オーク一体の討伐・4
ライムの背嚢は斜め掛けタイプの背嚢です。
なので、背中に大剣を背負えるのです……!
夜が明けて、神滅の森の中にも朝日の光が射し込み始める。耳を澄ませば、小鳥の囀りが一日の始まりを告げている。
昨夜から火を絶やさずに燃え続けていた焚き火も最後の薪が燃え尽き、炭となって仄かな煙を上げるばかりとなっていた。
「ふわぁ〜あ……! まさかライムが二番目の見張りをやるとは思わなかったなぁ。お陰で昨日の疲れはしっかりと取れたけど」
焚き火の消火を見届けた後、僕は欠伸をしつつそう呟いた。
昨夜、改めてライムにリーダーを任せてから初めての夜営となった訳だけど、まさかリーダーを任せた瞬間から頼もしくなるとは思わなかった。
責任感が人を育てるとは前世で良く聞いたけど、どうやら本当の事だったんだね。
「リーダーっぽかったな、ライム。中々あのセリフは言えるものじゃないよね」
昨夜ライムは、
『今日はライムの失敗で二人に迷惑を掛けちゃったんだから、ライムが二番目の見張りをやるね! その代わり、二人には明日のオークの探索を頑張ってもらうからそのつもりでね?』
と、リーダーらしい言葉を僕とガルバに言ったのだ。
決して百点満点のセリフじゃないけど、ライムらしいセリフだなって感じた。
だけど、このままリーダーとしての経験を積んでいけば、きっとライムは頼れるリーダーになると僕は信じてる。
ま、それはともかく、二人を起こして今日の準備を始めないとだね。
「朝だよ、二人とも! 今日から本格的にオークの探索なんだから、早く起きて!」
二人がそれぞれ休んでいる一人用テントに向けて、僕は大声でそう叫ぶ。
「う……ん……もうお腹いっぱい……むにゃむにゃ……」
「朝ですか、おはようございますルウ」
ガルバはともかく、ライム……絶対にわざと言ってるでしょ。本当に眠ってたとしたら、むにゃむにゃなんて寝言はとても言えるはずはない。しかもお腹いっぱいとか。もしも本当にそれが寝言だとしたら、正に奇跡的な寝言だ。
「ライム? 起きてるでしょ!?」
「えへへ、やっぱりバレた? あ、ルウおはよう!」
「さすがにあんな寝言は信じられないからね。おはようライム!」
ほらね、起きてた。
それはさておき、僕達は朝食を食べてからテントをバラして背嚢にしまい、オークを探しに森の奥へと踏み込む。
昨日は森の入口から少し入った辺りで夜営となったので、今日からが本格的なオークの探索となる。
「じゃ、しゅっぱーつ!」
「「おーっ!」」
リーダーライムの号令の下、僕とガルバは元気に返事を返し、そして歩き始める。
まだ早朝の為、辺りにはバール村からの冒険者の姿はまだ無い。
もしも後一時間程出発が遅れていたら、他の冒険者に笑われてしまったかもしれない。……森の入口で夜営なんて普通しないからね。
ともあれ、そんな事を気にしてる暇は無い。人間の姿で神滅の森を探索するのは、いくらパーティを組んでいるとは言え危険だ。一瞬の気の緩みが取り返しのつかない事態を引き起こしてしまう。油断は大敵である。
「それじゃ、西の方角は確かゴブリンが拠点を築きつつあったから、今回は北東の方角を目指そうとライムは思うけど、二人はそれで良いと思う?」
歩き始めて少ししてから、ライムは僕とガルバにそう聞いてくる。
「そうですね。確かにその方が良いと思います。西の方角に向かってもゴブリンの拠点がありますし、それを考えれば北東方面に進むのが最適だと私は思います」
ライムの問い掛けに、ガルバはそう答えた。
確かに、ライムの問い掛けに答えたガルバの言う事にも一理あると思う。
しかし、真っ直ぐ北を目指して進むのも僕はありだと思う。
それと言うのも、オークの出没地域は森の入口から北へ向けて進んだ辺りに多いからだ。つまりオークは、森の南に面した辺りからドラゴン平原にかけての中域に広く棲息する魔物という事になるのだ。
詳しく言うのならば、最も南にはゴブリンを主体とした弱い魔物が分布していて、中域からはオークやオーガといった中堅クラスの魔物、ドラゴン平原の近辺にはトロルやトロルキングなどが幅を利かせており、それよりも北に向かえばマンティコアやグリフォン、それにドラゴンなどの強大な魔物が棲息する地域となる。
そして最奥……神狼の母様が住処としていたあの岩山の辺りまで行くと、ヘケト……アクアトードの事だけど、その他にも、ホーンラビットやフレイムエイプ、それにブレードダイルなどの自然界のマナを利用する魔物の棲息域となるのだ。僕達はおろか、人間にはおいそれと近付く事は出来ない領域だよね。
ちなみにだけど、ホーンラビットはウェネトと呼ばれ、フレイムエイプはハヌマーン、ブレードダイルはセベクと人間には呼ばれているらしい。いずれも、僕の前世において神話の神とされていた名前ばかりだ。
つまり僕も含めて、神滅の森の最奥は神の領域と人間には思われてるみたいだね。ちょっと優越感を感じる♪
神滅の森に棲息する魔物の蘊蓄はさておき、ライムに北に真っ直ぐ進むという僕の案も伝える事にする。
「ガルバの案も良いけど、真っ直ぐ北に進むのも僕はありだと思うよ?」
「うーん……北と北東……かぁ。んー、悩むけど……今回はガルバの案を採用しようかな。ルウの案も良いと思うけど、どっちの案も北方面に進むのは変わりないし、何となくライムはガルバの案の方が良い気がするから北東を目指して進む事にするね」
僕の案は却下されたけど、どちらにせよ北方面に向かえばオークには出会える。
本当の事を言うのなら、北東方面はやめた方が良い。
何故かと言えば、そっちに向かえばオークが一大拠点を築いているからだ。つまり、オークジェネラルやオークメイジ、果てはオークキングが待ち構えているのだ。僕達の実力を考慮すれば、行けば依頼の失敗はおろか死ぬ危険さえ高くなる。
しかし、そこまで行く前にオークの一体くらいは出没するはずなので、それを討伐出来れば問題ないだろう。
「うん、分かった。リーダーの言葉に従うよ!」
「ありがと、ルウ♪ それじゃ北東に向けて……って、隊列はどうする?」
進む方角を決めた所で、再びリーダーライムは僕とガルバに問い掛けてきた。
うーん、隊列ねぇ。
僕達の得意とする戦い方を考えれば、先頭が前衛職とも言える大剣使いのライムで、中衛は魔法使いのガルバ、そして後方確認や遊撃を兼ねた後衛という事で、双剣使いであり、魔法もそれなりに使える僕という隊列が好ましいけど、それだと森の魔物に疎いライムが危険だ。
となれば、僕が前衛でガルバが中衛、そしてリーダーライムは後衛という事が望ましく感じる。
「私は前衛にルウを推します。そして中衛が私で、後衛をリーダーのライムにやってもらう方が良いでしょう。その隊列ですと、接敵した時にルウや私にライムは指示を出しやすいでしょうし、万が一後方から魔物に襲われたとしても一番防御力があると思われるライムならば何とかなるでしょう」
「なるほど……。ルウはどう思う?」
ガルバの話を聞き、ライムは僕にも意見を求めてくる。
「うん、僕もガルバと同じ事を考えてたよ。だから前衛は僕に任せて! ライムも魔物に出くわしたら的確な指示をお願いね?」
「ルウとガルバがそう言うなら……うん、分かった! その隊列で進もう! 指示は的確に出来るか自信は無いけど、ライム、精一杯頑張る!」
うん、ライムはホントにリーダーらしくなったよね。これなら安心してライムの指示に従えるよ。
「それじゃ、僕の後に着いて来てね? 進むよ……!」
「「了解!」」
隊列も決まり、僕達猛き白狼は進路を北東方面へと向けて神滅の森を進む。
ちなみにだけど、この世界の生き物は全て生まれながらに方角が本能的に分かる。人間から魔物に至る全ての生き物が、だ。
まぁ日が昇る方角が東って事で前世と同じなんだけど、それを抜きにしても不思議な事に方角が分かってしまうのだ。
この世界に神様がいるかは分からないけど、もしかしたらその神様が方角が分かれば便利だろうって事で分かる様にしてくれたのかもね。
それはともかく、僕達は木々の間を抜け、時おり現れる腰まである深い草を掻き分けながらも北東へと進んでいく。
途中花を詰みつつ進み、出発してから二時間程経過したあたりで今回の依頼で初となる魔物と遭遇した。
「匂いで分かってたけど、やっぱりゴブリンか……」
僕の前方左手方向から、一体のゴブリンが現れた。
しかし、そのゴブリンの様子が少し可笑しい。まるで何かから逃げている様に僕には感じられた。
「ルウ? 匂いで分かったって……犬じゃあるまいし。しかしゴブリンですか。前回ならば喜ぶ所ですが、今回は喜べないですね。まぁこれも肩慣らしです、ライム! 私たちに指示を出して下さい!」
……小声で呟いたのにガルバに聞かれちゃった。
最近になって気が付いたんだけど、僕の人間形態の嗅覚が鋭くなってきている。まぁ、人狼形態や神狼形態みたいに敵の強さが分かる程鋭くはないけどね。
だけど、嗅覚が鋭くなるという事は、それだけでかなりのアドバンテージになる。
どういう事かと言うと、魔物が僕に気付く前に攻撃を仕掛ける事や、敵わない魔物ならばその魔物が気付く前に逃げる事だって出来るのだ。ね? 凄い事でしょ?
それでも、コボルトなどの嗅覚が鋭い魔物相手だと無理だけどね。コボルト相手に嗅覚合戦をするなら、人狼形態以上じゃないと勝てない。コボルトは嗅覚が鋭い狗頭人身の魔物だからね。
と、それよりもゴブリンの相手だ。
「ルウ! ゴブリンの進行方向に先回りして攻撃開始! ガルバはそのタイミングで束縛魔法をお願い。ゴブリンの束縛に成功してもしなくても、束縛魔法が発動したタイミングでライムも攻撃を開始するね!」
「「了解!」」
うん、的確な指示だ。その作戦通りにいけば、ゴブリンの虚を突いてあっさり勝てるだろう。
それじゃ……行きますか!
「ガルバ、頼んだよ! それじゃ、行ってくる!」
「ええ、任されました。〖マナよ。我が言葉に従い土と化せ。粘土となりて敵の足を束縛せよ! 《クレイバインド》!〗」
僕がゴブリンの進行方向に進むのに合わせて、ガルバは束縛魔法の呪文を唱える。右手に持つ大杖の先端は、僕とゴブリンが接敵する辺りを予想してそこへと向けられている。
「それじゃライムも! 〖マナよ。我が言葉に従い熱となれ。体内を巡りて力となれ! 《フォース》!〗──はぁあああっ!」
僕の後ろから聞こえるガルバの呪文の少し後からライムも身体強化の魔法を唱えていた。ライムが得意とする魔法だけあって、間違いなく魔法の発動には成功するだろう。
ちなみにだけど、身体強化魔法の《フォース》は無属性魔法という分類に属する。
つまり、今まで言ってきた炎属性や風属性などの属性には所属しない魔法となる。だから無属性魔法って呼ばれるんだけどね。
その無属性魔法、実は人間だけにしか使えない魔法だ。ドワーフやエルフ、それに獣人にも使えない、純粋な人間だけのオリジナル魔法という事になる。
強靭な肉体や力を誇るドワーフ、属性魔法を使いこなした上に精霊魔法も使えるエルフ、元となった獣の特性を十分に発揮出来る獣人に対して、人間はあまりにも非力だ。
ドワーフより遥かに劣る力にエルフの足元にも及ばない魔法威力、五感の全てが人間の上位互換の獣人達に、人間はどうあっても勝つ事が出来ない。
そんな非力な人間が他種族に対抗する為に編み出した唯一の魔法が、無属性魔法なのだ。
その最たる例が身体強化の魔法……《フォース》である。《フォース》を発動すれば、人間はドワーフにも力で勝てるし、《フォース》は魔法の威力を底上げしてくれるからエルフの魔法威力にも対抗出来る。当然獣人にも勝てる力を発揮する。
だからこそこの世界の人間はその数を増やし、国を築いて栄えているのである。
……僕?
僕は無属性魔法は使えない。使う事が出来ないと言った方が正解かな。
人間形態になれるとは言え、僕はどこまで行っても神狼が本質だ。つまり、人間だけの魔法である無属性魔法は使えないのだ。
これは僕の眷属となった母様も同様で、眷属になった瞬間から無属性魔法は使えなくなっている。
まぁ、元々母様は素の力が強かったから《フォース》が使えなくなっても強さにそれ程変わりないけどね。
……と、魔法よりも、今はゴブリンに集中しないとだね!
僕は腰に佩く〈双竜剣〉を抜き両手に構えながら、何かに怯えて逃げる様子を見せるゴブリンの前に躍り出た。
「逃がさないよ! やああああッ!!」
「ゲギョ!? ──グギャッ……ッ!」
僕に驚くゴブリンに対し、僕は右剣を右上から左下に振り下ろし、左剣を左下から右上に斬り上げる。そう斬り付ける事で、ゴブリンの体に刻まれた傷痕は袈裟斬りと同じものとなる。
これは非力な僕でもより深くダメージを与える事が出来る、母様に学んだ双剣の技だ。
「グギギギギ……!」
「僕だけに集中してると……ほら!」
決して致命傷じゃないけど、深い傷を負わされた僕を睨みつけるゴブリンの足元はガルバの束縛魔法によって軟化し、みるみる内に膝まで沈んでゴブリンを固定する。さすがガルバの束縛魔法だ、見事にゴブリンを束縛する事に成功している。
「ナイス、ルウにガルバ! はぁあああっ!」
そして《フォース》で強化された身体能力をフルに使い、歳に似合わぬ大剣を両手に構えたライムがゴブリンを後方から見事に両断する。
「ギャガッ──ッ……!」
断末魔を上げるゴブリン。だけどその断末魔は途中で途切れていた。ライムによって頭から股下までを両断されたからだ。
ゴブリンを見事に両断したライムに僕は声を掛ける。
「さすがライム! ゴブリンを一刀両断なんて凄いよね!」
「ふふん! でも、ルウとガルバのお陰ね。二人が上手くやってくれたから、ライムも思いっ切り力を込められたんだもん」
「ふふふ、ナイスな連携でしたね」
「うん、今回の依頼の初戦は僕も戦闘に参加出来たし、ライムの指示で連携も上手くいった。この調子でオークも頑張ろう! 」
「うん!」
互いを称え合い、連携の成功を喜び合う僕達。本当に良い連携だったと思うよね。
その後、僕はゴブリンの討伐証明となる両耳をドラゴンナイフで剥ぎ取って布に包んで背嚢にしまう。今回の目的はオークだけど、討伐証明があれば多少の報酬がギルドから貰える。その為、荷物に余裕があるならば討伐証明は持って帰った方が得なのだ。
ともあれ、気分良く連携でゴブリンを倒した僕達は、パーティリーダーライムの下、オークを探して森の奥へと進むのだった。
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