生きる為に
さっき叫んだ様に、僕の生きる道がハードモードなのは恐らく確定だろう。生まれたての子犬なのに親がいないという事は、十中八九生きる事は出来ない。
例えば、獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすと言うが、そんな話はデマだ。現実は、獅子の母親は独り立ちが出来るまでしっかりと子育てをする。
それは他の動物だって大概はそうだ。もちろん、犬だって例外ではない。
つまり、今の僕が生きる上での選択肢を間違えれば、それはイコールたちまち死んでしまうという事だ。
と言うか……犬も人間みたいに育児放棄なんてするんだろうか?
『と、とにかく、諦めたらそこで試合終了だよね……!』
前世で有名だったバスケ漫画のセリフを口にしてみる。試合ではないけど、ハードモードな人生……犬生を生き抜く為には、前世のラノベで得た知識をフル動員して頑張るしかない。
ちなみに、まるで喋っているかの様に言ったけど、実際は「キャオォォォン……!」と吠えてるだけだ。雰囲気って大事だよね!
言葉はともかく、とにかく生きる為に先ずは食べる物を探さなくてはダメだ。
しかし、生まれたての子犬が母乳以外の物を食べても大丈夫だろうか? 幸いな事に……不思議な事に、牙は既に生えてきている。まだまだ短いけどね。
それともう一つ問題がある。犬って……雑食なのかな?
犬を飼った事なんて無いから分からないけど、もしも肉しか食べられないならば、今の僕には恐らく無理だ。だって、獲物を狩って生肉なんて食べたくない。想像するだけで嘔吐きそうだ。
それに、生まれたての子犬に獲物を狩るなんて恐らく出来ないと思うし。
となれば、先ずは食べられる草を探そう。
『匂いを頼りに、食べられそうな草を探してみるか……。しかし草か。苦いのかな? ……ピーマン、食べられる様になっとけばよかったな……』
食べられる草でお腹を満たし、僕の事を飼ってくれる人間を求めて人里を目指す事が生きる為の最善策だろう。
早速お腹を満たす為に草を探そうとは思うけど、今はまだ夜だ。明るくなってからの方が良さそうだよね。
夜は危険な動物が徘徊するという事は知識として知っている。例えば狼とか狼とか、狼とか。……狼以外にもいるだろうけど、僕の知識では狼くらいしか出て来なかった。
ともあれ、やはり夜は危険だから今夜は水を飲んで空腹を紛らわそう。
キューっと鳴るお腹に謝りながら、壁から染み出る水を舌で掬う様にして飲んでいく。しかし、見事な水っ腹だ。少し動くだけでチャプンチャプンと音がする。
ある程度空腹感が治まったところで白銀色の毛皮に包まり、寝るまでにここがどこなのかを考える事にした。
果たしてここは日本なのか、それとも外国なのか。
人間を求めて移動する事は前提として、転生した場所が日本ならばそれ程移動しなくても人間に会えるだろう。
だけど、もしもここが外国ならば、それもアマゾンなどの広大な森林ならば、人間と出会う前に死ぬ恐れがある。
『……今考えてもなる様にしかならないよね。となれば、明日の事は明日の僕に頑張ってもらおう。うん、そうしよう! って事で、おやすみ〜』
そんな事を僕はキャンキャン呟き、母さんの匂いが残る毛皮に包まり眠りに就いた。
☆☆☆
……体が冷たい。僕の体は何故か濡れてるみたいだ。
『生まれたばかりだから仕方ないよね……。うん、仕方ない! そう、これは不可抗力だ!』
朝日が射し込む巣穴の中で、僕はそう独り言る。
お腹いっぱいになるまで水を飲んだ事による弊害……僕はおねしょをしてしまった。情けなさから、僕の尻尾も垂れている。
起き上がって下半身を見ると、毛が濡れて体に張り付き、かなり情けない状態になってる。毛を刈られたトイプードルみたいだ。
それはともかく、いつまでも濡れたままだと体が冷えて体調を崩す。おしっこで濡れた下半身の水分を飛ばそう。
僕は後ろ足から震わせ、次に下半身を震わし、そのまま上半身から頭までをブルブルと震わして水気を飛ばしていく。初めて水気を飛ばしてみたけど、本能なのか意外と上手く出来た。本能って凄い!
『これで良し! 匂いは……不思議だけど不快じゃないね。むしろ、フローラルな香りに感じる。……くだらない事を言ってないで、昨夜決めた様に、食べられる草を探しに行こう』
くだらない事を呟きつつも巣穴の外へ向けて歩き出す。巣穴の外をまだ見た事が無かったから少しだけ楽しみだ。尻尾も左右に揺れている。
若干湿っているけど、まん丸モフモフの体でトテトテと歩き光の下へと向かう。すると、眼下には広大な森林が拡がっていた。
『うわぁーーっ!! この場所が地球の何処かは分からないけど、こんなに自然が溢れる景色を見たのは初めてだよ!』
出来るならば街や都市が見えて欲しかったけど、それよりも自然溢れる景色を見れた事に感動する。遠くに微かに山脈が見えているけど、まるで大アマゾンの森林地帯を見ている様だ。
とは言っても、病弱だった前世でアマゾンの森林地帯なんて実際には見た事は無い。テレビなどの映像媒体や、図鑑などの写真でしか知らない。だけど、知識で知っているのと実際の目で見るのとでは全てが違って見えた。
先ず、匂いが違う。植物の発する香りが圧倒的だ。酸素など色んな成分が含まれてるんだろうけど、体の中から浄化される様な静謐な空気を感じた。
次に、緑の濃さだ。植物と言っても沢山の種類があり、例え同じ種類の植物だとしても、一つ一つ色が違う。淡かったり濃かったり、青っぽかったり、黄緑っぽかったり。そんな鮮やかな緑が見渡す限りに拡がっているんだ。
空を見上げれば色は鮮やかな蒼。所々に浮かぶ白い雲と空の蒼、何処までも続く森林の鮮やかな緑のコントラストに、僕は空腹も忘れて暫く見惚れていた。
『……なんで木々が下に見えてるんだろう……?』
そしてふと気付く。どうして森林地帯を見下ろしているのか、と。
と言うのも、巣穴はなんと山の中腹……断崖絶壁に造られていたのだ。それも、地上から恐らく数百メートルはありそうな高さに。足を踏み外そうものなら間違いなく死ねる高さである。
だけど、悲観的になるのはまだ早い。
洞穴の端に行き下を眺めて見れば、辛うじて上り下り出来そうな岩の出っ張りが確認出来るからだ。だが、子犬の僕には下りる事は出来ても、再び上って来るのは絶対に無理そうだ。
『母さん。どうしてこんな場所を巣穴にしたの!?』
思わずそう言ってしまうのも仕方ない事だと思う。
確かにこの場所ならば外敵から身を守るのは容易いと思える。だけど、僕を巣穴に残して居なくなるなら、絶対にダメだと思う。一度下まで下りてしまえば、子犬の僕では上って来れない……つまり、安心して寝る事が出来ないという事だ。しかし、巣穴に残る事は出来ない。残ると言うのは、餓死しろって言ってる様なものだ。
『やっぱり餓死を回避するには、なんとか岩の出っ張りを利用して下りるしかないよね……。寝る場所は空腹を満たしてから考えよう』
幸いと言って良いのかどうか、僕の子犬としての身体能力でも勇気を出せばなんとか下りられそうではある。……たぶん。
下りると決断したからには後は行動に移すだけだけど、忘れてはいけないのは、こういう場合……何かに驚いて転落してしまう事だろう。例えば巣穴の上の縁に鳥がとまっていて、その鳴き声に驚いて足を踏み外すとか。
ラノベなどでもそうだけど、お笑い芸人のコントでも良くある事だ。気を付けねばなるまい。
『鳥は……大丈夫、居ないみたいだ。良し──ッ! 勇気を出して頑張って下りるか!』
辺りの様子を確認して、巣穴の縁から一つ下の岩の出っ張り目掛けて勇気をだして飛び下りる。気持ちを表す尻尾は股の間だ。
『──ッと! やれば出来るもんだね! この調子で次々行くぞ!』
二つ目、三つ目と、岩の出っ張りへと立て続けに飛び下りる事に成功した。巣穴から10メートルくらいは下りた筈だ。この調子ならば無事に地上まで下りられそうである。股の間にあった尻尾も既に定位置だ。
……なんて思っていた時が僕にもありました。
『よっと! ほっ! ──ッ!? うわぁああああああああッッ!!』
六つ目の岩の出っ張りへと飛んだ瞬間……僕の体は宙へと舞った。突然の突風によって僕の体は空中へと吹き飛ばされてしまったのだ。山の高い場所に吹く風の強さがこんなに強いものだなんて知らなかった。
僕の子犬としての軽い体重では、その強風に耐える事は全く出来なかった──。
読んでもらえるだけで幸せです!




