◎忘れられない日・5
この作品を投稿し始めてから、早いもので一ヶ月が過ぎてました。ブクマの数もあと少しで100件の大台を達成出来そうですし、これも読んで下さる皆様のお陰と恐縮するばかりです。
物語はまだまだ始まったばかりですが、これからも面白くなるよう努力を続けるので、読者の皆様にはこれからもよろしくお願いいたします。
あ、三人称視点です。
自らの失態を嘆き、バール村の大通りで一頻り泣き叫んだガイアスは……泣き叫んでる場合ではない、ルウファを無事助ける為に……と、行動に移す。
あの男……ルウファを攫った男も言っていたではないか、虹金貨100枚を一人で持ってくればルウファの事を返してくれる、と。
ならば、ガイアスに泣き叫んでいる暇などないのだ。泣いているであろうルウファの為にも、ガイアスが頑張らねばならないのだから。
だが、ガイアスがいくら頑張ろうとも、ルウファを助ける為にはまずお金を用意する必要がある。それも虹金貨を100枚。しかし、虹金貨は一般人がおいそれと目に掛かれない大金である。
いくらガイアスとは言え、軍の退役金やその後の冒険者活動を合わせても、さすがに100枚もの虹金貨は持ってはいない。せいぜい、90枚程度がギルド銀行へと預けてあるだけだ。
それでも、90枚は持っている。持ってはいるが、10枚は足りない。
ならばどうすれば良いかというと──
「足りない分はレイラから貸してもらうしかない……!」
──という事である。
レイラは服飾店を経営している為、ガイアス程ではないが、それなりの金額は持っている。虹金貨10枚ならば、レイラならきっと貸してくれるはずだ。そう親友を信じ、ガイアスは先ずは自らの預金を引き出すべく冒険者ギルドへと戻った。
ちなみに虹金貨とは、それ1枚だけでそれなりの豪邸が建つ程の金額である。日本の価値に換算すれば、虹金貨1枚で、およそ1億円と同等の価値はあるだろう。それ程の大金である。
ラディアス王国を始め、この世界に流通する通貨は各国共通で、虹金貨を筆頭に、光金貨、白金貨、大金貨、金貨、銀貨、銅貨とある。細かく言えば、大銅貨や小銅貨などあるが、ここでは割愛する。
ともあれガイアスは、ギルド銀行から自らの預金を全て虹金貨として引き出す。何とかギリギリ90枚の虹金貨を引き出す事が出来た。
ガイアスのギルド銀行に残っている預金残高は、金貨が数枚程。これではルウファの服が数着買えるかどうかである。
しかし、そのルウファを助ける為なのだ、そんな事を言ってる場合ではないだろう。
ガイアスはギルド銀行の職員から革袋に入れてもらった虹金貨90枚を受け取り、急ぎレイラの下へと向かうのだった。
「何なのよ、そいつ! あんなに幼いルウファちゃんをそんな事の為に攫ったって言うの!? 良いわ、貸してあげる! その代わり、必ずルウファちゃんを無事に連れ戻して来るのよ?」
レイラの服飾店に戻ったガイアスは、事の経緯をレイラへと話した。レイラもガイアスと同様に犯人達への怒りを顕にした後、快く虹金貨を貸す事を了承する。
親友の娘の命が掛かっているのだ。レイラとしては力を貸すのは当然の結果であった。
「ありがとう、レイラ……! うん、分かってる。必ずルウを連れ戻すわ……! そしてルウを安全な所に預けたら、あいつとその仲間を一人残らず地獄に送ってやる!!」
「ガイアスも気を付けるのよ? いくらあんたとは言え、神滅の森からほど近いラディアスの聖碑に一人で……しかも武器も持たずに行く訳でしょ? 相手は犯人達だけじゃなく魔物だっている訳だから、くれぐれも慎重にね? それと、決して迂闊な行動はしない事。分かったわね、ガイアス。ルウファちゃんだけじゃなく、ガイアスまで何かあったら、私……泣くわよ?」
「分かってる。あたしだってそこまで馬鹿じゃないんだから、取るべき行動くらいしっかり分かってる。……でも、ありがと、レイラ。じゃあ……行ってくるわ!」
レイラから足りない分の虹金貨10枚を借り受けたガイアスは、レイラからの忠告に耳を傾けた後、ルウファを救う為にレイラの服飾店を後にした。
時刻はそろそろ夕暮れ時を迎えようとしており、バール村の門限が迫っている。今神滅の森に向けて出発しなければ、守衛のバルデスに門を閉じられてしまうだろう。そうなればバール村からは出られなくなってしまう。
それに、今神滅の森へと向かえば、ラディアスの聖碑に辿り着く時刻は深夜となるはずだ。向かうタイミングは今をおいて他はない。
待っててね、ルウ……母さんが必ず助けるからね。と、心で呟いたガイアスは気を引き締め、バール村の門を抜けるのであった。
バール村を出てから五時間程が経過し、昼間ならば、そろそろラディアスの聖碑が見えてくる場所へとガイアスは辿り着いていた。目を凝らして見渡せば、満月の月明かりに照らされた聖碑が、暗闇の中に仄かに浮かび上がって見えている。
「約束の場所はここだけど……変ねぇ、誰もいる気配がないわ」
ラディアスの聖碑とは、建国王のラディアス=バールが神滅の森を踏破する為に森の中へと入った場所に立てられた記念碑である。記念碑とは言え、人間の背丈より少しだけ大きな円柱状の岩を立ててあるだけの簡素な物だ。風化して辛うじてしか読む事は出来ないが、記念碑には『ラディアス入森の地』と彫られている。
ラックが指定した場所であるラディアスの聖碑。彼は、虹金貨100枚を用意して今夜遅くにここに来い、と確かに言っていた。なのにも拘わらず、指定されたラディアスの聖碑の辺りにラックの気配はおろか、仲間と思われる者達の気配がない。
「もしかして……ここじゃないの!? いや、でも……ここより適した目印は無いし、ここなら例え昼間でも冒険者の姿を見る事はないんだから間違いないはずよね……」
ラック達ルウファを攫った犯人の気配がない事に訝しむガイアス。確認の為にそう独り言ちる。
ガイアスが言う様に、ラディアスの聖碑がある場所は、バール村の冒険者達が神滅の森へと入るルートから大きく外れている。神滅の森はバール村から北に真っ直ぐ進むだけなのだが、ラディアスの聖碑は東へと大きく逸れた場所にある。それ故に、魔物の素材を求める冒険者達は普段訪れる事は無い。訪れる者があるとすれば、それは恐らく観光を目的とした者だけであろう。
「少し、辺りを探ってみるしかないか。……どっちにしたって、犯人達にお金を渡さない事にはルウを返してもらえないんだし、敵意を見せずにいれば向こうもあたしを見付けて近付いてくるかもしれないし。とにかく早くルウを返してもらって、それで、今まで通りにルウとの幸せな暮らしに戻らなくっちゃ」
ラディアスの聖碑で少しだけ待ってはみたが犯人達が現れる気配は一向に無かった為、ガイアスはそう独り言ちると、神滅の森方面へと歩き始めた。
「な、何これ……! 人間……よね? 人間が……焼け死んでる!? 1、2……全部で8人ね、ここで焼け死んでるのは……」
歩き始めてすぐ、時間にして10分程歩いた辺りで、ガイアスは焼け死んでると思われる人間の跡を目にする。跡と言うのは、黒く焼け焦げたであろう人型が残っていたからだ。
ラディアスの聖碑から神滅の森にかけては草原と森の境界線という事もあって生えてる草は芝の様な丈の短い草だけなのだが、その草の上には黒い人型だけがまるで浮いてるかの様に残っていたのだ。しかも、草には焼けた形跡も無く。
月明かりがあるとは言え、夜闇の中でガイアスがそれを人間だったと気付くまで多少の時間を要するのも仕方ない事であろう。
「魔物にでも襲われたのかしら……。でも、一つだけ安心出来るわね。この中にルウの大きさの人型は残ってないもの。でも……もしかしたらルウだって魔物に襲われないとも限らないんだから、少し急いだ方が良いわね……!」
黒い人型の中に、ルウファと同じ大きさのものがない事にほっと一安心するガイアス。しかしこのままだと、ルウファも魔物に襲われる心配がある事に気付く。ガイアスは歩く速度を上げた。
「今度は細切れ!? 全部で……5人。いったいここで何があったって言うの!」
歩く速度を上げたガイアスは、次に全身を細切れにされた遺体を発見する。その数、実に5人分。辺りには鉄錆臭の様な血生臭い匂いが漂っていた。
「コイツらはもしかして……ルウを攫った犯人達かもしれないわね……! ルウの姿がこの中に無かったのはほっとするけど、こうしちゃいられないわ!」
血生臭い匂いに眉を顰めながらそう言うガイアス。しかし、このままだとルウファが危ないのではないかとガイアスは不安を感じ、歩いていられないとばかりに走り出した。
すると程なくして、今度は大きな土の壁を発見する。高さは4メルト程で、横幅は10メルトはあるだろう。その土壁の傍に近寄った時、ガイアスはその中から血臭がする事に気付く。
「明らかな異常事態だわ、これ! ルウ……! どうか無事でいて!」
そこからは、全力で走り出した。ここで何が起きてるというのか。胸に湧き上がる言い知れぬ不安を無理矢理捩じ伏せ、ガイアスは神滅の森へと辿り着く。
途中、首から上が潰れて死んでいる人間や頭の無い人間、腰から真っ二つにされた人間などを見たが、その中にルウファの姿が無い事でガイアスは、ルウファはきっと魔物に犯人達が襲われた時に森の中へと逃げて姿を隠してるのだろうと考えた。
その考えで唯一合っているのは森の中にルウファがいる事だけだが、まさかそのルウファが人狼となって犯人達を皆殺しにした事までは考えも付かないだろう。
そして、人狼の姿のルウファがそこで泣いている事も。
森へと辿り着いたガイアスは、そこで生き物の気配を感じた。今まで見た遺体の中にルウファの姿が無かった為、ガイアスはその気配こそが魔物から逃げたルウファだろうと信じて疑わなかった。
だから──
「ルウ……? そこにいるのはルウなの? もう安心よ? 母さん……ルウの為に急いでやって来たからね? だから、もう帰りましょ?」
──と、優しく話し掛けた。自分の事を魔物だとルウファが勘違いしない様にゆっくりと近付きながら。
そしてガイアスは気付く。そこにいるのはルウファでは無く、二年前に巨大な狼が倒した事になっていたあのワーウルフである事を。そしてその身が血に染っている事を。
森の中とは言え今夜は満月。血に染って蹲るワーウルフの姿はガイアスの目にしっかりと映っていた。
「ルウ……? ──ッ!? お前はあのワーウルフ希少種!! やっぱり生きていたのね! そ……その手にある……服……は……!? う、嘘よ! あたしのルウがお前に喰われるはずがない! どこよ! どこにやったのよ!? そ、その体に付着してる血はもしかして……!」
かつて、自らが追っていたワーウルフの全身が血に染っている理由をガイアスは知る。ワーウルフがその手に掴んでいる切り刻まれたルウファの服によって。
「殺してやる! ルウを殺して喰ったお前を絶対に殺す!!」
ルウファを喰い殺されたと知ったガイアスは、全身から憎悪のオーラを発してそう叫んだ。その目からは血の涙が流れている。それ程までにガイアスはワーウルフに対し怒り、そしてルウファを失った事に絶望していた。
例えワーウルフに敵わなくても、例え自分が死んだとしても、ルウファの仇を必ず討つ。そう覚悟を決めるガイアス。
しかし──
「グルルルゥゥ……ウウうぅぅ……ぅあぁぅぅぅ……! 覚悟は出来てます、母様……。母様の手で……僕を……殺して下さい……」
──驚くべき事が起こる。ルウファの仇であるはずのワーウルフの姿が変化を始め、愛すべきルウファの姿となったのだ。
それだけでも驚いているのに、更にルウファは自らを殺してくれと涙を流してガイアスに懇願している。
突然のこの出来事に、ガイアスの心はどうして良いか分からず途方に暮れる。だがガイアスは、何となくだが腑に落ちた気がしていた。
ルウファを保護した時、ルウファはワーウルフが身に纏っていたドラゴンローブに包まれていた。
ルウファを保護した時、ルウファは言葉が通じなかった。
ルウファを保護した時、その体は獣の匂いで溢れていた。
全てはこういう事だったのだ。それをガイアスは呆然とした心で理解した。
そして思い出す。自らが所蔵している魔物図鑑の中で、ワーウルフの希少種の中には人間に変化する事が出来る個体もいるという事を。
つまりルウファは、その希少種の中でも更に希少な個体であるとガイアスは結論付ける。そして、その個体だけに確認されている能力がある事も思い出していた。
そうしてガイアスはワーウルフ……ルウファへと語り掛ける。
「殺せるわけないじゃない……。母さん、やっと気付いたわ……どうしてワーウルフがあの時あたしに攻撃しなかったのか。だって……こんなにも優しいルウファだったんだものね。それに……あなたはあたしの本当の娘になったんだもの……殺すなんて出来ないわ! ゴメンね、ルウ……ルウの正体を知らなかった母さんを許して……ぐすっ……」
ガイアスが出した答え……それはルウファを認め、そしてその全てを受け入れる事であった。
例えワーウルフだろうが、全く別の化け物だろうが、ルウファはルウファ。その事に変わりはない。
それに、ルウファと幸せに暮らした三年の月日は、ルウファの優しさをガイアスに十分に教えてくれるものであるのだ。ならば、ルウファの母親としてそれを受け入れる以外ガイアスに選択肢はなかったのである。
そしてガイアスは言葉を続ける。
「だから、これからは本当に本当の親子になりましょ? その為にも……ルウ……あなたの血を母さんにちょうだい……!」
ルウファに優しく語り掛けるガイアスの目には、全てを受け入れる覚悟の光が宿っていた。
お読み下さり、ありがとうございます。
もしよろしければ、↓の☆にて評価をお聞かせ下さい。
励みになります。




