◎ワーウルフ捜索隊
三人称視点です。
ルウファがかつての巣穴で白銀色の毛皮を手に入れた頃、一方のガイアスと第一守護軍の百名の騎士達は森の浅い所をワーウルフを探して彷徨っていた。
ラディアス王国の第一守護軍に所属する騎士の数はおよそ千人あまり。この数は、第一から第五までの守護軍がそれぞれ千人あまり所属しているという事を表している。つまり、ラディアス王国守護軍はトータルで五千人以上の騎士が所属しているという事になる。
第五まである守護軍の構成は一貫しており、それぞれ将軍を筆頭に、百人長、十人長と隊長が設定されていて、上からの指示を円滑かつ速やかに実行する為の体制がなされている。
今回、神滅の森へと派兵された第一守護軍の数が百名の騎士からなるのは何故か。それは、新人騎士達の訓練を兼ねての派兵である為だ。
神滅の森の浅い地帯に出没するゴブリンなどの魔物は、この森の魔物ではかなり弱い部類に入る為、年が明けると同時に入った九十名の新人騎士の訓練にはもってこいなのである。ちなみに残りの十名は、十人長に昇格予定の者が組み込まれている。
「ガイアス様……本当にいるんですか? そんなワーウルフなんて……」
「いるのよ! ……と言うか、あたしはもうただのガイアスなんだから、あなたが率先してよ。あたしの代わりに将軍に昇進したんでしょ? ねぇ、【カミト】将軍様?」
「ちょ、ちょっとガイアス様!? 私は貴女よりも弱いし、貴女に育ててもらったんですから、今この場で貴女を差し置いて指揮なんて出来ませんよ!」
「はぁ……。じゃあ、軍を四つに分けて、それぞれ扇状に散開して捜索しましょ?」
ガイアスとそう話し合うのは、ラディアス王国第一守護軍の現将軍であるカミトだ。今回の派兵の指揮をする為に将軍である彼が来たのは、ひとえにガイアスのせいである。
ガイアスが派兵を要請したのは軍に、ではなく、実は国王のリカルドであった。
これにはリカルドも頭を痛めたが、やはり妹分として可愛がっていたガイアスの頼みを断れるはずもなく、ならばと、彼女が将軍の時の腹心であったカミトへと勅命を下したのだ。
そしてカミトも、新人の訓練も兼ねてなら、とリカルドからの勅命を了承し、今回の任務へと就いたのであった。まぁ、勅命である以上任務に就くのは当然ではあるが。
そのカミトは、ガイアスの跡を継いで現在の第一守護軍の将軍に23歳という若さで抜擢されているが、ガイアスとの会話でも分かる通り、その頼りない性格ゆえに部下からは多少侮られていたりする。これは入ってまだ間も無い新人騎士も同様である。
しかし、ガイアスに一から戦闘を叩き込まれたその実力は本物であり、戦闘の際の頼もしさは確かに将軍たらしめるものがある。
だがしかし、部下からの信頼も厚く、英雄視されたガイアスが将軍に抜擢されたのが18歳という事を考えれば、カミトが部下から侮られてしまうのも仕方のない事だろう。
そんなカミト。男ではなく漢と言える顔つきの、緑色の髪をした偉丈夫である。瞳の色は髪よりも薄い翡翠色をしている。
彼の身長は190セルトとかなりの高身長で、体重も90セキというがっちりとした体格の持ち主である。その体格は守護軍の中でも一、二を争うものであり、それゆえに、武器は大剣よりも大きく重い重剣と呼ばれる部類の物を扱っている。ちなみに、他国からは【重剣のカミト】と二つ名で呼ばれ恐れられていたりする。
「はぁ……。ねぇ、ガイアス様?」
「なぁに? カミト将軍様?」
「軍に復帰はしないんですか?」
「……しないわよ?」
「いや、しましょって! やっぱり私なんかに将軍職は重たいですよ!」
「嫌よ。あたしはルウと幸せに暮らすんだから。その為にワーウルフを討伐しようとしてるんだもの」
軍を四つに分け、扇状に散開させた後に、カミトはガイアスへと軍に復帰しないのかと尋ねた。しかしそれをあっさりと否定するガイアス。
ガイアスが言う様に、彼女はこの一年のルウファとの暮らしの中で幸せを感じていた。それはルウファとの暮らしが充実していた為だ。
言葉を教え、文字を教え、粗相をすれば尻を叩いて叱る。時には畑仕事を手伝ってもらったり、そしてご飯を作ってあげたりと、まだ独身で子供がいないガイアスにとって、それは母性本能を刺激してやまない生活であった。
いくら王国最強と呼ばれようと、いくら独身を謳歌しようとも、ガイアスもやはり幸せを夢見る一人の女性……つまり、子供が可愛くて仕方ないのだ。
それゆえに、愛する可愛いルウファとの幸せな生活の邪魔はしないでという意思が、カミトへの返答の言葉として表れていた。
ちなみにではあるが、ルウファと暮らすようになってから、ガイアスの母乳が僅かながら出る様になったのは内緒の話である。
「ほら、カミト将軍! あたしはどうすればいいのよ!? 真っ直ぐ進むの? それとも北東? しっかりしなさい!」
カミトからの復帰の誘いを鬱陶しく感じたガイアスは、この話はこれで終わりとばかりに話を逸らす。その表情はカミトの話にうんざりしてる事もあり、若干険しい。
「じゃ、じゃあ私たちは北東に進みましょう。他の三つの部隊はそれぞれ北、北西、西方面へと向かわせましたし、東方面は昨日まで何の手掛かりも見つからなかったので」
「そう、分かったわ」
「はぁ……。やっぱりガイアス様の方が将軍に似合ってるよなぁ……」
「……何か言った?」
「いいえ! 私は何も言っておりません!」
触らぬ神に祟りなし、カミトはその言葉を飲み込んだ。
☆☆☆
それから三日が経ち、ガイアス達は更に森の奥へと捜索の範囲を広げていた。
しかし、ここまでワーウルフの痕跡を示す物は何も見つかっておらず、目に見えてガイアス達の顔には疲労の色が濃く現れていた。
「やっぱりそんなワーウルフなんていませんって」
「いたのよ! あたしの魔法も斬撃も弾かれて全く効かなかったんだから! それとも何? あたしが嘘を吐いてるって言うの?」
「い、いえ! そんな事は微塵も思っておりません! しかし、ここまで見つからないとなると……恐らく森の奥へと縄張りを移動したのでは?」
森の中を捜索しながらガイアスへと文句を言うカミトと、その言葉に憤慨するガイアス。その後ガイアスに、カミトは自らの見解を述べた。
ここまでガイアス達が討伐した魔物は神滅の森の浅い所に出没する魔物ばかりで、それはゴブリンに始まり、オーク、スケルトン、フォレストスライム、そして先程討伐した、この辺では珍しく強力な魔物であるオーガである。
この中で唯一手こずったのはオーガだけであり、そのオーガにしても、守護軍の新人騎士数名が連携の訓練を兼ねて討伐した為に実に呆気ないものだった。
と、ここまで手応えが無ければ、守護軍の騎士達にも不平不満が出始めるし、それは苛立ちとして現れる。
実際、既に騎士達の間では喧嘩騒ぎも起きている程であった。
そんな時のガイアスとカミトの会話である。二人ともに苛立っているのが目に見えている。
「とにかく見つけるしかないのよ! 今日中に見つからなければ派兵期間を延長してちょうだい!」
「そんな事言われましても……。それに、これ以上は探しても無駄だと思いますよ? さっきも言いましたけど、ワーウルフは森の奥に縄張りを移動したんですって! ここまで痕跡がない以上、それしか考えられないですよ!」
「いるったらいるのよ!」
ガイアスとカミトとの喧嘩も秒読み……と思われたその時、森の雰囲気が変わった。空気が変わった、とでも言えば良いのだろうか。
それまで聞こえていた虫の音が聞こえなくなり、動物や魔物と思われる気配が辺りから消えていた。
「カミト! ……何か変よ……!」
「ええ! 分かってます!」
得体の知れないその雰囲気に警戒する二人。二人の立場はかつての将軍と部下のものとなっていた。
そんな二人の下へ、一人の新人騎士が報告をしにやって来た。彼もカミトを侮る内の一人ではあるが、さすがに任務の時はそれを見せない。
新人騎士は将軍であるカミトの前に立ち、直立不動の姿勢で右手の拳を左胸へと当て、騎士の礼をもって報告を告げる。
「カミト将軍!」
「なんだ!」
「先程偵察に出ていた者からゴブリンの集落を見つけたとの報告があります! しかし、既にもぬけの殻だったと……」
「そんな事をわざわざ報告するな!」
報告するな、と新人騎士を叱りながら、その後詳しく話を聞くカミト。やはり将軍として部下からの報告は聞くべきであるし、それを聞かずして何が将軍か、という話である。
しかし、その部下からの報告をカミトが聞いている所へとガイアスが話し掛ける。
「ちょっと待って? ゴブリンの集落がもぬけの殻……? 普段ならそんな事有り得ないわ。アイツらはどうしようもなくバカなのよ? 例え格上の相手でも襲い掛かる程に。それがもぬけの殻!? きっとアイツよ! アイツの仕業に間違いないわ! そこに案内して!」
「は、はいっ!」
新人騎士とカミトの会話に割り込むばかりか、既に将軍でもないのに報告に来た騎士に案内を命じ、ガイアスはその集落を目指して勝手に進み始めた。
残されたカミトはガイアスの行動に呆気にとられるが素早く立ち直ると、すぐさま部下の騎士達へと指示を出す。
「ちょ、ちょっとガイアス様!? ええい、くそっ! 第一守護軍は私の後に続け! これよりゴブリンの集落の調査に入る!」
「「「「「はっ!」」」」」
そうして、ガイアス達はゴブリンの集落を目指して進んでいく。森の中の道無き道を歩き、草を掻き分け歩き続ける。
程なくして、一行はゴブリンの集落へと辿り着いた。
「え……?」
真っ先にゴブリンの集落へと辿り着いたガイアスは思わず間の抜けた声をあげてしまった。何故ならば……そこには巨大な狼の姿があったからだ。
体長は5メルト程であろうか。体高も2メルトはある。その全身は美しい白銀色の体毛で覆われており、瞳は鋭く、金色に輝いていた。
ただ一点だけ、特徴とも言うべきものがある。それは、額に生える炎の様な形をした漆黒の体毛だ。それだけに、巨大なこの狼をより印象付けるものとなっている。
その、額に漆黒の炎を宿す白銀色をした巨大な狼が、ゴブリンの集落の中で静かに佇んでいたのだ。普段であれば驚いて逃げ出す状況である。
いや、逃げ出したのだ、実際に。そう、ゴブリン達は。
それを、ガイアス達は一瞬で理解した。理解させられた、が正解だろう。
この巨大な狼は、その辺にいる魔物とは明らかに格が違う。例えるならば、建国王ラディアス=バールが逃げ帰ったテンペストドラゴンと同格かそれ以上に感じられる。
その姿を視線で捉えてしまったガイアス達一行は、その誰もが自らの死を意識していた。
しかし──
「ルウ……?」
──ガイアスの口からは、何故か愛する我が娘……養子ではあるが、ルウファの愛称であるルウという言葉が発せられていた。
ガイアスが何故ルウファの愛称を言葉に発したのか、それはガイアス自身にも分からなかった。だが、目の前の巨大な狼の雰囲気に、ガイアスはルウファの面影を見た気がしていたのだ。
そのガイアスの言葉が聞こえたのかどうか、巨大な狼はピクリと反応すると、その大きな口から出した何かを地面へと置いた。いや、口に咥えていた物を地面へと置いたのだ。
「え? あ……!」
その狼の行動に声が出てしまったガイアスと、そんなガイアスへと視線を合わせる巨大な狼。直後、巨大な狼は森の奥へ振り返ると、美しい体を艶やかに撓らせて風景に溶け込むかの如く速度で走り去っていった。
巨大な狼の不思議な行動に呆気に取られる中、その場に残されたガイアス達一行は、巨大な狼が置いていった物を恐る恐る確認する。
そこに置かれていた物は……ガイアス達が追っていた白銀色のワーウルフの物と思われる大きな毛皮であった。
──後に、ラディアス王国第一守護軍将軍カミトはこう語る。
あの巨大な狼は伝説に語られる神狼であったのではないか、と。そして、テンペストドラゴンの脅威が去ったのは、かの狼のおかげではなかったのか、と。
ガイアス様が敵わなかったワーウルフを倒してくれたのも、きっとあの神狼なのだろう、と。
お読み下さり、ありがとうございます。
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