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月の華  作者: 桜華
第一章 生きていく為に!
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ま、魔物……!?

 

 ほうれん草に似た草を見つけてそれを食べ、飢えを満たす事に成功してから今日で一週間。僕は近くの木の根元の(うろ)を仮の寝床とし、ほうれん草に似た草……もうほうれん草でいいか。ほうれん草を食べながら何とか生きていた。


『近くに水が湧いてて助かったよね、ほんと……』


 食べ物があっても、水分を摂らなければ生き物は生きていけない。ありがたい事に、ほうれん草が生えてた所の近くに泉が湧いていた。深くはないけど、とても澄んだ水で、凄く美味しかった。

 それ以外にも当然、生きる為には塩などのミネラル成分なんかも必要だ。腐葉土の下を掘ればしっかりとした土が見えており、それを少量だけ食べたのだ。


『土を食べたのなんて初めてだったけど、意外と美味しかったな。……嘘だけど』


 一週間経った今でこそ普通にしているけど、ほうれん草も土も、初めて食べた後は凄く大変だった。やはり犬は肉食だったのか、それとも生まれたばかりでお腹が弱かったのか、僕は見事にお腹を壊してしまったのだ。

 アレは本当に辛かった……。地獄の苦しみとはあの事だね。あの瞬間だけは毎回神に祈ったよ、助けてくれってね。


『とりあえず、今日から人間の街を求めて移動開始だ』


 食べ物や水分があるならばこの場で暮らすって事もアリだけど、やはり安定して生きていく為には誰かに飼ってもらい、そして面倒をみてもらう事が望ましい。出来れば室内犬の様に過保護に飼われたい。

 そんなささやかな夢を求めて僕は旅立つ。……ほうれん草、無くなった。食べ尽くした。

 ほうれん草が無くなったのも理由の一つだけど、旅立つ決意をした理由は他にもある。肉が無性に食べたいのだ。

 これは犬としての本能なのか、それとも体が成長するのに動物性タンパク質や脂質を求めているのか、とにかく涎が垂れる程に肉を食べたくて仕方ない。


『本当はこの辺りで獲物が見つかれば良かったんだけど……』


 思わず言葉にしたけど、僕がいる仮の寝床付近には獲物となる小動物が見当たらないのだ。

 広大な森林の中だから動物はたくさん棲息してるはずなのに、僕はまだ見た事が無い。かと言って、居ない訳では無い。木々の上を見れば多種多様な鳥の姿は確認する事が出来るし、虫などの生物だってしっかりといる。

 その事から、僕は一つの仮説を立てた。


 ──母さんの縄張りの範囲内だから獲物がいないのでは?


 むしろ、それしか理由はないだろう。

 という事で、仮の寝床から僕は旅立った。……ビクビクしながらだけど。


『うーん……。そろそろ母さんの縄張りから出ると思うんだけど、中々獲物は見つからないなぁ。生肉を食べるのは若干抵抗があるけど、土を食べた今となってはそれ程気にならないし、むしろ血の滴る方が美味しそうに感じる』


 ビクビクしながら歩いていたけどそれは最初だけで、獲物となる動物が姿を見せない事に慣れて、今では涎を垂らした飢えた獣の如くに振舞っている。初めは垂れていた尻尾の揺れも今では雄々しい。傍から見ればモフモフの子犬だけど、気分は百獣の王だ。


 そんな時、ふと僕の嗅覚に嗅いだ事のない匂いが感じられた。植物特有の青臭さじゃなく、汗や糞尿を混ぜて日干しした様な独特な匂いだ。


 ──見つけた!


 だけど、ここで焦ってはいけない。狩りは風下から行う事が鉄則である。

 これもラノベから得た知識だけど、今ならそれがよく分かる。動物は人間などと比べて嗅覚が鋭いのだ。匂いだけで全てが分かると言っても過言では無い。

 例えばだけど、巣穴の中で母さんの排泄物の匂いを嗅いだ時、母さんには絶対に勝てないと感じた。まぁ、生まれたての子犬がどう頑張っても勝てる訳はないけど、とにかくそういう事だ。


『風向きは……よし、獲物の方からこちらに吹いてる。後は勝てるかだけど……母さんの匂いと比べれば月とスッポンだから僕でも勝てるはず……!』


 足音を出来るだけ起てない様に、獲物に向けて慎重且つ大胆に近付く。ときおり木の影や背丈の高い草に身を隠す事も忘れない。緊張からか、尻尾はピンと立っている。

 そうして獲物へと近付き、やがて視線の先にソレを捉える。──兎だ。

 見つけた獲物は僕が食べられない草を一生懸命に食べる兎だった。体の下半分を隠す程の草の上から、その愛らしい顔つきと長い耳が確認出来た。


『兎……だよね? それにしては何処かが変に感じる……?』


 見た目は確かに兎だ。色は茶色と白色の斑模様で、モキュモキュと食べる姿に愛嬌を感じる。

 しかし何かが可笑しい。僕の目の錯覚じゃなければ、確実に僕よりも体が大きいのだ。

 今の僕の体の大きさは、感覚だけど体長30センチ前後だ。それなのにあの兎は、単純に僕の3倍以上……体長1メートル程はあるだろうか。


『大きいだけじゃない! なんで額に角が生えてるの!?』


 体の大きさだけじゃない。じっくりと観察してるうちにソレに気が付いた。獲物として見つけた兎の額には一本の角が生えていたのだ。角の長さは20センチ程で、先が鋭く尖っている。その兎の異様さに、僕は呆然としてしまっていた。


 その時、風が吹いて草が靡き、兎の全貌が明らかとなる。その際、角の生えた兎が食べていた物が確認出来た。出来てしまった。


『う、嘘でしょ!? 兎って肉食だっけ!?』


 一生懸命に草を食べてると思っていたけど、角が生えた兎が食べていたのは、僕とほぼ同じ大きさの鼠だった。お腹の辺りから食べ始めたばかりなのか、まだ手足がピクピクと動いている。頭を見れば側頭部に穴が開いてる事から、兎の角の一撃で仕留められたのだろう。


 その光景を目撃直後、獲物を探してた時の百獣の王の気分は一転、僕のフサフサの尻尾は股の間に仕舞われ、見た目そのままのか弱い子犬へと逆戻りしていた。


『あかん、アレはダメなヤツや! ──ヤバっ!?』


 思わず関西弁になるのはご容赦願いたい。それよりも逃げないと僕が狩られる。あの鼠みたいになるのはゴメンである。兎から視線を外さず、僕はゆっくりと後ろ向きに下がり始めた。

 しかし、そぉっと後戻りしてる最中、奴は僕の気配に気付いたのか……目と目が合ってしまった。その途端ビクッと体を縮こめる僕。頼むから僕を襲わないでくれと神に祈った。


『ホッ……。見逃してもらえたみたい……』


 祈りが通じたのか、角の生えた兎は再び鼠の肉を食べる事に集中してくれた。蛇に睨まれた蛙じゃないけど、寿命が縮んだ気分だった。


『…………。か、蛙とかから始めようかな……』


 あんな恐ろしい兎がいるなんて思いもしなかった。触らぬ神に祟りなし、先ずは僕の身の丈にあった獲物を探した方が良いよね。


『蛙を探すならば、やっぱり水辺だよね。幸い、あの泉からチョロチョロと水が流れ出してたから、その流れに沿って探せば見付かるはずだ』


 仮の寝床近くまで戻ってしまったけれど、まだまだ旅はこれから。気を取り直して、水の流れ沿いに進む事にした。


『しかしあの兎、新種の兎なのかな? 今の僕が探検家だったら、世紀の大発見だね。アマゾンに角が生えた兎が棲息してたなんて聞いた事ないもんね。人間に生まれ変わってたならなぁ。新種発見で大金持ちになれたのに。……でも、魔物……なんて事はないよね……?』


 いやいや、まさかまさか。この地球上に魔物なんて棲息してるはずは無い。きっとまだ発見された事のない新種の兎のはずだ。

 だいたい科学が発展したこのご時世、魔物なんているはずが無い。もしも魔物がいるんだったら、魔法だって使えるはずだ。


『魔法……憧れるよね。あっ! 蛙、発見!』


 そんな事を独り言ちながら水の流れに沿って歩く事一時間と少々。途中何回か水を飲み、所々でおしっこをしながら蛙を探していたら遂に見つけた。体長が20センチ程の、恐らく牛蛙だ。春先で冬眠から目覚めたばかりなのか、酷くゆっくりとノソノソと水辺を歩いていた。


『確か牛蛙は食用だったはず。だったら、今の僕なら生でも食べられるはずだよね……!』


「ウゥウウウ〜! キャンキャン!!」


 威嚇と同時に、牛蛙へ向かって吠える。目的は、驚かせるのと同時に恐怖を与えて動きを鈍らせる為だ。

 威嚇が功を奏したのか、牛蛙はこちらを向きその動きを止める。準備は整った。後は飛びついて噛み殺すだけの簡単なお仕事だ。


「キャオオオンッ!! (いただきますっ!!)」


 気分は狩りをする狼。実際はじゃれている様に見えるだろうけど、それはともかく僕は牛蛙へと飛び掛った。


「ギャンッ!? キャウゥゥン……」


 牛蛙へと噛み付く寸前、大きく口を開けた牛蛙から直径50センチ程の水球が放たれ、直撃した僕の体は吹き飛び、樹木の幹へと叩き付けられていた。

お読み下さり、ありがとうございます。

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