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分業制悪魔  作者: ウンフェルス
3/3

開示

この小説はフィクションです。嘘であってほしいという思いが、真に嘘を作り出します。

俺は目の前の悪魔の詭弁を反芻していた。

”こいつはなに一つ本当のことを言っていない”。

だから答えてやったのだ。


「神がいる気づきだって?

お前がいるおかげで、俺はますます確信したぞ。

もし仮に神がいるとしても、

そんな輩とお知り合いになりたくないってな。

だってそうだろう。

その神ってのは、お前みたいな奴を俺の元に送り込んで、

俺に人生を”台無し”にする輩なんだろう」


悪魔は最初、驚いたようだった。

まるで初めて見るかのように俺を見て、

視線を外して考え込む。

そして少し時間を取ってから答えた。


「……あなたは私が来なければ幸福だったと、

本当にそうお思いなのですか?」


「もちろんだ。

”お前なんて来なければよかった”」


”心の底からそう思った”。


「なら、私が来るまで死んだような目をしていた

あなたはなんなのです」


感情が引いたような目で、やつは俺を見下す。

ふざけた野郎だ。


「”俺は死んだような目はしていなかった”」


「嘘ですな」

即座に声が飛ぶ。

こいつの自信はなんだ、どこから来る?


「では答えてみなさい。

私が来なければあなたは

今日をどう過ごすつもりだったのです?」


馬鹿げた質問だ。


「そりゃもちろん、

”前から気になっていた映画を見たさ。ちょっと体力が要るが、

ずっと見たかった。”

”読みたい本を読んだかもしれない。

長編小説の最初で、なかなか手がつけられなかったんだ。”

でもまあ、そこまで体力を使わなくていいかもな。

”世の中には、すごい映像を作る人がいる。

今じゃそれが無料で見れるんだ。

あの人の作品はいつも迫力があって好きだ。

だから、そういうネットの動画を見てもよかったかもな”」


「ではなぜ、そうしてこなかったのです。

なぜ今日までその輝かしい体験は埋もれていたのです」


いちいち当然のことを聞いてきて腹が立つ。


「忙しいからさ。人間は忙しいんだよ。

テメーらみたいな現実にいない奴らと違って、

今日を生きて、明日生きるのに精一杯なんだ」


嫌味を付け足すのも忘れないでおこう。


「”お前が来なければ俺は充実した夜を過ごした”」

「違いますね、まるで違う」


あっさりと俺を全否定した後、

やつはまた少し黙った。

俺に何か答えさせようってのか?

いや、考えさえようとしているのか?


「あなたの最初の願いを思い出していただきたいですね。

なんと言いました」


記憶テストでもしようってのか。


「あーっと、たしか俺の疲れを取れと……

そう、<自由にしろ>と言ったんだ」


「そう、だからあなたは自由になった。

<自由になったから、

今あなたはなんでも楽しめる>」


……意味が分からなかった。

俺の疲れと、自由がどう関係あるってんだ?


「それとこれとは別の話だろう。

”俺が色々考えているのはお前が原因じゃない”」

「いいえ」


またすぐに否定しにきやがる。


「<私があなたを自由にしなければ、

あなたはいつものように泥のように眠ったのでは>」


最初、聞こえたけれど聞こえなかった.

俺は理解しないように拒絶した。

考えたくなかった。

そうだ。俺は心底疲れていた。

<だから救いを求めたんだ>。

それでとっさに出た言葉が自由ってのは

少しは気が利いてる。

でも、俺の自由は単に疲れを取ることだった。

”とてもバカバカしく思えた”。


「そう、かもな。

こう色々考えることはなかったかもしれない」


少しづつ、現実を受け入れる。


「まさしく」


距離はかわらないのに、

こいつは俺の心を鷲掴みにしたように感じた。


「あなたは私と契約することで

文字通りの自由を得た。

なんとも不自由な現代からの自由、

疲れ、そして<不自由>からの自由です。

あなたは私と契約するまで、

何も考えることができなかった」


心の底から否定したかった。

俺は”そんなことになっていなかった”と。

だが、俺にそれを言う気力はなかった。

……それが嘘だともわかってきた。


「あんたは俺を救ってくれたのか?」

「まさか!」

強い語調ですぐに返事が帰ってきた。


「私はあなたのことに興味などありませんでした。

こうして話してみるまではね。

ですがあなたの方から

色々話してくださるものですから、

私も私がしたことの結果を

ようやく噛み締めているのですよ」


安心しているような、しみじみとした口調で語りかけてくる。


「私は私の仕事をしただけです。

神に言われ、この場に赴いた。

そして、あなたに

言われるがままに願いを叶えた。

ですがそれが、あなたを救った」


<救った>という部分には、強い感情がこもっている気がした。


「これこそ神の御業。

我らには到底及ばぬ領域です。

我らはみな全知ではない。

しかし、ただ天なる父のみが

すべてをご存知なのです」


そう言われて、すっと体の疲れが抜けた。

いや、疲れはもう抜けていた。

張り詰めていたなにかが抜けた。

これが、救われたってことなのかもしれない。


「おっと、気を抜くのは早いですよ」


悪魔が俺を指差し、語りかける。

なんだか芝居ががっていて、

虚勢を張っているようだ。

いや、俺を元気づけようと

しているのかもしれない。


「お忘れではないでしょうね。

あなたは私と契約を結んでしまった。

いまこそ主の願いを叶える時ではありませんか。

さあ、醒めた頭で考えて下さい。

あなたが私に何を問うべきなのか。

あなたに思考を与えた救いであり呪い……

私の契約をどうやって破棄するのか」


まるで物語の倒されるべき悪役のように、

こいつは俺に打ち負かされるのを期待しているらしい。

さて、長い長い前置きは終わりました。

主人公の彼はようやく自分の立場を正しく認識したようで。

これでやっと物語に入れる訳ですが……

まあ愉快極まりない話です。

一つの不自由から抜け出すために、

別の不自由にとらわれる必要があった。

ですが、彼にとって得難いのは、

「信頼できる相談相手」がいることでしょう。

「元天使の相談相手」力量において、

困ることはないでしょう。

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