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月の華  作者: 桜華
第一章 生きていく為に!
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ハードモード確定か?

 

 射し込んだ眩い光が閉じた瞼越しでも感じられ、どこからか小鳥の(さえずり)りが聞こえる。

 それと同時に、木々の枝葉が風で擦れてサワサワといった音も聞こえてくる。


 感覚的に朝だと理解出来た。


 今の季節は分からないけど、それ程寒くもないから冬じゃない事は確かだ。動物の赤ちゃんが生まれるのは春が多いから春なのかな? 寒くないのは自前の毛皮に包まれてるからかもしれないけど。


 そんな事は置いといて、先ずは朝食の母さんのおっぱいだ。お腹が空いたよ。か弱くても精一杯生きる為にはたくさん飲んで早く大きくならなくちゃ。

 そう考えながら、すぐ傍に居るはずの母さんのおっぱいの匂いを探す。


 あれ? 匂いがしない。


 母さんの懐に抱かれる感じで眠りに就いたはずなのに、その母さんの温もりも感じられない。モフモフの毛皮に包まれてる感触はあるのに。


「クゥウゥゥゥン……」


 母さん、と呼んでみても応えが返ってこない。どこかに出掛けたのだろうか。


 生まれたての僕の目じゃまだ見えないだろうけど、辺りの様子を確認する為に瞼を開けてみる事にした。


 え!? はっきり見える!


 生まれたての動物がどれくらいで目が見える様になるのかは分からないけど、確か人間の赤ちゃんも暫くははっきりと見えないって聞いた事がある。

 なのに、今の子犬の僕の目には辺りの様子がはっきりと良く見える。動物は寿命が短いから成長が早いにしても、少し早過ぎる気がするのではなかろうか。


 まぁ、いい……それよりも母さんだ。


 四足に力を入れてその場で立ち上がる。生まれて一晩経ったからか、立ち上がるのは簡単に出来た。人間だった頃は二本足で立っていたから、四本足で立つ事に若干の違和感を覚える。

 四本足の感覚を馴染ませる様にその場でクルクルと回りながら、視線をあちらこちらに向けて母さんの姿を探していく。

 僕が母さんと寝ていた場所は、どうやら岩屋の様な場所だった。幾つかの巨岩が重なり、上手い具合に隙間が出来た場所を巣穴としたみたいだ。


 巣穴の中には、岩肌の壁際に母さんが食べたであろう動物の骨が多少残っているのと、同じく壁際にあった母さんの排泄物がある以外は、巣穴の中央に敷かれた僕の目の前にある白銀色に輝く毛皮しか無い。

 排泄物はともかく目の前の毛皮……もしかしたら母さんが寝床としていた物だろうか?


 匂いでも分かっていたけど、母さんの姿は巣穴の中には無かった。


 もしかしたら母さんは狩りに出たのかもしれない。生きてる以上食事は必要不可欠だからね。

 だったら、母さんが帰って来るまで待っていよう。下手に巣穴の外に出ると他の動物に襲われて、僕がその動物の糧になってしまう。せっかく生まれ変わったのに直ぐには死にたくない。


 そうとなれば、母さんが帰って来るまで寝ていよう。果報は寝て待てとも言うし。


 そんな事を考えながら白銀色の毛皮にくるまり、再び僕は瞼を閉じた。


 ☆☆☆


 あれから一日が経過した。母さんはまだ帰って来ない。

 朝の光の眩しさに目を細めつつも、僕のお腹は空腹でキューっと鳴った。


 それにしてもお腹が空いた。それに凄く暇だ。


 ただ母さんの帰りを待ってるのも何だし、子犬として生まれ変わった自分の体の確認でもするか。


 先ずは前足。うん、白銀色のモフモフな毛に包まれた可愛らしい前足だ。丸々としていてモフモフだ。自分で言うのも何だけど、とても可愛らしい。

 そのまま首を傾げて後足も確認していく。やっぱりモフモフだった。次いでに股間も確認した。あまりのモフモフでシンボルは確認出来なかった。だけど、人間だった前世では男だったから子犬に転生してもきっとオスだろう。

 最後は、首を横から後ろに向けて尻尾を確認する。子犬にしては長く、妙にフサフサしている。ちなみに、お尻辺りの毛もフワモフだった。毛色は他の部位と同じで、やっぱり白銀色だ。

 尻尾を確認した時だけど、本能なのか、自分の意思に反して左右にゆらゆらと揺れてる尻尾を追い掛けたくなりウズウズしてくる。


「ワフッ! キャン、キャンッ!」


 あと少し……! もう少しで咬み付けるッ!


 咬み付けそうで咬み付けない、そんなもどかしさを味わいつつも僕は自分の尻尾を追い掛け続け、気付けば、その場でクルクルと回っていた。


 ……。


 ……疲れた。


 クルクルと動き回った事で余計にお腹が空いた。

 前世で、テレビの中で今の僕がとった子犬の行動を微笑ましい気持ちで観ていたけど、実際に自分が子犬として生まれてみると……揺れる尻尾への耐え難い誘惑に負けて同じ行動をしてしまった。鉄の自制心を養わなければ、今の僕は餓死すらしかねない。余計な体力を使ってる場合じゃない。


 幸い、巣穴としている岩屋の壁から水が染み出しているので水分は補給出来る。水分を摂れば、多少は空腹も誤魔化せた。

 母さんのおっぱいと比べれば凄く不味く感じるけど、母さんが帰って来るまでは我慢だ。


 水分と言えば、おしっこを催すのが生物としての(さが)だ。生まれたての子犬の僕も例外には漏れない。

 母さんの排泄物がある壁際に向けて右後足を上げておしっこをしてみたけど、どうも上手くいかない。ならばと思い、左後足を上げてみても思う様に狙った場所に出せなかった。意外と難しいものだね、犬のおしっこも。

 結局、今の僕がおしっこをする姿勢は、お座り状態から少しだけお尻を持ち上げた姿勢に落ち着いた。つまり、雌犬がおしっこをする姿勢だ。

 前世の感覚から言えば男が座っておしっこをする様なものだから恥ずかしいかもしれないけど、今の僕は立派(?)な子犬だ。まったく以て恥ずかしくも何ともない。……はず。


 そんな如何(どう)しようも無い事を考え、それを実践しながらも空腹に耐えて今日も一日を過した。


 ☆☆☆


 子犬として生まれて、三日目。今日も母さんは帰って来ない。

 母さんが帰って来るまで寝て過ごしたいけど、あまりにも空腹で眠れない。空腹を紛らわせる為に岩肌から染み出している水を小さな舌でペロペロと掬って飲み込む。空腹が多少治まった所で巣穴の外を見てみれば、辺りは夕闇に包まれていた。


 しかし月明かりなのか、外は意外と明るく見える。


 ときおり聞こえる、梟と思われるホーホーという鳴き声を聞きながら、母さんの排泄物がある辺りでおしっこをする。し終わった後、本能からか自分のおしっこの匂いを嗅ぎ、次いでその場所へ両後足を使って土を掛ける仕草をする。何となくだけど、その仕草をしないと落ち着かなかった。


 そうして、再び白銀色の毛皮の上に戻り寝転がった。だけど中々寝付けない。

 仕方なしだけど、ここでようやく母さんの鳴き声……思念の声と言うか、言葉を思い返してみる。


『〈あなたの名前は【ルウファ】。わたしの全てを受け継ぐ存在。これでお別れだけど……()()()()血と、()()()()()()()立派な父親の血を受け継いだのだから、何者よりも気高く、誇り高く……そして自由に生きてね……〉』


 僕の名前はルウファっていうのか。動物の世界にも名前があるのは驚きだけど、なんとなくだけど……男らしい感じでカッコいい名前だよね。うん、気に入ったよ。


 しかし、生まれたてなのに意外と覚えてるものだね。あの時はお腹いっぱいで眠くて仕方なかったけど、前世が人間だったからか子犬の脳でも覚えていた。意外と賢いよね?


 あれ? ちょっと待って? これで、お別れ……?


 思い返した母さんの言葉に不穏な物を見付けてしまった。しかし、母さんは確かに『これでお別れ』って言っていた。

 という事は、母さんの帰りをいくら待っても無駄って事!?


 不意に、前世で愛読していたラノベの主人公が口にした言葉が頭に浮かんでくる。名前は忘れたけど、あの主人公はこう言っていた……『ハードモードかよ!』と。


 今の僕は生まれたてのか弱い子犬だ。愛読してたラノベの主人公は弱かったけど人間に転生していた。人間じゃなくて子犬……初っ端から詰んでるとしか思えない。

 ならば、こう叫ぶのも仕方ない事だろう。


「キャワォオオォォォォンッ!!」


 ハードモードなんて聞いてないッ!!


 柔らかな月明かりが射し込む洞穴から、僕の可愛らしい遠吠えが響き渡っていた。

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