バール村
食中毒になりました。
皆さんも、この季節は食中毒はくれぐれもお気を付け下さい……。
バール村の門を抜けると、そこは大勢の人間で溢れていた。右を向いても、左を向いても、人、人、人ばかり。
バール村へと商売をしに来た商人に、その商人が商う品物をたくさん積み込んでいる大きな荷馬車。冒険者の聖地を目指してやって来たであろう冒険者と、その冒険者を相手に商売をしようとする食べ物の露天商。バール村で生活する住民達などなど。
それらの人々の活気を前に、僕は圧倒されていた。気圧されたと言っても過言ではない。
僕は目を見開き口を大きく開けて、傍から見ればお上りさんに見えるかもしれないが、とにかくそれ程までに圧倒されていた。
「ほら、ルウ! 危ないからこっちに来なさい!」
人々の群れ、そしてその活気に圧倒されている僕の手を引き、母様はその人々の群れから僕を守る様に道の端へと連れて行ってくれた。
そんな僕の横を、商人の荷馬車が走り抜けて行く。決して急いでる訳ではなさそうだけど、そのまま呆然としていれば僕は轢かれてしまったかもしれない。
そんな光景も、人が集まるこのバール村では日常風景なのだろう。それだけ、バール村は活気に満ち溢れている。
「これが……ここが、バール村よ! ね? 凄いでしょ!」
そうして連れて行かれた道の端で、母様は自慢げにそう話す。僕はその言葉を、心ここに在らずの心境で聞いていた。
「大丈夫、ルウ? ああ、荷馬車がすぐ近くを通り抜けてビックリしちゃったのね。でも、凄いでしょ? 村と言ってるけど、これがこのバール村……冒険者の聖地として名高い都市のありふれた日常なのよ? それに、何故今まで母さんがルウを連れて来なかったか理由が分かったでしょ? こういう事なの」
改めて説明してくれた母様の言う通り、確かにバール村は凄い。門を抜けたばかりのちょっとした広場のはずなのに、たくさんの人で溢れ返っている。これで村と言うのだから驚くばかりだ
しかし、母様が幼い僕を連れて来なかった理由も確かに分かるというものだ。馬車に轢かれていたらと思うと、命の危険さえあっただろう。
それに、普通の人間ばかりがいる訳じゃない。異人種だっているのだ。馬車ばかりが危険という訳では決してないだろう。この中には人攫いなどの犯罪を犯す者だっているかもしれないのだ。
だけど、僕が呆然としているのはそんな事からではなかった。
バール村の人々を少し見ただけでも、ずんぐりむっくりとした体型のドワーフや、見惚れる程に顔が整っていて長い耳が特徴のエルフ、それと、獣の特徴を色濃く残している獣人などもその中にはたくさん含まれている。
そう、正にファンタジーの代名詞とも呼べる者達がこのバール村にはいたのだ。僕が圧倒されて呆然とするのも頷けるというものだろう。
「か、母様……ひ、人が……人がたくさん、です!」
前世で入院ばかりしていて、これ程多くの人を間近で見た事がなかった僕は圧倒された上に、とても緊張していた。もっと言えば、人間以外にも異人種がたくさんいるのだ。僕が緊張でどもってしまうのも仕方ない事だと思う。
そんな僕を、母様は微笑ましいものを見たといった表情で見つめ、そして気になる言葉を口にした。
「あらあら、ルウったら。人がたくさんいるのは当たり前でしょ? それよりもほら、ルウの登録をしにギルドに行くわよ?」
登録? それにギルド?
もしかして、冒険者ギルドに登録しに行くの?
え? なんで?
僕はまだ五歳なのに、ギルドで登録なんて出来るの?
きっと今の僕の頭の上には大きなはてなマークが出ている事だろう。前世で蓄えたラノベ知識が現実に追いつかない。
色々とテンパってる僕は母様に手を引かれ、門から伸びる大通りを村の中心へと向かっていった。
「まずは冒険者ギルドでルウを登録するでしょ? それから、母さんが贔屓にしてる鍛冶屋に行って……そうねぇ、そしたらお昼にしましょ」
「…………」
「ルウ?」
「え……あ、はい!? ど、どうしたの母様?」
「ルウこそどうしたの? さっきからボーッとして、少し変よ? 朝まであれ程楽しみにしてたんだから、楽しまなきゃ損するわよ?」
「はい……」
僕の手を引いて歩きながら、母様はバール村での予定を話してくれた。しかし僕は、それどころではなかった。
何せ……ドワーフやエルフに獣人、そして冒険者達がたくさんいるのだ。そんな人達を目にして、僕はいつしか怖気付いてしまっていた。
誰も彼もが自信に溢れた顔をし、自由を謳歌し、そしていつ死んでもいい様に精一杯生きている。それを肌でひしひしと感じた僕は、そんな人達に混じって神狼である僕もここで生きていて良いのだろうか、と変に自己嫌悪に陥っていた。
だってそうだろう。僕はどこまで行っても完全な人間じゃない。今の見た目は人間かもしれないが、本質は神狼……つまり獣だ。そんな僕が本当に人間の社会で生きて良いのだろうかと思ってしまったのだ。
しかしこうも思う……人間を求めて森の奥から出て来たのに、人間の社会に物怖じして後込みしている場合か、と。
だったら、自己嫌悪なんてしている場合じゃない。今は、コレが現実なんだ。ならば、それを受け入れるしかないだろう。
それに、ドワーフやエルフがどうした? 僕なんて神狼だ。ファンタジー具合いならば、僕の方が遥かに上だ。
だったら、この状況を楽しみこそすれ、怖気付いた上に自己嫌悪なんて可笑しな話だ。状況を楽しめ、僕!
「母様、冒険者ギルドで登録っていうのはどうして?」
ファンタジーな人々の活気に圧倒されていた僕は何とか立ち直り、手を引いてくれる母様へとその事を尋ねた。
憧れの冒険者ギルドでの登録と言えば、真っ先に思い付くのが冒険者としての登録だ。この世界は五歳でも冒険者として登録出来るのかが気になる。
「それはね、この国がラディアス王国だからよ。建国王のラディアス=バールは冒険者上がりの王様というのは前に教えたでしょ? だからこの国では全ての人が冒険者として登録するの。母さんと暮らしてるルウは少し特殊だったから今日になっちゃったけど、本来は生まれたその日に登録するものなのよ?」
なるほど、だから登録なのか。
確かにこの国の成り立ちは母様から聞かされていた。建国王ラディアス=バールは当時最強の冒険者であり、最高の冒険者だったと。それと、現在も世界規模で展開する冒険者ギルドの基礎を作った人だとも教えてもらった。
そんな人物が建国した国だからこそ、一人一人が冒険者登録をするのだろう。
更に母様は話を続ける。
「それでね、ギルドで登録するとギルドカードが発行されるんだけど、そのカードは市民証……ううん、この国では国民証となるの。ルウは他国に行くかは分からないけど、他国ではただのギルドカードとしか使えないから、もしも移住するならその国の国民証を発行してもらわないとダメよ?」
うーん……ラノベの様にはやっぱりいかないみたいだね。ギルドカードがあればどこにでも行けて、しかもその国に勝手に住めるって事は出来ない様だ。少し、残念。
あれ? という事は、移住するにはこの国でも他国への移住手続きをしないとダメなのかな? 教えて母様!
「じゃあ、他の国に移住する時は、この国にいる内に色々手続きをしなくちゃダメなの?」
「……難しい言葉を知ってるわね。いつの間に覚えたのかしら? まぁ、いいわ。……そうね、その場合はこの国の王都【ラディアス】の役所に申請しないとダメね。そこで悪い事をしてないかとか、尋ね人になってないかとかを調べられて、それで何も無ければ他国への移住許可がもらえるわね」
この世界はやはり現実……ラノベの様に自由に移住はやっぱり出来ないみたいだ。
でも母様の話によると、冒険者として滞在するなら特別な許可は要らなそうだから、僕が大きくなったらこの国を拠点のままに、色々な国に行ってみたいね。夢が膨らむよ。
「あ、ほらルウ、ここが冒険者ギルドよ!」
ギルドカードの話から移住の話になって色々と考えさせられていたら、もう冒険者ギルドに着いたみたいだ。母様が指をさして教えてくれた。
そして、いつの間にか僕の緊張も解れていた。母様との話のお陰で、どうやら落ち着けたらしい。これならばバール村を楽しめそうだね。
と、それよりも今は冒険者ギルドの事だね。
冒険者ギルドの建物は、正に冒険者って感じの総石造りの二階建ての建物だった。武骨な感じがしていて、ファンタジー好きな僕には好感が持てる。
その大きさはかなり大きい。冒険者の聖地、冒険者ギルドの本部って話だから、やはり大きく造られているのだろう。分かりやすく言えば、とうき〇うドーム一個分の大きさかな? とにかく大きい建物だ。
「じゃあ入るわよ? 中に入ったら登録受付けで登録になるからそのつもりでね? それと、決してキョロキョロしない様に。ルウは可愛いんだから、変に目を付けられたら大変だし面倒だからね」
「うん、分かったよ母様!」
母様に手を引かれたまま、冒険者ギルドの扉を抜ける。ギルドの扉はウエスタンタイプの両開きの扉で、中々に雰囲気を感じるものだった。
あ、ウエスタンタイプの扉は入口の上と下が空いていて、大人だと腰の辺りだけに扉が付いてるタイプの、向こうにもこちらにも開く扉の事だ。
分かりやすく言えば、西部劇に出てくる酒場の扉だね。拳銃を腰に差したカウボーイが出入りするアレだ。え? 初めからそう説明しろって? ナ、ナンノコトカナ。
……しかし建物が立派なのに、扉が古臭いのは仕様なのかな?
ちなみに、母様が扉を向こう側に開けるとギィーって音がなっていた。
「うわぁ……! これが……冒険者ギルドかぁ……!」
ギルドの扉は五歳児の僕の目線をしっかりと隠してくれていたので、外からは中の様子が分からなかった。だからこそ、扉を抜けて中に入った時の雰囲気に圧倒された。その際の僕の言葉である。
ギルドの中はたくさんの冒険者で溢れていて、ラノベで読んだイメージよりもその数倍も活気に満ち溢れていた。
なんだかバール村に来てから圧倒されてばかりだけど、とにかく今日が僕の冒険者としての第一歩だ。そして、夢の第一歩でもある。
これから、冒険者としての僕をどんな出来事が待っているのか。期待に胸が膨らんでいた。
ともあれ、僕は母様に手を引かれ、登録受付けへと一歩ずつ進むのだった。
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