事の顛末と眷属という事
一応、ルウファ誘拐事件の結末です。
「あー、痛かった! あら? 母さんもやっちゃってるわね……。ま、いっか。もう人間じゃないんだし!」
家の外にて狼から人間の姿に戻り、一糸纏わぬあられもない姿で母様はそうおっしゃった。母様の足元には仄かに匂う水溜まりが出来ている。……何だかもう、色々とアレである。
ともあれ、日付けを越えた頃に僕と母様は家へと帰ってくる事が出来た。やはり狼形態という事で、神滅の森から家に帰り着くまでの時間はおよそ15分程と圧倒的な早さだった。
ちなみに、人間の姿で歩いて帰って来るとなると恐らく6時間は掛かるので、狼形態の速度が如何に凄いかが分かる事だろう。
そうして帰って来た訳だけど、家に入るには人間の姿に戻らないとならないって事で、二人で人間の姿へと戻った。
さっきの母様の言葉はその際のものだけど、母様も僕も、人間に戻る際の激痛にやらかしてしまっていた。
それでも、僕はまだ幼女の姿という事でギリギリ許されると思うが、母様は立派な大人……完全にアウトではないだろうか?
「それにしてもルウの気持ちが良く分かったわ。ホントに凄いわよね、あの力。それに、あの姿ならば人間なんて汚らしく感じるもの」
色々アウトだったので、母様と二人でお風呂に入り、母様に僕の体を洗ってもらっている際の母様の言葉である。
だけど母様……僕はそんな人間が好きですよ? まぁ一部の人間を除く、と後には続きますけどね。
でも人間が好きだからこそ、僕は森の奥から人間を求めて出て来た訳で、その行動があったからこそ僕は母様に出会えたのです。
……まぁ、僕が人間に拘るのは前世が人間だった事もありますけどね。これは母様にも言えない秘密ですが。
「そうねぇ……。まさかルウが伝説に語られる神狼だなんてビックリしちゃったけど、ルウはルウだからこそ母さんと出会えたと思うし、母さんもそんなルウだから、こうしてルウの眷属になったんだもの。それよりもほら、こっちを向きなさい! 女の子なんだから、大事な所はいつも綺麗に洗わないと大変な事になるわよ!」
「は、はい、母様! だ、だけど、ソコは自分であら──ッ!? あうぅ……」
「ダメよ! 匂いで薄々分かっていたけど、ほら! こんな所まで汚れてるじゃないの! アイツらのせいだって分かってるけど、こんな事になる前に殺っちゃえば良かったのよ!」
そ、そんなに大変な事だったのか……大っきい方を漏らした状態で放置するというのは……。しかも殺っちゃえって……。
それはともかく、そんなに強く洗ったら……はうぅっ……ッ!
「良し! これで綺麗になったわよ! じゃあ今度はルウが母さんの背中を洗ってね。母さんだって今はルウの子供みたいなものだからね! だって母さん、ルウの眷属になったんだもの♪」
「はーい……」
母様との会話の内容はともかくとして、母様は僕の眷属というものになったらしい。血の繋がりが出来たんだからそんなの当たり前じゃん、と思うかもしれないけど、そういう事じゃない。
言うなれば、僕が祖で、母様が血を受け継ぎし者、という事だ。簡単に言えば、僕は母様の親になったという事だね。つまり、僕は母様の子供であり、そして親でもある。うん、ややこしい。
その眷属の話が出て来たのにも理由があって、母様とお風呂の用意をしている時に、僕が実は神狼として生まれたという事を打ち明けたからだ。そんなに凄い種族として生まれたならば、その血を貰った母さんは臣下の様なものね、と言われたのだ。
眷属についてはいまいち何だか分からないけど、とにかく母様と僕は血を分けた親子になったんだから今の所はそれで良しとしておこう。
あ……でも、僕の血で神狼の眷属になるんだったら、あの時僕の血を吸ったヴァンパイアが消滅したのは何故だろうか。
あの時はてっきり僕に流れる聖なる勇者の血で浄化されたと思い込んでたけれど、もしかしたら神狼の血とヴァンパイアの血で互いに反発しあい、その争いで負けたヴァンパイアが消滅したという事なのかな。
ま、今となってはどうでもいいか。
「それで母様……報告とかはどうするの?」
母様の背中を流し終え、二人で湯船に浸かっている時に僕は尋ねた。母様のおっぱいはぷかぷかと湯船に浮かんでいる。
いつ見ても不思議に思うけど、どうしておっぱいは浮くのだろうか? 愛情がたっぷりと詰まっているからなのかな? ほら、愛されれば天にも昇る気持ちになるし。おっぱいはみんなが幸福になれる幸せの象徴だよね!
…………。
コホン……母様のおっぱいはともかく、いくら犯罪とは言え、一度に30人もの人間が死んでしまったのだ。しかも、あの男達の会話からして全員が冒険者だ。さすがに色々と不味いのではないだろうか。そう思って母様に尋ねたのだ。
「ああ、それなら大丈夫よ? 母さん、こう見えて中々凄いんだから!」
僕の質問に凄く良い笑顔で答える母様。いったい何が凄いのかは分からないけど、とにかく凄い自信だという事だけは分かった。あと、おっぱいも。
「ルウはまだ分からないかもしれないけど、母さんは結構ギルドに顔が利くのよ。だから、アイツらの事をルウが気に掛ける必要なんてないわよ? むしろ、母さんの大事なルウの事を攫ったんだから、アイツらは全員が死んで当然……悪い冒険者の数が減った事を思えば、ギルドからは間違いなく感謝されるわね。それに……アイツらの死に様を見れば、森の魔物に襲われて死んだって思われるんじゃないかな? だから、ルウは安心しててね」
母様の言葉に僕は黙って頷く。
うーん……問題ないって事みたいだけど……。
でも僕が心配しても仕方ないし、後は母様が上手く誤魔化してくれるよね。
それに、嫌な事は忘れるに限るんだから、僕もあの男達の件に関しては忘れる事にしよう。それがストレスを溜めない秘訣だよね!
体の芯からポカポカになり、僕達はお風呂を出る。
毎日母様とお風呂に入っているけど、今日程ゆったりとしたお風呂の時間がありがたいと思った事はない。
やっぱり、何も無い日常が一番だよね。心の底から僕はそう思うよ。
「ほら! まだ行っちゃダメよ! 髪の毛がまだ濡れてるんだから、大人しく母さんに拭かれなさい!」
「もう大丈夫だよ、母様! 放っておけばその内乾くんだから、早くベッドに行って寝ようよ!」
浴室から出て体を拭いた後、僕は可愛い寝巻きを着る。これも母様が僕に買ってくれた物だ。もう、色んな所がフリフリのフワフワのキラキラ、である。
寝巻きを着たんだから、あとは寝るだけ。そう思って僕が脱衣場を出ようとしたら、母様にダメ出しされてしまった。
「ダメよ! 今日は色々あってルウも疲れてるんだから、髪が濡れたまま寝たら風邪を引いちゃうわ」
「母様だって濡れてるよ!? 僕だって大丈夫だよ!」
母様を見れば、僕と同じかそれ以上に髪の毛が濡れている。僕の眷属となって前髪の一部が黒髪になったのに、濡れたままだとせっかくの黒髪の艶が台無しだよ。
「母さんがちゃんと拭いたら、ルウも黙って拭かれるのよ?」
「うん、母様がちゃんと拭いたらね。わぷッ!? 母様ずるい!」
「ルウの髪を拭き終わったら、母さんもちゃんと拭くわよ」
やっぱり母様は母様だ。僕は母様の子供になれて本当に幸せだ。
母様との幸せな生活を送れるならば、僕はもう人狼や神狼の姿になる事も厭わない。守ってこその幸せだよね。
お風呂上がりの母様との幸せを感じ、その後、僕は母様のベッドで母様と久しぶりに一緒に眠るのだった。
☆☆☆
それから何日か過ぎ、ようやく僕達親子は落ち着いた生活へと戻る事が出来た。平和、最高!
「それじゃ、行こっか!」
そして、平和な日常を満喫する僕へと母様はその言葉を告げた。
「……はーい……」
今の時刻は月の位置からして、恐らく夜の9時過ぎ。出掛けるにはとても遅い時間帯である。僕は眠いよ母様……。
そんな事を僕は心でボヤきつつも、僕達二人は狼の姿へと変身する。相変わらずの激痛に、足元にも水溜まりが出来るというものだ。
『確か……ドラゴン平原だっけ? そこを目指してしゅっぱーつ!』
『……はーい』
母様の号令の下、僕達二頭の狼は夜闇の中を疾風となって走り出した。月明かりに映し出される白銀色の巨大な神狼と、真紅の体毛に覆われた美しき狼が草原を瞬時に駆け抜ける。ハッハッハッ、と獣特有の呼吸音が静かな夜に響き渡っていた。
あ、そうだ。ドラゴン平原に着くまでに事の顛末を説明しておくよ。母様がギルドに報告した事で分かった事だけどね。
どうして僕が攫われる事になったのか。
どうして30人もの冒険者が犯罪に加担したのか。
全てはラックという名の冒険者の欲望から始まった事だった。
ラックという冒険者……僕が騎士崩れと呼んでいた男だけど、そのラックは当日、青銅級ランクの依頼を失敗してギルドに違約金を支払っていたそうだ。
彼は30歳半ばにもなるというのに、未だにうだつの上がらない青銅級で燻っていて、毎日の生活をするのも困窮していたらしい。違約金まで支払ったので、その日を生きるのも辛かったのだとか。
そうして依頼を失敗した自分に苛立ちながら、それでも生活の為には次の依頼を受けて達成報酬を受け取らなければならない。そんな思いで掲示板コーナーへと向かった時に僕とぶつかった。
僕とぶつかったラックはこう思ったらしい……「コイツを痛め付けて鬱憤晴らしにしてやる。久しぶりに趣味に合う小娘だ、たっぷりと可愛がってやる。な〜に、少し脅かせば黙って着いて来るだろう。へっへっへ」……と。
母様からその事を聞いた時、心の底からおぞましさを感じたよ。思わず変身しかけるくらいに、ね。
ラックが思い立った事を実行に移そうとしたその時、母様が僕を助ける為に間に割って入った。そしてラックは、そこで母様の迫力にしどろもどろになりながらも計画を思い付いたらしい。母様の娘である僕を攫えば、大金も手に入るし、自らの欲望も果たせる。正に一石二鳥じゃないか、と。
その後ラックは知り合いの冒険者……自らと同じうだつの上がらない冒険者達へと声を掛けて仲間を集め、万が一自分達だけだと失敗する可能性を考慮し、たまたまギルド併設酒場で呑んでいた銀級ランクのデネブにも声を掛けた。デネブとは、僕がラックの次に殺したあのゴリラの事だ。意外と美味しかった奴だね。
デネブはそれ程悪い冒険者ではなかったらしいけど、結局は頭が悪かったらしい。煽て上げられて調子に乗り、犯罪だと気付かずに参加したのだとか。やはり彼は人間に進化しきれていないゴリラだったんだね。
ともあれ、結局ラックの計画は失敗に終わったんだけど、話には少し続きがあって……《ソウルウルフ・アグニ》の《地獄の業火》で焼滅させた冒険者の8人はともかく、残りの冒険者達は全て母様が無双して殺した事になったらしい。母様ならば、そんな事も容易く殺るだろうって。
しかし僕は思う……みんなは母様にいったいどんなイメージを持ってるんだよ、と。その辺りを小一時間ほど問い質したい所存である。
母様のイメージはともかく、母様は自らのお金が無事だった挙句に、あの冒険者達の犯罪を解決したとの事でギルドから報酬が支払われたのだとか。僕には額を教えてくれなかったけど、ホクホク顔の母様を見ればかなりの額が貰えたんじゃないかと思う。今度、新しい服の他にカッコ良い鎧も買ってもらおう。
とにかくラックにまつわる話は、ラックに声を掛けられたけど計画には参加しなかった冒険者の証言で分かったという事だ。
ラックの事を証言した彼もうだつの上がらない冒険者の一人だったらしいけど、今回の件でギルドからはそこそこのお金が払われたのだから、本人にとっては命も助かりお金も貰えたしで大変満足ではなかろうか。
これが、あの件に関する全貌だ。
僕を攫って、母様を陥れようとした事は許せないし許さなかったけど、母様と血の分けた親子になれたんだから、この件の事は心の片隅にでも留めておく事にする。忘れたくても忘れられない日になったからね、あの日は。
『あれ? こんな所に道なんてあったっけ?』
『……あ、あったよ、母様……! あ、あははは』
事の顛末を思い返していたら、二年前に僕が《雷嵐》で薙ぎ倒した木々の跡を走りながら母様が疑問を呟いた。
……僕は笑って誤魔化す事しか出来なかった。
お読み下さり、ありがとうございます。
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