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月の華  作者: 桜華
第二章 人間の姿にはなったけれど……
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ゴブリンの集落にて

先日、ブクマが50件を超えたばかりなのに、あっという間に60件を超えてました!

本当にありがとうございます!

 

 僕が母様の毛皮を手に入れて巣穴を飛び出してから三日。《雷嵐(ケラノス)》を使わなくても、あと少しで森を出られる辺りまで戻って来る事が出来た。

 やはりグリフォンを食べた事で僕の神狼形態の素の力が上がった事が、これ程まで早く戻って来られた事の要因だろう。自分でも驚きの結果だ。


(いやぁ、僕って素敵に無敵なのかな? 森の木々も今度は傷付けていないし、タイムリミットにも何とか間に合いそうだし。後は上手い具合いに、母様の毛皮をガイアス母様達に渡すだけだね)


 口には母様の毛皮を咥えている為、僕は心の中でそう呟いた。その最中も、走り続ける僕の視界の中では風景が恐ろしく速く流れていて、まるで緑色と茶色の壁の様に見えている。


 そのまま走り続けていると、僕の嗅覚に吐き気を催す様な匂いが飛び込んできた。つい先程食べたばかりの、美味しかったオークが台無しになる匂いだ。

 だけど吐きはしない。吐くという事は食べた命を無駄にしてしまう事。自然を大事に、をモットーとする僕だけど、命を大事に、は、それよりも優先される事なのだ。食い意地が張ってるとは言わせない。


(この匂いは……はぁ……。やっぱりゴブリンかぁ。ん? ゴブリンの匂いに混じって違う匂いも感じる?)


 ゴブリンの匂いの中に、嗅ぎ慣れない匂いが混じっている事に気付いた。酸っぱい様な、塩っぱい様な、そんな匂いだ。あ、人間の汗の匂いだこれ。うん、鉄っぽい匂いもしてるし、恐らく鎧を着た人間の匂いだろう。


 少し走る速度を落として、ゴブリンの匂いと人間の匂いの位置を探る。どうやら、ゴブリンは集団でいるみたいだ。そのゴブリンの集団に、人間がゆっくりと近付いているらしい。


 しかし、何故この辺りに人間の匂いがするのだろうか。


 ガイアス母様がワーウルフの捜索の為に軍の派兵を要請した事は知ってるけど、その軍とガイアス母様はもっと森の浅い所を捜索してるはずだ。

 となれば、もしかしたらバール村に拠点を置く冒険者がギルドの依頼を受けて、それでこの辺りまで調査に訪れているのかもしれないね。


 だけど、冒険者と思われる人間の匂いは一人分。それに対してゴブリンは、その集団の匂いの濃さからして、少なくとも百体はいると思われる。


 このままだと、その冒険者の命が危ないのではなかろうか。

 いや、ガイアス母様の強さを人間の強さの基準にするならば、例えゴブリンが十体集まろうとも問題は無い。むしろ母様ならばあっさりと蹴散らすだろう。

 だけど、その冒険者が母様よりも遥かに強いのであれば、例えゴブリンが百体以上集まっていようとも難なく討伐出来るはずだ。


 ……でも、僕の感じた人間の匂いは全然強く感じない。せいぜい、ゴブリン三体を同時に相手するのが関の山と思われる。


(はぁ……。仕方ない、僕がゴブリンを相手にするか。このままだと、冒険者っぽい人を見殺しにしちゃうみたいで嫌だからね)


 ガイアス母様の下で人間の暮らしを始めているのに、その人間を見殺しにするなんて寝覚めが悪い。

 僕は走る方向を少し逸らし、ゴブリンの集団がいる場所を目指し始めた。


 それから数分……僕は冒険者よりも早く、ゴブリンの集団の下へと辿り着いた。


(集団じゃなくて集落だったみたいだね。……まだゴブリンキングは生まれてないっぽいや。だったら、さっさと蹴散らすか……!)


 辿り着いた先にはゴブリンの集落が築かれていた。

 どこから集めてきたのか、丸太を組んだ上に木の板をはり、みすぼらしいけど家の様な物を幾つも造っている。その家もどきを囲う様に、集落の周りには柵らしき物まで造られていた。人間で言うならば名も無き村と言った所だ。


(一年前にはこんな所にゴブリンの集落なんて無かったのに、いつの間に造ったんだ? 一匹を見付けたら三十匹がいると思えって虫じゃないんだし、ホントによく繁殖するよねゴブリンって。……あ、Gの頭文字は同じだった)


 ともあれ、そんな事を心で呟きつつも、およそ百体はいるゴブリンの集落へと僕は襲い掛かる。人間が近くにいるから魂魄魔法は使わない。

 それでも、冒険者がここに来るまでにゴブリン達を屠る事は余裕だ。


(命を奪うのに喰わないというのは申し訳ないけど、こんな所に集落を築いた不運を後悔するんだね)


 そう心で呟き、一足飛びでゴブリンの集落の中心へと到達した僕は、集落のゴブリン達へと殺気を込めた視線を送る。


「ギギャ!?」

「ゲギャギャギャッ!!」


「「「「「グギャーッ!!」」」」」


 すると、ゴブリンの集落へと襲い掛かった僕に対し、この集落のボスと思われる青い肌をしたゴブリンは何かを叫び、その直後、ゴブリン達は一斉にあちこちへと散らばっていった。

 そのゴブリンの行動に僕は呆気にとられる。


 これはもしや……ゴブリン達は逃げたのだろうか?


 いやいや、まさかそんなはずは無い。

 だって、ゴブリンだよ? 頭の悪い魔物の代表格なゴブリンは誰彼構わずに襲い掛かる事で有名なのに、僕を一目見て逃げ出すなんて行動を取るとは、例え天地が逆さまになったとしても有り得ない。


(ゴブリンが逃げるなんて!? ……って、のんびり考えてる暇はない! 僕も身を隠さないと……! 冒険者に今の僕の姿を見られたら討伐依頼が出されちゃうよ!)


 僕を見て逃げ出したゴブリンじゃないけど、僕も慌ててゴブリンの集落から離れた。その直後、冒険者と思われる人間がゴブリンの集落に辿り着いたみたいだ。匂いで分かった。


(危なかったぁ……間一髪だったよ。冒険者に僕の姿を見られたらと思うと……うわぁ、ヤダヤダ……! たくさんの人間に追われる想像しちゃったよ……。ん? あれ? 冒険者が去った方向からガイアス母様の匂いがする……?)


 僕がゴブリンの集落を離れている少しの間に冒険者の人は去ったみたいだけど、その去った方向からはガイアス母様の匂いが近付いていた。

 という事は、さっきの冒険者と思われた人間は実は冒険者では無く、ガイアス母様と行動を共にしている第一守護軍の人だったという事だろうか。

 そう考えれば、確かに鉄の匂いのする鎧を身に付けていても可笑しくはない。むしろ、自らの強さに自信がある第一守護軍の人間だからこそ、森のこの辺りまで来ていたと考えるのが妥当だろう。


(これは……母様の毛皮を渡すチャンスなのかな? 僕がゴブリンの集落で静かに待っていれば、そこにやって来たガイアス母様達は僕を警戒するだろうし、警戒すればいきなり襲い掛かってくる事も無くなる。そこで僕が母様の毛皮をそっと地面に置いて立ち去れば問題なく渡せるはずだ。それに……今の僕の姿を見たガイアス母様達は、僕がワーウルフを倒したと思ってくれるかもしれない。巨大な狼ならば、ワーウルフくらい簡単に倒すだろうってね。……決まりだね。コレでいこう!)


 母様の毛皮を渡す作戦を思い付き、僕は実行に移す為にゴブリンの集落へと戻った。


(よし……ガイアス母様達はまだ来てないみたいだ。後は少しでも気配を殺して、敵意が無い事をアピールすれば大丈夫なはずだ)


 今の時刻は恐らく昼時。それでも薄暗い森の中のゴブリンの集落にて、僕はその時をジッと待っていた。


「え……?」


 それから少しして、第一守護軍の人間が去った方向の木の陰から、ガイアス母様が姿を現した。僕の姿を見てどう思ったのかは分からないけど、ガイアス母様は間の抜けた声を上げていた。


(あ、気配を殺してたんだっけ。それじゃ僕を見てそんな声を上げても仕方ないよね。僕もガイアス母様の立場なら同じ声を出すと思うし。いや、むしろ驚き過ぎて叫ぶかもしれないや)


 そんな事を思ってる内に、ガイアス母様の後ろから第一守護軍の人間と思われる立派な鎧を身に纏った人間達が続々と現れた。重厚な鎧の胸の所には、ラディアス王国の物と思われる、竜に立ち向かう騎士の紋章が刻まれている。

 その中でも特に目立つのは、緑色の髪を短髪にしたガッチリとした体格の偉丈夫だ。その鎧も他とは違って煌びやかだし、何よりもその背中には巨大な大剣を装備してる事に目を奪われる。


(第一守護軍とやらの隊長さんかな? ガイアス母様よりも若く見えるけど、きっと凄く強いんだろうね。……匂いからして僕よりは遥かに弱いけど)


 そんな事を考えていた時、ガイアス母様の口から驚きの言葉が発せられた。


「ルウ……?」


 ──ッ!!


 バレた!?

 いや、それはないはずだ。第一、今の僕の姿と幼女の僕の姿とでは全く違うし、むしろ、巨大な狼の姿の僕に幼女の僕を呼ぶ言葉を言う方が可笑しな話だ。

 と言うか、名前を呼ばれて思わず反応しちゃったよ。気付かれてないと思うけど、少しビクッてしちゃったし。


 しかし、万が一もある。僕はガイアス母様の様子を窺った。


 ……ホッ。どうやら僕とは気付いてないみたいだ。

 と言うか、ガイアス母様をはじめ、第一守護軍の全員が僕の事を怖がってる様に見える。可笑しい……殺気も出してなければ、気配も殺してるはずなのに。あ、僕、巨大な狼だったっけ。

 まぁいいや。母様の毛皮をここに置いて、作戦通り、森の奥に帰るフリをして少し遠回りしてからガイアス母様の家に帰ろう。


 僕は母様の毛皮をそっと地面に置いた。見れば、口に咥えて引き摺る様にして運んで来たから、母様の毛皮がかなり傷んでしまっている。前足とお腹の部分がズタボロだ。ごめんなさい、母様……。


「え? あ……!」


 え!? あ、なんだ、僕が母様の毛皮を置いた事に反応しただけか。

 もう、ガイアス母様ったら脅かすんだから。心臓に悪いから早く行こう。


(さよなら母様。目の前にいるガイアス母様が僕の新しい母様です。怒ると怖いけど、とても僕に良くしてくれるので、母様も安心して下さい……)


 そう心で呟き、僕はその場を後にした。


 ──30分後、ガイアス母様の家へと僕は帰って来ていた。時刻は午後四時くらいの時間帯だろうか。


「グルルゥゥ……ガァアアアア……ああぁ……痛いぃぃ……ううぅ……」


 魔物除けの結界が張ってある柵の前で、僕は激痛に耐えながら幼女の姿へと戻った。耐えたけど……やっぱり凄く痛い。足元を見ると、しっかりと水溜まりが出来ていた……。


「うう……もう変身なんてしないよぉ……」


 思わず泣き言を言ってしまったけど、もう変身する事は無いだろう。僕の計画通りに上手くいったんだからね。これからはガイアス母様と幸せな生活を送るんだ、それを思えば、まだ痛む体さえ幸せな気分になってくる。


「はぁ、やっと痛みが治まったよ。さてと、早く家に入って服を着ないと。あ、それと、僕が作ってしまった水溜まりに水を掛けて流しとかないと、匂いで漏らした事が母様にバレちゃう。匂いに敏感だからね、母様って。……お尻を守る為にもそれだけは必ずやんないと……!」


 そう独り言ちた僕は、達成感から笑顔になるのを堪えきれずに家へと入るのだった。

お読み下さり、ありがとうございます。

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