ウソの通訳者
他人の心がなんでも分かると友人は言うが・・
不思議なヤツに出会ったんだ。 それはボクが第三中学校に通ってた頃だから、もう十年も前のことかな。
その頃、そいつとは家が近かったから、学校帰りにそいつの家でよく遊んだのさ。何十インチもする大っきなテレビがあって、再放送のアニメなんか観てた。そいつは母親が働 いている鍵っ子だったから、誰もいないことを良いことに、僕らは冷蔵庫の中から食べられそうなものを手当たり次第に取り出してきて、テレビの前で寝っ転がりながらいつも時間を持て余してたんだ。そんなある時、いつものようにアニメを観ていたら、画面が急に切り替わってニュースが始まったんだ。随分前のことだから、何のニュースだったかは忘れちゃったよ。スーツを着た大人が何人かいて、前屈体操するように 謝ってるところだった。そんなのはじめて見たから、なんだろうって思ったよ。 その時、そいつがテレビを見ながら言ったんだ。
「こいつウソ言ってるよ。全然悪いなんて思ってないよ」
テレビの中では、ハンカチで目頭を拭っている人もいたんだ。なんか、とっても深刻なことのようだった。 「なんか、とってもやばいことしたんだろ」
「とんでもない。全然、反省してないよ」
「だって、大のオトナが泣いてるぜ」
「ウソを言ったって、ボクには分かるんだよ」
そいつは、詳しくは話してくれなかったけど、どうやら相手が話す言葉にウソがあれば、 すぐに見抜いてしまうということらしい。その時は、本当に超能力なんじゃないかと思っ たよ。それ以来、不思議なことが良くあって、帰り道で近所のおばさんたちが立ち話をし ていると、「あのおばさん、この間おすそ分けでもらった漬物をごみ箱に捨てちゃったくせ に、おいしかったですよなんて、よく言うよ」なんて、見透かしたようなことを言い出すのさ。だからボクは、そいつのことを「ウソの通訳者」って呼ぶようになったんだ。
ウソの通訳者の話は結構面白くて、おもて面と裏の顔の違いを聞けば、ちょっとだけ背伸びをして、ボクは大人の世界の一員になったような気持ちになった。だから、そいつといるときは、「本当は今、あの人はなんて言ったんだ」なんて良く聞いたもんさ。聞いてみれば、一々が納得するようなところもあって、ボクは益々ウソの通訳者の言うことを信じるようになったんだ。
そう、それは第三中学の三年生、三者面談で進路相談の時だったんだ。みんな母親と一 緒なんだけど、進学の話というよりは、家ではどんな様子ですかとか、担任から母親が色々と聞かれるのさ。順番で呼ばれるから、次の組は廊下で待ってるんだけど、ボクの次がウ ソの通訳者だった。その時、そいつの母親を初めて見たんだけど、背筋がピンとしてチャコールグレーのストライプスーツが似合う人だった。眩しいくらい美人だったから、気が引けてボクの母親を見られたくなかったよ。 ボクの番になると、担任は母親に色々と聞いてきた。ボクの家は小さな商店街の一角で惣菜屋をやっているから、母親の地声はとっても大きくて、間違いなく廊下の親子に筒抜けになっちゃったんだ。本当に恥ずかしかったよ。でも、もっと恥ずかしいことが起こっ たんだ。
担任が、「家では何をしていますか」って聞くと、 「息子は、家では絵を描いたり、詩を書いたりしています」って言うんだ。もちろんウソ じゃないんだけど、その後を続けて、「私は、息子の絵や詩が大好きです。私は、息子の絵を観ました。詩を読みました。息子 は天才です。私は、息子の創った作品の世界で最初のファンなんです」なんて言うのさ。 笑っちゃうだろう。それだけじゃなくて、 「息子は、とっても家族想いで、やさしい子です。私が風邪引いたときなんか、寝ないで 看病してくれるんですよ、先生」なんて、もう穴があったら入りたいくらいでさ、
ようやく面談が終わって廊下に出たら、ウソの通訳者と目が合ったから、気まずくなっちゃったよ。だから、そいつを待たずにすぐに家に帰ったのさ。
次の日になって、ウソの通訳者に会ったんだ。こっちは、ちょっと照れくさかったんだ けどね。
「面談うまくいったか」 するとそいつは、
「すごくうまくいったよ。全部予定通りさ」
「それは良かった。お前の家は美人だしキャリアウーマンだし、うらやましいよ」
「お前の母親のほうがいいよ。うちの母親は、お前の母親がお前を褒めているのを聞いていたから、同じようにボクを褒めまくったのさ」
「それでうまく行ったって訳だな。嘘八百も使いようってことだな」 すると、
「お前、そう思ってるのか」
「だってそうだろう。お前はウソの通訳者なんだから、本当のところ母ちゃんの本心はなんだったのか教えてくれよ」
「ウソをついてたと思うのか」
「あぁ、そうだよ。かあちゃんが言ったことが本心の訳ないじゃない」
すると、ウソの通訳者は急に笑い出してこう言った。 「お前の言葉が本心じゃないね」
ボクもニヤリと笑った。
ちょっと照れくさかった。
結末は、わざと二回落としています。