忘れられない日・6
サブタイトルにナンバリングしたシリーズでしたが、あと少しだけ続きます。
人間を殺してしまった罪悪感に打ちひしがれ、これじゃ母様の下へは帰れないと泣いていた僕はその母様に人狼の姿を見られ……更には、ルウを喰い殺した僕を許さない、殺してやると言われてしまう。
悲しみにくれる僕は、母様になら殺されてもいい、むしろ、母様に殺されるならば本望だと思い……母様の前で幼女の姿に戻り、そっと瞳を閉じて殺して欲しいと告げる。閉じた瞳からは、涙がとめどなく流れていた。
「グルルルゥゥ……ウウうぅぅ……ぅあぁぅぅぅ……! 覚悟は出来てます、母様……。母様の手で……僕を……殺して下さい……」
僕はいつもの姿……母様が愛してやまない姿へと戻り、その時を静かに待つ。覚悟をしたからなのか、僕の心は穏やかなものへと変わっていた。
そんな僕へと、母様は優しい言葉を掛けてくれた。
「殺せるわけないじゃない……。母さん、やっと気付いたわ……どうしてワーウルフが初めて会ったあの時にあたしを攻撃しなかったのか。だって……こんなにも優しいルウファだったんだものね。それに……あなたはあたしの本当の娘になったんだもの……殺すなんて出来ないわ! ゴメンね、ルウ……ルウの正体を知らなかった母さんを許して……ぐすっ……」
その母様の言葉に、僕は閉じていた瞳を開く。
謝りたいのは、むしろ僕の方なのに……! なのに母様は、僕へと涙ながらに謝罪の言葉を口にする。
更に母様は言葉を続ける。それは驚くべき言葉だった。
「だから、これからは本当に本当の親子になりましょ? その為にも……ルウ……あなたの血を母さんにちょうだい……!」
本当の親子になろうって言うのに、僕の血を欲しいって言う事は……やっぱり僕を殺すという事なのだろう。ただ、母様の優しい心がそう告げさせたのだと思う。
だけど僕は……思わず聞き返していた。
「母様に殺されるのは本望だけど……。まさか……母様も僕と一緒に死んでくれるって言うの!? それはダメだよ母様! 母様は普通の人間だけど、僕は人狼……化け物なんだよ? だから、母様は僕を忘れて幸せに生きて!」
僕はこれから死ぬけど、母様には僕の分まで幸せになって欲しい。それが人を殺してしまった僕のせめてもの救いとなるから。
しかし──
「何を言ってるの、ルウ? 母さんがルウの血を欲しいって言ったのは、母さんがルウと同じになる為に必要だからなのよ?」
──と、僕には意味の分からない事を母様に言われてしまった。
母様が僕と同じになる……? それってどういう事なの、母様。
意味が分からないけど、母様の瞳には何かしらの覚悟の光が見える気がする。
やっぱり一緒に死ぬ……という事だろうか。それならば、そんな回りくどい言い方をしなくても良さそうに思える。
だとすれば、僕の血を母様が欲しがる事には別の理由があるはずだ。
その考えに行き着いた僕は、いつの間にか心が軽くなった様な気がしていた。
更に母様は続ける。
「ルウはね……ワーウルフの希少種って魔物図鑑には記されているの。人間からワーウルフに変化して、ワーウルフから人間に変化出来るのが図鑑に記されていたワーウルフの希少種よ。ね? ルウと同じでしょ? それでね? そのワーウルフには驚くべき能力があるらしいの。それは……自らの血を分け与えた者を同種族に変えるという能力。つまり母さんが言いたいのは、母さんもルウの血を飲んで、母さんもルウと同じになりたいっていう事なの。母さんもルウと同じになれば、本当に血を分けた親子になれるでしょ?」
僕は、母様の口にしたその言葉を生涯忘れる事はないだろう。それ程に衝撃的で、そして心に来る言葉を僕は聞いた事は無かった。
僕と同じ化け物になる。母様はそう言っているのだ。つまり母様は、僕の本当の母様になろうとしてくれているのだ。これ程嬉しい事はこの先二度とは無いだろうと思えた。
「で、でも……僕の血を飲めば、母様は本当に僕と同じになれるの? そんなの聞いた事ないよ!? それに……僕と同じになるって事は……母様も、その……化け物として人間に殺されちゃうかもしれないんだよ? それが人喰いの化け物としての宿命なんだ。……気持ちは凄く嬉しいけど、僕は母様が人間に殺されちゃったら悲しくて死んじゃうよ……」
僕と同じになってくれるのは本当に嬉しい。同じ種族になる、と言うよりも、僕の血が母様の中に入って本当の血の繋がりになるんだから、それこそ正に本当の親子だ。これ以上の繋がりは無いだろう。
だけど、僕と同じになるって事は、正体がバレてしまったら殺されてしまうって事だ。それを考えると、僕は首を縦に振る事は出来なかった。
僕の否定の言葉に、母様は更に言葉を紡ぐ。
「何を言ってるのよ、ルウ。普段は人間の姿でいられるんでしょ? だったら何の心配も要らないわ。それに、今回ルウがワーウルフになったのは自分の命を守る為でしょ? そうじゃなきゃ、優しいルウがあの連中を殺すなんて事はしないはずよ! 酷い事をされそうになったんでしょ? 分かってる……母さんはルウの味方よ。だから、母さんもルウと同じになりたいの。味方でありたいし、ルウと同じで優しくなりたい。今まで母さんはルウに対してわがままを言った事は無かったでしょう? だから、母さんにもわがままを言わせて……! ルウの血を母さんにちょうだい。そして、ルウと同じにならせて! 母さんからのたった一つのお願い……!」
そこまで僕を理解し、そして愛してくれているのか。
母様には本当に感謝しかない。これじゃ、一生頭が上がらないよね、敵わないや、母様には。
母様の覚悟を聞き、僕も母様に応えようと覚悟を決めた。
母様がワーウルフとしての正体が人間にバレた時、その時は僕も一緒に死のう。それが母様の覚悟に対する僕の覚悟だ。
母様の覚悟に応えるには、まずは母様に僕の血を上げないとだね。
確か、母様の白のベストの内側にあるホルダーに僕が預けたドラゴンナイフがあったはずだ。それを使って手首を傷付ければ血をあげるのなんてすぐだ。
「分かりました、母様……! 母様の覚悟に、僕も覚悟を決めました。だから、僕の血をあげます。確か、マイキーさんに造ってもらったドラゴンナイフを母様は持ってるよね? それを僕に渡して。ドラゴンナイフで手首をちょっと切れば血なんていくらでも出るから……!」
「ちょっと待って、ルウ。今の姿のルウにそんな事させられないわ。母さん……今のルウから血が流れる所なんて見たら意識を失う自信があるわ! ……出来ればワーウルフの姿になってからにして……」
覚悟を決めた僕に、母様は水を差してきた。
え? あの激痛をもう一度僕に味わえとおっしゃるのですか、母様!?
あ……あの目はそれ以外は許さないって目だ。あの目をした母様は何を言っても絶対に無理だ。なんなら、尻叩きの時と同じ目である。
……僕は素直に従った。
「ううぅ……あぁぁ……い、痛いよぉ……うぅぐウウウ……グルルル……ガァアアアアア!!」
「あ、改めて見ると……凄い迫力よね……! それに、そんなに痛いの、変身するのって……? な、何だか母さん怖くなってきちゃったわ。おしっこも漏らしてるし……」
ひ、酷い!
おしっこを漏らす程の激痛に耐えてまで人狼に変身したのに、それを見て怖くなったからやっぱり血は要らないっていうのは、いくら母様とは言え僕も怒るよ!?
「さて、と。それじゃ母さんに血をちょうだい! はい、ドラゴンナイフよ。傷付けるのは少しで良いからね? 血が出たら、母さん、ルウの傷口に吸い付くから!」
「……(コクコク)」
母様の言葉に、やっぱりやめた、という事がなくて少し安心したけど、僕の血を胸を張って要求する母様の姿はカッコ良く見えた。
しかし……人狼形態だと喋れないから素直に頷いたけど、母様の話を聞くに、少し危ない絵面ではないだろうか。
…………。
うん、変な想像はしないでおこう。母様に知られたらお尻百叩きの刑に処されそうだ。
僕は母様から受け取ったドラゴンナイフを使い、左の手首を深く切り裂いた。それと同時に熱さを感じる鋭い痛みが手首に走り、僕の血が勢い良く噴出する。
しまった、器の様な物を用意するべきだった。吸血鬼でもない母様が僕の手首から血を貪るという、危惧していた絵面になってしまう……!
「ん……ッ!」
……既に吸い付いてました、母様は。
「初めは凄い勢いで血が溢れてきたから飲むのも大変だったけど、ルウの傷が治るのが早いせいかすぐに血が止まったわね。でもこれで……母さんもルウと同じになれるのよね……! 凄くうれ、し……い……ぃぁあああっ! ぐぅううう……ぎぎギガガガ……ガルルルルルルッ!!」
母様の行動の早さに呆気に取られてしまったけど、母様の言っていた事はどうやら本当の事だったみたいだ。血を飲んだ後に僕へと話し掛けてる最中に、母様は早くも人狼へと変化を始めていた。
しかし、変身するのはやっぱり痛いのか、母様も僕と同じで苦しそうな声を上げている。うん、そこまで同じになるなんて驚きだ。
人狼への変化を始めた母様の顔は口が迫り出して耳まで裂け、耳は頭の上へと移動していく。綺麗な歯並びは鋭い牙へと変わった。
余分な脂肪も無く美しかった体のシルエットは、人狼特有の筋骨隆々な物へと変わっていく。165セルトだった身長も、200セルトとなっていた。
人狼への変化に伴い着ていた服は張り裂け、露出した母様の体の表面には髪の色と同じ赤い体毛がザワザワと生え揃っていく。尻尾も生えて、赤い体毛でフワフワのサラサラだ。
人狼の姿に変わっても美しいままの母様に、僕はうっとりと見惚れていた。
「ガルォオオオオォォォンッ!!」
完全に人狼へと姿を変えた母様は、夜空に浮かぶ赤い花模様が美しい満月へと遠吠えをあげる。その声は、まるで新しい命を得た喜びの声にも僕には感じられた。
『母様? 僕の言葉は分かる?』
人狼となった母様へと、僕はがうがう問い掛ける。人狼だと人間の言葉は喋れないからね。
しかし、果たして伝わっただろうか?
『分かるわ、ルウ……! しかし、凄い開放感ね、これ! 母さん……ちょっと感じちゃったわ♪ でも困ったわね。人間への戻り方は感覚で分かるんだけど、人間に戻ったら裸ね、これじゃ……』
『僕は既に裸だったし、人間に戻っても幼女だからそんなに恥ずかしくないけど、母様はさすがに不味いよね。人に見られたら……ね』
どうやら人狼同士ならば言葉は通じるみたいだ。それは良かったんだけど、母様も服が無くなってしまった。これは大問題である。
闇夜の中とは言え、このまま人間に戻って裸で歩いている所を他人に見られたら、僕達二人はとんだ変態親子になってしまう。どうすれば良いのか……誰か教えて!
『ねぇ、ルウ。ワーウルフになると身体能力は人間よりも遥かに増すのよね? それならば人間の姿よりも早く帰れると思うし。……だったら、このまま家まで帰りましょ! 幸いな事に今は深夜だし、少し遠回りして帰れば誰にも見られる心配もないはずよ!』
さすが母様だ、すぐに答えを出してくれた。
確かに今の人狼の姿ならば、ここから家までは恐らく30分以内に帰れるだろう。
ならば……決まりだ。
『さすが母様! って言うか、それしかないよね。あ、帰る前に母様に聞くけど、母様って……狼形態にはなれそう?』
人狼のまま帰ってもそれなりに早く帰れるだろうが、狼形態ならば更に速度は上がる。それこそあっという間に帰る事が出来るだろう。
そう僕は考え、母様に尋ねた。
『狼……? うーん……あ……! この感覚かしら? ぐぅうううルルルルル……!』
凄い! 母様は僕の話を聞いた途端、あっという間に狼形態へと変身していた。
僕が人狼と神狼の変身を自由に出来る様になるのにかなりの日にちを要したのに、母様は一日も掛からずに成し遂げてしまった。母様は天才かもしれない……!
そんな事を考えつつ、母様の姿を確認していく。
体長は人狼形態をそのまま狼にした感じでおよそ2メルト、体高は1・5メルトといった所だ。
より鋭くなった顔付きは、僕の所見ではあるけど、かなりの美狼ではないだろうか。僕がオスなら迷わず襲い掛かる所である。
真っ赤な美しい体毛はそのままで、尻尾の質感もフサフワだ。
あ、僕の血で変身出来る様になったからか、額に炎の様な形をした黒い体毛が生えている。そう言えば、人狼形態の時も生えていたね。本当の親子になった証みたいで凄く嬉しく感じる。
『それじゃ、僕も!』
母様に続き、僕も巨大な神狼形態へと変身する。ものの数秒で変化を終えた。やっぱりこの姿が一番落ち着くね。
神狼形態となった僕へと、母様は驚きながら口を開いた。
『ル、ルウよね? なんでそんなに大きいの!? と言うか、あの時ゴブリンの集落にいた狼ってルウだったのね……! ま、まぁそれはいいわ。とにかく早く帰りましょ! あ、ルウは体が大きいんだから、母さんの荷物も口に咥えて持っていってね!』
『う、うん、後で詳しく説明させてもらうよ……。そ、それじゃ母様、家に帰ろうか……!』
何と言うか、相変わらずな軽い性格の母様に振り回されてる感が凄いけど、僕は母様の言葉に従いジャラジャラと音がする革袋とドラゴンナイフを口に咥え、母様と二頭揃ってこの場を後にした。
今日は朝からバール村に訪れ、冒険者登録やサプライズプレゼント、それに思い出すと吐き気を催すあの嫌な出来事と立て続けに色々と起きたけど、一日の最後に母様と血を分けた本当の親子になれたんだから、振り返ってみれば良い一日だったと言えるよね。
きっと今日は、僕にとって一生忘れられない日として記憶に深く刻まれると思う。
母様、本当にありがとう。そして、これからもよろしくお願いします。
僕はそんな事を思いながら、前を走る美しい赤狼の後を尻尾を激しく振りながら追いかけるのだった。
お読み下さり、ありがとうございます。
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