◎ガイアス
三人称視点です。
北方に神滅の森を有し、山を隔てた西には広大な領土を誇る【メサイア帝国】があり、そして東には群雄割拠の小国群、南を見れば果てしなき大海を望む国──ラディアス王国。そのラディアス王国で、最も神滅の森の近くに在る事から辺境の村と呼ばれる【バール村】は、建国王にして英雄王と名高い、かのラディアス=バールの生誕の地として有名であった。
バール村は元々名もない村であったが、ラディアス=バールの生まれ故郷であった為、彼の没後にそう命名された。
名もない当時から現在に至るまで、この村には多くの冒険者たちが集い、神滅の森の魔物の素材を求めて切磋琢磨していた。
その為、バール村は村と呼ばれているが、その実、辺境都市と言っても過言ではない程に栄えている。
ならば何故、村と呼ぶ事に拘っているのか。
それは、冒険者ギルド発祥の地にして、古き良き時代から現在に至るまで……初心を忘れるべからず、との戒めからである。
実力ある冒険者でも、準備を怠ればあっさりと死ぬ。それを防ぐ為にも戒めとしてるのだろう。
ラディアス=バールの没後にバール村と命名されてから今年で500年あまり。冒険者の聖地、辺境都市として名高いこの村の外れに、彼女は一年前から住んでいた。いや、正確には戻って来ていたが正解だろう。
「ふぅ。今日の農作業はこれで終わりね。午後はいつもの様に神滅の森を見回って、異常がなければこの間狩ったオークの熟成した肉を売りに行くか」
額の汗を袖で拭い、そう呟く彼女の名はガイアス。一年前までラディアス王国の第一守護軍の将軍であった人物である。
年齢は25歳、独身。冒険者だった両親は早くに神滅の森の魔物に殺されており、その為、小さな頃から一人で逞しく暮らしていた。
軍を退役した現在は冒険者稼業の傍ら、生まれ故郷であるバール村の外れの家で農業などを営み生活している。バール村の外れの家とは言っても、バール村の城壁の外……それもかなり離れた草原の中に、ではあるが。
ちなみに、ガイアスは母親に似て美人ではあるが、自分よりも強い男としか結婚しないと言ってしまった為、未だに寂しい日々を送っている。
それでも最近は独り身の自由を謳歌しているのか、それ程結婚に拘ってはいない。……彼女が強過ぎる為、男の方が寄って来ないというのが正解ではあるが。
それはともかく、そんな人物が何故生まれ故郷であるバール村でこの様な生活を送っているかと言うと、一年前、テンペストドラゴンのゲイルが数百年ぶりに目覚めた為である。
テンペストドラゴンのゲイルは、建国王にして英雄であったラディアス=バールが一目見て敵わないと悟り、そして一目散に逃げ帰った程のドラゴン。ラディアスが遺した言葉……『その強大な力は神をも滅す』と言わしめた、言わば天災と呼ぶべきドラゴンである。
その力の前には人間など塵にも等しい。故に、彼女……ガイアスはゲイルの目覚め、つまり自らの死の予感を前に逃げ出したのだ。
「死ぬならば、せめて故郷に骨を埋めたい」
そう、軍で身近であった者に言い残し、ガイアスは守護軍と呼ばれる王国騎士団を退役した。
通常、国の危機に際した場合、軍人がその様な事をするのは許されない。しかし彼女の場合、それまでの功績が膨大な数に及んでいた上、国民からはラディアス=バールの再来、次代の英雄とまで言われる程の人物であり人気も高く、その為、何のお咎めもなく退役する事が出来たのだ。表向き国民には、危機に立ち向かう為にテンペストドラゴンの討伐に向かったと発表されたが。
ガイアスの退役に対し、現国王リカルド=ラディアスは頭を悩ませた。ただでさえテンペストドラゴンが目覚めたと言うのに、国の防衛の要であるガイアスが軍を抜けると言うのだ。その心労は計り知れなかったであろう。
しかしリカルドは賢王と呼ばれる程の名君。何か理由があって彼女の退役を認めたのだろう。そう、配下の者には思われていた。
だが、リカルドが彼女の退役を認めたのには別の理由があった。
それは、彼女が軍を抜けたとしてもテンペストドラゴンにはどう足掻いても勝てないと、建国王ラディアスの遺した文献により知っていたからだ。国も滅亡するだろう、と。
それならば、彼女の退役を認めず、建国王にして英雄王のラディアス=バールがメサイア帝国の侵攻を防いだ時の様に、王国軍総出で討伐に向けて出兵し、その間に王国民を逃せば良かったと言われればそうかもしれない。
だがリカルドは賢王にして名君と呼ばれようと、国王としての責よりも彼女の命を優先した。
彼女は、リカルドにとっての”妹”だったのだ。
ガイアスのどこか軽い性格は、常にリカルドの国を治める為の心労を軽くしてくれた。その行動や言動も、リカルドにとっては微笑ましいものであり、癒しを与えてくれるものであった。
そんな妹にも感じるガイアスから『無理、村に帰る』などと、退役申請書と共に手紙が届いたのなら、リカルドは認めるしかなかったのだ。
ともあれ、ラディアス王国の建国以来初めてとなる未曾有の危機はルウファによって去ったのではあるが、当時のリカルドはそれを知る由もなく、バール村に帰ったガイアスからの『あ、大丈夫かも』との一ヶ月後に届いた手紙によって危機は去ったのだと安心するのだった。
その様にして、一年前のテンペストドラゴンによるラディアス王国の未曾有の危機は去ったのだが、現在バール村に住むガイアスにはそれに準ずる危機が訪れようとしていた。
「何なの、あの化け物……! あたしの双剣、【双月剣】でも斬れないし、《ウィンドスラッシュ》の魔法も弾かれるし!」
農作業の後、神滅の森の浅い場所で数体のゴブリンを発見して討伐し、一体を逃してしまった為にそれを追ったガイアスは、追った先で偶然にもワーウルフの希少種に出会ってしまう。
ワーウルフは人間を襲ってその肉を食べる事で有名な魔物。出会ったのがワーウルフの希少種と言えど、そこで討伐するのはガイアスとしては必然だった。
しかしワーウルフの希少種……ルウファであるが、ルウファに自らの必殺のコンビネーションを無傷で防がれてしまう。
ルウファを危険視したガイアスは、このままだと村が、いや、国が危ないと感じ、ルウファの理不尽さに憤慨しながら村への帰路を急いでいた。
「とにかく軍に出兵を要請して、それからギルドに緊急依頼を出して……! それから……あぁ、もう! ホントに何なのよ、アイツ! こんなのあたしのキャラじゃないのよ!」
ガイアスは生来おっとりとして軽い性格である。彼女が言う様に、正しくキャラの崩壊であった。
ルウファについて文句を言いつつも、バール村に息を切らしながら到着したガイアス。その慌てた様子に、村の門を守る守衛はのんきに声を掛けた。
「そんなに慌ててどうしたんだ、ガイアス?」
「あんたでもいいわ! あんた、この村の守衛よね? だったらあたしの名前で軍を派遣する様に要請するから、今すぐ早馬を出して!」
「早馬を出してって……色々手続きがあるからすぐには出せないぞ? 元軍人の、それも将軍だったお前がそれを知らないはずはないだろう?」
村の治安や門を守る守衛は、国に雇われる兵である。とは言っても、徴兵された訳ではなく、いわゆる自警団から発生した組織としての面が強いのだが。
しかし、その規律は軍に準ずるものであり、手続きやその他諸々は軍と同じである。
「そんな事を言ってる場合じゃないのよ! このあたしが手も足も出ない化け物が出たのよ、神滅の森の浅い所に!」
「お前が手も足も出ない!? そんなのいる訳ないだろう……一年前の騒ぎじゃあるまいし。とにかく正規の手続きを経ないと早馬は出せないから、すぐにって言うのは諦めてくれ」
「バカ! この村が……いや、この国が滅んでも知らないからな!」
そう言い残し、ガイアスは自分の住む家へと戻った。こうなったら、自分が覚悟を決めるしかない。死んでもアイツから村を……いや、この国を守る! と、心で決意を固めながら。
ガイアスが家に戻った時、辺りは既に夕闇であった。だが、そのままのんきに寝る訳にも行かず、ガイアスは対魔物用のアイテムを多数持ち出し、すぐさま神滅の森……ワーウルフ希少種と出会った場所へと走り出した。
「あたしの命にかえても、必ずあの化け物を仕留めてみせる! ……しかし、とんだ皮肉ね。テンペストドラゴンから逃げ出したあたしが、まさかこんな事をするなんて……。いや、あたしなら勝てる! 勝てるはずよ! 勝てないにしても、今度はこの《スクロール》があるから大丈夫なはず……!」
神滅の森へと走りながら、叫ぶ様に決意を語るガイアス。叫ぶ事で自らを奮い立たせているのだろう。
しかし、とんだ皮肉。彼女がそう言う事にも一理ある。
テンペストドラゴンは言わば天災。そんな存在には人間が勝てるはずないと諦めがつくが、ワーウルフは人間でも討伐する事が出来る魔物である。その辺りがガイアスが命を掛けてでも倒すと決意した理由だろう。
それはともかく、彼女が頼りにする《スクロール》とは、魔法の効果を封じた巻物の事である。
彼女の持つ《スクロール》は、軍において将軍だけが使用する事を許されたもので、広範囲にわたって破壊を齎す【禁呪】が封じられたものである。その威力はテンペストドラゴンのブレスにも匹敵すると言われ、その禁呪を巻物に込めるのに、数百人の魔術師が一年を掛けて魔力を注ぐ必要のあるものであった。
それを、ガイアスは軍を退役する時こっそりと持ち出していた。バール村は神滅の森のすぐ近くに在る村。いずれこんな時が来ると予感し、その為に持って来たのだ。
その時……《スクロール》を使う時とは、今をおいてないだろう。例えガイアスがワーウルフに敵わず瀕死になろうとも、この巻物さえあれば討伐する事が可能なのだから。
その《スクロール》を握り締め、ガイアスは神滅の森の淵へと辿り着いた。そこで彼女はある物を発見する。
「え? これって……あのワーウルフが纏ってた物よね……? 何でこれだけがここに置き去りにされてるの?」
神滅の森とその手前の草原の境目付近に、あのワーウルフが身に纏っていたであろうドラゴンローブとその他一式が無造作に置かれていたのだ。
恐る恐るソレに近付くガイアス。見ると、確かにソレはワーウルフが身に纏っていた物である事が分かり、しかも何故ソレを置いてワーウルフが立ち去ったのかを疑問に思った。
しかし更によく見てみると、その置き去りにされたドラゴンローブは僅かに膨らんでおり、その膨らみは何やらモゾモゾと動いているのが分かった。
「何かがいる……? まさか! あのワーウルフに襲われた人間じゃないの!? 大きさからいって、まだ子供……! アイツがいない今の内に助けなくちゃ!」
ワーウルフに攫われたであろう子供を助ける為、ガイアスは辺りを警戒しながらドラゴンローブを捲る。
するとそこには、ガイアスの予想よりも遥かに幼い、二歳くらいの黒い髪をした裸の少女が体を丸めて眠っていた。
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