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月の華  作者: 桜華
第二章 人間の姿にはなったけれど……
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さくらんぼで、山が谷。

ちょっとしたお風呂回です……!

 

 ガイアスさんが僕を抱っこし、僕はガイアスさんの胸にしがみつく。良い匂いだ。その細い首元から、えも言われぬ良い香りが漂ってくる。脳が蕩ける程の香りに、思わずその首筋に齧り付きたくなった。


 ──いかん……! そんな事をしてしまったら二度と人間には会えなくなる。僕の魂は人間だ、人喰い狼にはなりたくない。我慢しなければ!


 脳が蕩ける香りに多少バグってしまっているが鋼の自制心でそれを退け、そんな状態の僕を抱いたガイアスさんが入った場所は、ログハウスのリビングを抜けた先にある何も無い個室であった。


「ここでちょっと待ってね。あたしも脱いじゃうから」


 何も無い個室の中へと入って扉を閉め、僕が人間の言葉が分からないのを知りながらも何かを話し掛けてくるガイアスさん。僕を床に下ろした後に、おもむろに装備一色や服を脱ぎ始めた。その行動に、僕はある事を妄想し始める。


 まさか……()()()()()だろうか!?


 前世を含め、女性とそういう事をするのは初めてである。いきなり、というのは止めていただきたい。何度も言うが、何せ初めてなのだ。心の準備というものが出来ていない……!


 ……と、そんな妄想をしても仕方ない。僕はメスだし、今の姿は幼女である。この場合は恐らく、着替えるかお風呂しかないだろうと予想する。

 しかし、言葉は分からなくても雰囲気からして言ってる意味は何とか理解……おぅふッ!?


 僕は見付けた。こここそが桃源郷であったのだ……!


 詳しく説明出来ない事を許して欲しい。さくらんぼがサクランボで、山が谷なのだ。……伝わったであろうか?

 例えるならば、それは遥かなる山の頂き。人類はそこを求めて人生という名の旅を続けているのだろう。我が旅は終焉を迎えたのだ!


 …………。


 ……ま、まぁ、諸君が想像するよりも遥かに神々しいとだけ言っておこう。ごちそうさまです!


 それはさておき、この個室がお風呂だと予想してみたけど、ここは本当にお風呂だろうか。

 一応は、お風呂の様な個室ではある。しかし、根本的に違うのではなかろうか?

 何せ……湯を張る浴槽も、その中にあるべきお湯も、水も、体を洗う為の物……その全てが無いのだから。


 ま、まさか……全てを魔法で行うというのか!?

 それならば何も無い個室にも頷ける話だ。僕のラノベ知識もまだまだだな。


「ほら、こっちに来なさい。あぁ、もう!」


 僕の無知をよそに、何やら憤慨しながら僕を抱き上げる一糸纏わぬガイアスさん。いつの間に脱ぎ終わったのか意外と素早い。出来る事ならその一部始終を見ていたかった。

 だが、そんな事は既にどうでもいい。再び抱き抱えられた僕は胸の柔らかさにメロメロである。


 胸の柔らかさはともかく、ガイアスさんはさっきから何をそんなに苛立っているのか不思議である。ここで魔法によるお風呂になるのなら、そこまでイライラしなくても良いと思うのに。……あ、そっちにもう一つ扉があったんすね。僕がそっちの扉に行かないから不機嫌だった、と。どうもすんませんした。


 ガイアスさんに抱えられたまま抜けた扉の先は、紛うことなきお風呂であった。という事は、一つ前の小部屋は脱衣場って事みたいだ。つまり、魔法でお風呂ではなかったらしい。……残念。

 しかし、こんな事にも気付かなかったなんて……神狼としての二年間は人間としての生活を忘れさせるものだった様だ。


 お風呂の中には岩らしき物をくり抜いて作られた浴槽があり、洗い場と見られる場所には台が作られている。床はタイル張りだ。木の床だと濡れて腐っちゃうからね。

 浴槽の中にはお湯が並々と注がれていて、台の上には体を洗う為の石鹸(?)らしき物が乗せられていた。

 あ、小さな椅子もあるね。それと木桶も。その椅子に座って体を洗うって事か。


 僕の予想を示す通り、ガイアスさんは僕をその椅子へと座らせた。背もたれは無い。


「目を瞑りなさい。じゃないと滲みるわよ?」


 何かを呟いて木桶で浴槽からお湯を汲んだガイアスさんは、僕の頭から勢いよくそれをかけてくれた。

 ガイアスさんに対して後ろ向きに座らされていた僕は、言葉が分からない事もあって、思いっきりお湯が目に入ってしまった。凄く、滲みる。


「がうぅ! がうわうっ!」

「……? 怒っても怖くないわよ? とにかく、今度はちゃんと目を瞑りなさい。じゃないと、今以上に目が痛むからね?」


 文句を言ってみたけど、犬が吠えた様な声しか出なかった。言葉が伝わらないって、本当に大変だね……。


 しかし、僕は出来る子だ。頭からお湯をかけられた後に起こる出来事は予想出来る。現にガイアスさんは台の上から石鹸らしき物を手に取り、それを手で擦り合わせて泡立てている。僕は慌ててギュッと目を閉じた。


「わぅ!? きゃははは! ──ッ!? あぅうう……!」


 洗われた。ああそれはもう、洗われた。隅々洗うという言葉があるけど、文字通り僕は隅々まで洗われた。どの様に洗われたのかはご想像にお任せします。

 ただ、ちょっと、痛かった。どこが、とは言わない。


「よしっ! これで綺麗になったわね! 匂いは……? 匂いもよしっ! それじゃあたしが洗い終わるまでお湯に浸かっててね」


 最後にもう一度頭からお湯を掛けて泡を流し、僕の体の匂いを確認した後、ガイアスさんは僕を湯船の中へと入れてくれた。その際の言葉はきっと、せっかくの良い匂いが消えちゃったわね、残念……だと思いたい。


 …………。


 ……僕の体の匂いを確認したって事は、ガイアスさんが眉を顰めていた理由はもしかして……僕の体が凄く臭かったって事だろうか?

 神狼として生まれてから今日までの二年間、確かに僕は体を洗わなかった。水場がある所で多少の水浴びはしたけど、それは洗った内に入らないだろう。むしろ、体を洗いたくなかった程だ。


 体を洗うと匂いが消えてしまう。すると、僕の匂いを嗅いで、それで勝てないと悟っていた魔物達が勘違いをし、群れをなして襲ってくる可能性がある。

 そうなった場合、負ける事はないが相手をするのが非常に面倒くさい。獲物は自ら狩ってこそ美味しいのだ。

 だけど、これからは人間として、人間の社会で生きていくのだ。自分の匂いが消えるから洗うのは嫌だ云々は封印しなければならない。だって、臭いって言われたら悲しいし、凄く凹むもの……。


「あたしに染み付いたこの娘の匂いも落ちたし、やっとサッパリしたぁ!」


 不意に聞こえたザバァという音と、気分爽快そうなガイアスさんの声。しまった……! 余計な事を考えてたせいでガイアスさんが体を洗う所を見逃した。

 次にお風呂に入れてもらう時は何も考えずに無心でいよう。僕は心に固く誓った。


 しかし、本当に綺麗な人だな、ガイアスさんは。余分な脂肪は無く、引き締まっているからこその美しさだろう。特に胸なんかは筆舌に尽くし難い。正に女神の様である。

 あまりに神々しいその姿に、僕の視界もボヤける程だった。


「あ、大変! 熱過ぎたかしら、お湯……! 顔を真っ赤にしてのぼせてるわ、この娘!」


 ガイアスさんは何かを喋っているけど、どこか遠くに聞こえる。頭も何だかボーッとするし、意識も遠のきそうだ。


 まさか、ガイアスさんの美しさにやられてしまったというのか!?


 その考えを最後に、僕の視界は暗闇に染まっていった。


 ☆☆☆


「わぅ?」


 可笑しい。僕はお風呂でガイアスさんの裸にヒャッハーしてたはずだ。

 だと言うのに、僕は白い布を敷かれた柔らかな物の上で横になっている。あ、ベッドか、これ。

 しかし、眼福とは正にあの事だ。今の僕が幼女という事が非常に妬ましい。

 何故に僕はメスとして生まれてしまったのか。母様……僕は非常に悔しいです!


 ……!?


 ……おしっこしたい。


 不意に、ブルっと震えがきた。結構な量が溜まってるかも。


「あぅうえ……をとあ? (トイレは……どこだ?)」


 そう呟き、トイレの場所を聞こうとガイアスさんを探す。人間の言葉を口にするのは発音に慣れる為なので、聞き辛いのはご容赦願いたい。

 言葉はともかく辺りを見ると、ガイアスさんの姿は見当たらず、四角い部屋の中にあるベッドの上に僕一人でいる状態だった。壁はログハウス特有の丸太だ。


 仕方ない、扉を開けてガイアスさんを見つけて何とかジェスチャーで聞くしかないか。


 そう考え、今の僕には大きなベッドから飛び降りる。


「えぅっ!?」


 足からちゃんと着地したはずなのに、僕はよろめき、尻もちをついてしまう。その衝撃で、微妙に出てしまった。股間に巻かれてるらしい布が少し濡れて気持ち悪い。


 そう言えば僕、服を着させられてるや。恐らくガイアスさんのシャツだと思うけど、ガイアスさんは大人だから、今の二歳児な僕が着ると何だかワンピースみたいに見える。


 いや、そんな悠長に構えてる暇はない。早くトイレに行かないと漏らしてしまう。……現に、少し、出たし。


 尻もち状態から両手を床につき、その場で何とか立ち上がる。そしてよろよろと覚束(おぼつか)ない足取りで扉を目指した。

 漏れない様に内股となってよろよろと歩き、扉にようやく辿り着く。そして、扉の取っ手に手を掛けようとした。


「あぁあい! おぅ、おぇいゃう……! あぅぅ……(届かない! もう、漏れちゃう……! あぅぅ……)」


 重ねて言うが、今の僕は二歳の幼女。扉を開く為の取っ手には当然背が届かない。更に言えば、扉を力任せに開けようとしたけど人狼の時みたいな力が全く出なかった。


 結果……


「うぁあああ〜〜〜ん! うぇえええ〜〜〜ん……!」


 ……僕は漏らしてしまった。

お読み下さり、ありがとうございます。

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