人間としての能力
怒られた。それもただ怒られたんじゃあ断じてない。ものすっごい怒られた。それはもう、椅子に座る事も出来ない程に怒られた。……お尻、痛いです。
それにしても酷すぎる。ちょっと全漏らししたくらいなのにあそこまで怒るとは。
それに、いくら僕が言葉が分からないからって、あんなにお尻を叩かなくてもいいと思う。親の仇かってくらい叩かれた。
それも、わざわざお風呂に連れて行って綺麗に洗った後に、である。僕は涙が止まらなかった。
「いい!? トイレはここだからね! 君でも開けられる様に扉は少しだけ開けとくから、か・な・ら・ず! トイレでするのよ!」
「……グスッ……」
「分かったわね!?」
「──ッ!? (コクコク)」
今もなお絶賛怒られ中である。
何を喋ってるか分からないが、トイレの場所は分かった。それと、手を振り上げる仕草を見ればその内容は理解出来るというものだ。それを察し、僕は何度も頷いた。
僕を一頻り叱ったガイアスさんは、未だ涙の止まらない僕を抱っこしてベッドへと連れて行ってくれた。
「今夜は遅いからこのまま寝てもらうけど、明日はちゃんと朝ごはんを用意するからね。それじゃ、おやすみ」
優しい口調で何かを僕に言い残し、ガイアスさんは寝室を出て行った。そんなガイアスさん、貴女はいったいどこで寝るのでしょうか? 寝室を僕が独占しても良いのでしょうか? ……出来れば一緒に寝て欲しいのですが?
まぁ僕の願望はさておき、ガイアスさんの家であるこのログハウスはそこそこ大きいので、つまり僕が寝ようとしてるこの寝室はきっと客間なのだろう。心配は無用の様だ。
『はぁ……。お尻、凄く腫れちゃったよ……。それにしても、僕の体はどうしたんだろう。人狼の時までの力が全く出せないなんて可笑しすぎる』
がうがう呟きながら、寝るまでの間にそれを考える。ベッドに横になって天井を見れば、ログハウス特有の吹き抜けの天井になっていた。
『なんか……ログハウスって良いかも』
そう呟き、ため息を一つ。まだ痛むお尻を庇いながら寝返りをうち、横向きになって考え始める。
人間の体……それも幼女の体になったにしても、僕の本質は神狼だ。それは人狼でも人間の幼女でも変わらない事実だ。
それを前提にして、より熟考していく。
神狼の時の強大な力と魔力。人狼の時の尋常じゃない膂力と回復力。幼女になってからの頼りない程に情けない力。そのどれもが僕の力だ。それだけは変わらない。
ならば、幼女の姿となったからって、どうしてこうも全く力が出せないんだろうか。
神狼、人狼の時と今の幼女でいったい何が違うというのか。
……まさか?
『神狼の二歳は動物としての大人で、人狼は半分動物だからそれに準ずる。だけど人間としての二歳は……ッ!! 痛っ……ッ!』
ガバッと起き上がり、ガイアスさんに聞こえない様に小声で叫ぶ。とてもお尻が痛かった。
いやお尻はともかく、そんな事ってあるだろうか。いや、そうとしか考えられない。
前世でこんな話を聞いた事がある。魂の形は肉体の形に寄り、その逆もまた然りだ……と。
つまり二歳の幼女の姿だから、その姿に合った力しか出せないという事だろう。漏らして泣いてしまったのもきっとそのせいだ。……と、思いたい。
しかし、今まで強大な力があったからこそ生きてこられたのに、その力が無くなってしまったとしたら、僕はこれからどうやって生きていけば良いのだろうか。
いくら人間の姿になれたとしても、これじゃ不安しか生まれない。
『諦めたらそこで試合終了だよね……!』
この世界に転生してから何度も口にした言葉を呟いてみる。
そう言葉にした様に、神狼から人狼へと変化した時、僕は諦めずに努力をし、そして自由に変身出来る様になった。
だったら、今回も努力していつでも変身出来る様になればいい。この言葉を改めて口にしたのは決意の表れである。
ならばさっそく……と思ったけど、ここでそれを試して人狼の姿になれたとしても、もしもガイアスさんに見付かったら大変な事になるかもしれない。
そしてガイアスさんに僕が人狼だという事がバレれば、僕はもう二度と人間の世界には戻れなくなるだろう。
『時間はたくさんあるんだから、ガイアスさんが出掛けた時にでも試せばいいか……』
その時は魔法などについても試そう。
そうがうがう呟きながらも考えつつ、僕はこの世界で初めてとなるベッドの感触を楽しみながら眠るのだった。
☆☆☆
僕がガイアスさんの家で過ごす様になってから一ヶ月が経った。今では僕も慣れたもので、トイレにも一人で行ける様になっている。ちなみにトイレは和式タイプである。
その際、自らの目で改めて確認してみた。僕も前世では病弱だったとは言え健全な男子だった。興味がなかったと言えば当然嘘になる。自分の形がどうなのかも気になるし。
そうして確認したそこには……女の子の紋章が燦然と輝いていた。なんと言うか……意外と、グロテスクだった……。
…………。
そ、それはともかく、そんな僕は今何をやっているかと言うと、それは言葉の勉強である。
このままガイアスさんに養ってもらうとしても、言葉が話せなければ意思の疎通もままならない。
「こ・ん・に・ち・わ・よ? こんにちわ! 続けて?」
「こ・ん・ち・ち・わ!」
「惜しい! こんにちわ! はい、もう一度!」
「こ・ん・に・ち・わ! でいたぁ! (出来たぁ!)」
「いい子ねぇ〜! ルウはホントにお利口さんね! じゃあ、今日はこの辺にしときましょ! 午後はまた森にワーウルフの捜索に出掛けて来るから、ルウは大人しく家の中にいるのよ? 分かった?」
「あかったぁー! (分かったぁー!)」
……言葉の発音とは中々に難しいものである。
ちなみに、僕は言葉を習う様になってから、名前を何とかガイアスさんに伝える事が出来た。それ以来ガイアスさんは僕をルウって愛称で呼んでいる。その愛称は、僕の幼女の姿にとても似合ってるのではないかと思う。可愛らしい呼び方なのでとても気に入っている。
そうそう、一ヶ月前のあの時……まぁ翌日だけど、さっそくガイアスさんが出掛けてくれたので色々試す事が出来た。
その結果分かった事は、人間から人狼、人間から神狼にそれぞれ変身出来るという事だった。ただし、問題もあった。それはそれぞれに変身する際、尋常じゃない激痛に襲われる事だ。
神狼から人狼へと初めて変身した時は、その後の数回の変身で痛みが消えてくれたけど、今回の変化の後では、人間からの変身では何度変身しても激痛が体を走るのだ。
(毎回あの痛みに襲われるんじゃ、本当にもしもの時しか変身出来ないね……)
まぁ、とりあえず人間の社会の中で生きてく上で、そんな場面はそうそうないとは思うが。
ともあれ、変身については以上である。
次に魂魄魔法についてだけど、《スピリット》系も《ソウルウルフ》系にしても昼間は全く使う事が出来なかった。ならば全く使えないのかと言うとそうではなく、それらを使用出来たのは陽が完全に沈んだあとの夜の間だけだった。
しかも、《スピリット》系は自然界の魔力を取り込んでも作り出せるのは一体まで、《ソウルウルフ》系は作り出せるのは一体だけの上に、威力と言うか強度が十分の一にまで下がってしまったのだ。《スピリット》系は辛うじて半分くらいの威力を保持していたけど、それにしても戦力低下は免れない。
両方の魂魄魔法を使えるというのは利点かもしれないが、それでも威力が出ないのは辛い所だ。これからはドラゴンを見ても戦うのは避けるしかないだろう。
ちなみにだけど、自らの魔力では発動すら出来なかった。いくら二歳児とは言え、あの時はさすがに落ち込んだ。
(変身にしても魔法にしても、今の僕は幼女だし人間なんだから、威力を求めても仕方ないよね。それよりも、とにかく早く言葉を覚えなくちゃ! 文字もだけど……!)
色々考えても、今は仕方ない。とにかくこれからは人間として生きるんだから、その為の努力をするべきである。
それに……
(剣技とか人間の魔法とかもせっかくなんだから学びたいし、いつかは冒険者にもなってみたい!)
……という事である。
「それじゃあお留守番よろしくね、ルウ」
「あいっ! かあたま、いってやっしゃーい!」
「はい、いってきます!」
僕の力については以上だけど、この一ヶ月の間に変化した事は他にもあった。
今のガイアスさんと僕との会話でも分かる通り、僕はガイアスさんの……いや、母様の養子となった。つまり、幼女の養女である。ツッコミは受け付けない。
これは何故かと言うと、僕が持っていたあの手鏡のおかげだ。
それだけじゃ全く分からないだろうから説明するけど、あの手鏡の本来の持ち主は旅の行商人だったらしい。
その行商人は結婚していて、夫婦で村から村、街から街……それに王都などを行き来して商売をしてたのだとか。で、その二人には当時生まれたばかりの子供がいたという事が分かったのだ。
それがなぜ僕と母様との養子縁組に繋がるのか疑問だよね?
それは、母様があの手鏡から僕の身元を特定しようと王都などに問い合せた結果、その行商人夫婦と子供の事が分かり、更にその三人は行方不明となっていた事が分かったからだ。
そうなると、その行商人の持ち物であった手鏡を持っていた僕が二人の子供だったという事になり、そして僕が一人で見付かったという事は、行商人夫婦は移動の最中に魔物に襲われて亡くなったのだろうと結論付けられた。
更に言えば、その行商人夫婦の子供が生まれたのが今から二年ほど前……つまり、僕の生まれた時と重なるし、今の僕の姿とも符号する。符号すると言うのも、その行商人夫婦の子供は女の子だったのだ。
となれば、手鏡を持っていた僕が行商人夫婦の子供であると認められるまで、さほどの時間は掛からなかったという訳だ。
ちなみに補足するけど、髪の色はこの世界では遺伝しないらしい。だからこそ僕は行商人の子供であると認められたという事だ。
そんな訳で、僕は人間の社会で労を要さずに溶け込む事が出来たのである。
……母様の養子にどうしてなったのか分からないって?
それをこれから説明する所だった。
僕が行商人夫婦の遺児として認定されたのがつい一週間前。僕が母様に拾われた時から三週間が経過した時点だった。
当初は母様も両親の元に返そうとか、両親が既にいなかった場合は孤児院に預けようと思ってたらしいんだけど、どうやら三週間の内に考えが変わったようで、僕をそのまま引き取って育てる事にしたらしい。
自分で言うのもアレだけど、まぁ、僕って可愛いし? 教えればなんでもすぐに出来る様になるし? とにかく可愛いし? ……って事だろう。
ともあれ、僕は人間の社会での立場を得る事が出来たし、新しい美人の母様も出来た。
父様がいないのは少しだけ残念だけど、諦めていた親孝行をするって夢を再び持つ事が出来たんだ。とても嬉しく感じる。
という訳で、僕はこれからはガイアス母様の子供として生き、剣や魔法を学び、いずれは冒険者になるつもりだ。
その目標の為にも、先ずは言葉を覚えようと努力しているのだ。
「あずは、しゃべえるようになぅぞー! (先ずは、喋れる様になるぞー!)」
……ホント、言葉の発音とは難しいものである。
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