムを気遣ってそう切り出す。
「……うん……」
ライムは目に涙をためて、少し俯きながら僕の提案を小声で了承する。
「わ、私はあの男が戻って来ないか、少し辺りを警戒してきます……!」
ガルバも、ライムを気遣ってそう言ってくれた。紳士だね、ガルバ……!
ともあれ、僕は失禁の処理については慣れている。いつも母様のお尻叩きの後はやらかすからね。
そんな事に慣れてる自分に少しの恥ずかしさを感じるけど、とにかく僕はライムを連れて、ガルバから見えない場所へと移動するのだった。
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