子犬(?)に転生!
──西暦202※年。
未知のウィルスが世界で猛威をふるい、多くの人間がそのウィルスの犠牲となった。
抵抗力のある若い世代は多少は軽い症状で済むが、抵抗力の無い若年層や高齢の老人は必死の治療も虚しく、その儚い命を散らせていった。
感染力の強い未知のウィルスに対し各国の首脳は非常事態宣言を発令、全世界規模で事に当たる。……が、それも虚しく感染は拡大。多くの人間が命を落としていく結果となった。
それは僕の住む国、ここ日本でも同じだった。
非常事態宣言を他国から遅れて発令した首相をはじめ、未知のウィルスに対しての対策を考えられない無能な政治家へのバッシングがテレビを賑わせ、未知のウィルスの犠牲になった人達の家族の怒りが連日の様に放送されている。
そんな終末の世界を感じさせる最中、僕は都内の病院に入院していた。
四方を見ても白い壁だけが視界に入り、体を見れば何本もの管が点滴やら医療機材に繋がれている。そんな僕に唯一許された娯楽は、容態が落ち着いた時に読むラノベと、一日一時間だけ観る事を許されたテレビだけ。ほとんどの時間を孤独に過ごしていた。
それでも昨日まではまだ平和だった。そう……昨日までは。
「感染を確認……隔離病棟に移動、及び、人工呼吸器による酸素吸入措置に移行。様子を見つつ、投薬治療を開始する。尚、未承認薬の治験も伴う為、24時間体制の監視体制とする。──ご両親には辛い事と思いますが、希望を持って頂きたい」
薄れる意識の中、僕の主治医となる先生から両親に向けた言葉が聞こえた。その姿はウィルス感染を防ぐ防護服に包まれている。それは説明を聞く両親も、色々な処置を施す看護師も同様だ。
「先生! ──司狼は、司狼は大丈夫なんですよね……!?」
「予断は許しませんが、最善は尽くします」
近くで聞いてるはずなのに、どこか遠くで聞こえる感じがする。父さんは涙交じりの声で先生に訊ねていた。
僕の名前は【華月 司狼】、今年で15歳になる。僕という一人称で分かると思うけど、性別は男。
生まれつき体が弱く、今日まで何回も入退院を繰り返していた。
今回もいつもと同じく、数日の入院治療で終わると思っていた。
だけど、院内集団感染……俗に言うクラスターが発生。世界で猛威をふるう未知のウィルスに僕は感染してしまった。
最初は倦怠感から始まり、次第に高熱が出始めると容態は急変。自発呼吸もままならなくなる。
呼吸がままならなくなると酸素不足に陥り、そうなると当然心臓や脳の活動も低下するし、他の臓器の活動も低下していく。
先生に僕の快復を訊く父さんの心配そうな声を最後に、僕の意識は闇の中へと堕ちていった。
このまま僕は死んじゃうんだろうか。
嫌だな、死ぬの。
入院ばっかりしてたから友達も居ないし、父さんや母さんに親孝行も出来てない。
どうしてこんなに弱いんだろう、僕の体は。
もしも生まれ変わり……輪廻転生があるならば、来世は頑丈な体で生まれたいな。
そうすれば親孝行も出来るし、彼女だって出来るかもしれない。
……願わくば、異世界転生なんてしたいけど。
入院中によく読んでいたラノベで好きなジャンルは、異世界転生物のハイファンタジーだった。
僕が読んだ物語の主人公達は、辛い思いもするけれど逆境を跳ね返して強くなり、やがて世界を救う英雄になる。そんな英雄の物語に憧れる僕は厨二病かな?
あぁ……ダメだ。本当に意識が闇に呑まれそうだよ。
死ぬにしても、今は痛みや苦しみが無い事がまだ救いかな?
母さん。いつも美味しいご飯を作ってくれてありがとう。ピーマンは苦手だったけど、もしも退院出来たらピーマンも食べるからね?
父さん。一緒にキャッチボールが出来なくてゴメンね。父さんの夢が僕とキャッチボールをするって知った時は笑ったけど、結局叶えてあげられなかったね。退院したら練習するから、それまで待ってね?
あぁ、死にたくないなぁ。
父さん、母さん。体の弱い僕を産んで育ててくれてありがとう。
そして……ゴメンね。こんな僕で。
もっと……頑丈な体が欲しかった──
☆☆☆
──あれ?
意識があるって事は、僕はまだ死んでないのかな?
それになんだろう、この温かい感触は。新しい治療法が見つかったのかな? 凄く気持ちいいや。
全身を温かな液体で包まれてるみたいだ。遠くで心音の様な音も聞こえる。リラクゼーション治療かもしれない。心地好い安心感が僕を満たしていた。
何だか体も楽だし、もう少しこのまま寝ていようかな。
☆☆☆
うわッ!?
何かが破裂する音が聞こえた。その途端に訪れる窒息感が僕を襲う。それと圧迫されてる……?
僕の体を包んでいた温かな液体もどこかに流れてしまった。
うぎぎぎぎっ!?
お尻から押されて狭い場所に頭から押し込まれてる。頭蓋骨が軋む音がメキメキと体内に響く。
新しい治療法かもしれないけど、こんな痛みはごめんだ。まるで……圧殺さ、れ……そう。
そう感じたのも束の間、僕の体は狭い場所からニュルンと抜け出していた。
狭い場所を抜けたから圧迫された頭の痛みや体の痛みは消えたけど、こんなに痛い治療は酷い! 文句を言ってやる!
「キュアァアン! キュアァアン!」
変な声が出た……恥ずかしい。
と言うか、まるで獣みたいな声だな、僕。
それに、体全体を膜の様な物で包まれてる……?
あ。
大きなザラザラした物が僕を包む膜を取り払ってくれてる……?
気持ち悪いけど気持ち良い、変な感じだ。
痛ッ……お腹の中心に少しの痛みを感じた。おへその辺りだ。
何がおきてるんだろう。怖いけど、目を開けて確認しなきゃ。
え……ッ!?
目を開けても何も見えない!
いや見えないんじゃない……見てるんだけど見えてないんだ。凄く視力が下がったのかな? 全てがボヤけて見える。
もしかしたら治療の副作用的な物かもしれない。
急にお腹も空いてきた。点滴が外されたからかもしれない。腕に刺さってた針の違和感も無くなってるし。
持って来てくれるか分からないけど、看護士さんに食事を要求してみよう。
「キャワォオオン! キュウゥゥン、キュウゥゥン!」
何だ、この声。僕の声だけど、僕の声じゃない。これじゃ獣そのものだよ。
──獣……?
え?
そう言えば、体の感覚が違う。体に力が入らない事には気付いていたけど、そんなレベルじゃない。
生まれて初めて体を動かした様な感覚だ。
もしかして──ッ!?
どう考えても、思い返してみても、それしか頭に浮かばない。
「キャワォオオン……!」
どうやら僕は──転生したみたいだ。
僕の名前は華月司狼だ、と叫んでみたけど、子犬の様な吠え声しか出なかった。
やっぱり……僕はあの時死んだみたいだ。
父さんや母さんに直接の言葉での別れは言えなかったけど、心で別れを告げたからか、そこまで悲観的な気持ちは不思議と湧かない。
それよりも、体の弱かった前世……人間だった時よりも弱くなってしまった事に、弱くなってしまっただろう事に辟易する。
状況判断をするに、今の僕は……恐らくか弱い子犬だ。それも生まれたて。
まだ目は見えないけど、新しい母さんに頼るしか僕が生き残る術は無い。……だろう。
ま、生きる事も大事だけど、先ずはお腹を満たす事が最優先事項。
生まれたての子犬が何をするのかという事は分かっている。現に、食欲を刺激する匂いがすぐ近くから漂っている。人間の数千倍だっけ? 犬の嗅覚は。
子犬だからそこまで鋭くはないだろうけど、それでも近くの匂いくらいは分かる。
僕は母さんのおっぱいを求めて中々動かない体で這いずり、小さな乳首に吸い付いた。
「ワゥ……クゥウゥゥゥン……〈あなたの名前は【ルウファ】。わたしの全てを受け継ぐ存在。これでお別れだけど……わたしの血と、種族は違うけど立派な父親の血を受け継いだのだから、何者よりも気高く、誇り高く……そして自由に生きてね……〉」
僕がおっぱいを飲んでる間、母さんから切なくも物悲しい鳴き声が聞こえた。
それと同時に、不思議だけど思念の様な声も伝わってきた。僕の新しい名前と自由に生きてって部分しか理解出来なかったけど。
だって、お腹がいっぱいになった僕は母さんの温もりを感じながら寝てしまったのだから──。




