シルク捜査官は怪盗レッドスパイダーにお熱のようです。~奇跡の小指たちが紡いではいけない白い網と赤い糸~
魔術科学技術省管轄・魔術法曹庁国際魔術文化法曹局の渉外官を務める彼女はその若さにつり合わぬハイキャリア故、プライベートでは日頃からお高く留まって見られがちだが、ひとたびメディアに出ればそのイメージとは真逆の天然爆弾発言を繰り返すキャラクターで国民の人気も高い、当局の名物官僚である。
魔術の存在が確認されて以来、長きにわたり国力を投じ研究が進められてきたが、現在もその実績は散々たるもの。『新人類と旧人類』二つに分かたれた人類の混乱のみであり、魔術の進歩や社会的活用からは未だ程遠い。
彼女の勤める魔術法曹庁というのも、新人権問題の融和を始め、秩序ある国際的魔法社会化の為の法整備が主業務の官庁であり、この後の定例会見も、裏では狡猾な高級官僚達が糸を引く、彼女の話術と語学力を利用し巧みに創り上げた新世代アイコンの舞台、新人類の国際的ポジティブキャンペーンなのだ。
「はいネクスト、どうぞ……ほう?
……ブランコバズーカインジアーリーモーニング。
ここではこれ以上はちょっと」
文化法曹局の定例会見に彼女が立つ度飛び出す、奇妙ながらも端麗な外国語にその場はいつも爆笑か失笑か、混沌の渦に包まれる。
そんな彼女は今日も上官に呼び出されたが、
それはいつもの、次の黒歴史が用意済の台本渡しでは無かった。
「朗報かな? 君の任務はもう大丈夫だとさ。世間は落ち込むけどな」
そう言って上官が見せた古臭い茶封筒の中には、新しい赴任先が書かれている事は明らかだった。
「もしかして、魔術医療研究所?」
彼女の希望は分かりやすく、自身の魔法を人の為に役立てるという純粋な願いである。
「俺、中身知らねえんだよな。覚悟しろよ?」
「どういう事? なんだろなんだろ? ほっほーん?」
気さくな上官のいつも通りの明るい調子が、この内示の無い辞令の重みを隠す会心の芝居である事に、あまり関心が無いのも彼女の特徴かもしれない。
「辞令
衣縫 悠
上氏を 内閣府特殊機関・魔術犯罪対策室付 へ異動とする。
なお機関組織名は秘匿のこと。委細は赴任後の伝達とする。
本書も当人確認後速やかに破棄することを併せここに命ずる」
「読んじゃった! はい機密漏洩」
上官は小指を撃った。
「わっ! 触角はやめて!」
薄化粧の美形はサイドの髪だけ、小指で直す。
母の慈愛の如き治癒の魔法・絹糸(シルク)を、
その白肌美しい奇跡の小指から紡ぎだす、
天然白魔術士官僚、衣縫 悠(いぬい はるか)。
その進退やいかに?