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神々のスターダスト  作者: フィルワーズ
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神に願いを

 周囲を照らす赤い炎は次第に可燃物を失い、小さくなっていく。


 切り裂かれた一片であっても、白衣の思い出武装メモリアルの効果は残っているらしく、周囲の情報が感覚として伝わってくる。だが、そこに人はおろか、他の生き物の気配を感じることはなかった。

 ナナシは神であることを考えるならば、この世界にはもう私しかいない。


「……また、手に入らなかった」

 ナナシが口にする言葉。

 彼女は“未来に行く手段”が必要だと言っていた。おそらくそれのことだ。だけど……。


「……こんなことになって、未来さきなんてあるの?」

 口から自然と零れていた。多分、この世界にはもう私しか生き物がいない。人類を滅ぼした元凶であるイテムは消えた。だが、遅すぎた。私しか人がいないのなら、あとはどう足掻いても滅びるだけだ。


 ナナシが瓦礫にへたり込んだ私に近づいて、手を差し出した。共に生きていこう、とでも言うのか?

「アオを渡すです。それはもう……ボクのモノです」


 胸から頭にかけて熱を持った。私はナナシの目を睨みつけた。こんな時に言う台詞か!


「誰が……!」

『アネモネ。あたしをナナシに』

「アオも何を……何を言っているの!」

 アオは私のモノだ。アオが何と言おうと渡す気はない。


 ナナシの表情は変わらない。ただ、手を私に向けたままだった。

 でも彼女には、私がアオを渡したことにだって出来るはずだ。なんでしないの。


 それでも、そんなことは関係ない。

「絶対に渡さない。私の思い出は私だけのものだから!」

 少し錆びたロケットペンダント。中には家族の写真が入っている。私と、もう思い出せない母と父が写った写真だ。


「思い出……」

 私の言葉を聞いて、ナナシの表情が少し弱々しくなった。その手はほんの少しだけ下がる。


「アネモネさん。ボクはアオと約束をしたです」

「イヤよ」

「あなたを救う代わりにボクを手伝う、と」

「ダメ」

「ボクはあなたを二度救ったです。だから……」

「アオは私にとって……!」


 アオは私には代わりのない存在だ。

 いくら約束と言えども、こんなの酷い。

『アネモネ! あたしをナナシに渡して! あなたが死んだことにだって、この子は出来るのよ!』

 でも、アオがいなくなれば、この世界にいるのは私だけになってしまう。


「お姉様って……そんなに大事なの……!?」


 目を見る。ナナシは蒼と白の混じった髪を静かに揺らした。聞かれるとは思ってなかったようで……驚いている、というよりも寂しそうな表情を浮かべる。


「ナナミお姉様は……ボクの光でした」

「ナナミ……?」

「ナナミお姉様は何もなかったボクに名前をくれたです……」


 私の隣にナナシが座る。そこで膝を抱えながら、続けた。

「ボクはナナミお姉様から心をもらったです……。約束を守る大切さも……。ボクが信用できるのはナナミお姉様しかいなかったです」


 ナナシちゃんは一つの神様なんだろう。だけど、なんというか……。それよりも、幼い少女としか思えなくなってくる。見た目は私よりもずっと幼いからだろう。


「お姉様は実験のために連れていかれて……」


 思わず、隣の蒼と白のグラデーションのかかった髪を撫でていた。ナナシちゃんは別に嫌がる素振りを見せない。


「実験に……飛び込んで……っ。……気づいたら……お姉様はいなくて……っ!」

 妹がいたら、きっとこんな感じなのかもしれない。


「……ボクはお姉様と約束をしていたです。……“また会おう”って」


 ……あの時……。いや、もう声に出そう。

「……さっき、イテムと戦っていた時、私を助けるような真似をしなければ……アオとの約束を守らなかったら、目的は達成できたんじゃないの? 未来に行くための道具をイテムに作ってもらえたんじゃないの?」


 それでも彼女の答えは分かっていた。


「……約束を破る、のは……なんだかお姉様に、もう二度と会えない気がしたんです……。お姉様との再会の約束まで破ってしまうような気がして……。だから……ボクは!」

 苦しそうに言葉を吐いて、繋いでいく。さっきの戦いでもそうだったけど、とても神様には見えない。


 私はナナシの体を抱きしめる。息をしている。呼吸の度に、背中は大きくなって、しぼんでいる。生きているのは私だけだと思っていたのに、神様なはずのナナシの体は生きていた。


 私はナナシの首元に左手に持っていたロケットペンダントを付ける。

「アオは、私の大切な友達よ。……だから……」

 信用した訳じゃない。だけど、ナナシちゃんにはアオが必要だ。彼女は私以上に孤独だったから。

「大切にしてね」


 汚れている顔に液体が零れる感覚がする。私の言葉はいつの間にか嗚咽を含み始めていた。


『待ってアネモネ』


 ナナシの首元から耳馴染みのある声がする。それは怒気を含んだように聞こえてきた。

『ねぇ、ナナシ。アネモネは“救えた”?』


 何を……。私は二度も命を救われた。私の未来は真っ暗だけど、ナナシにはずっと先の未来がある。


『これで、アネモネが本当に救われたのかって聞いているの! あんた、この世界の外から来た神とやらなんでしょ? アネモネを別の世界に移動させるとかできないの!?』

 別の世界から来た神……。そういえば、イテムもナナシが突然現れたみたいな、そんな話しぶりだった。


「……それは出来ないです」

『なんで!?』

「外の世界ごとに、それぞれ法則ルールが違うんです。行った途端に、体がバラバラになって死んでしまうこともあるんです」


 ここの外にも世界がある。そんなことは知らなかったけど、神様がいるんだし、別におかしくはないか。

『そんな……』

 絶望の声をアオは漏らす。


 だが、ナナシは、抱きしめていた私を振り払って立ち上がった。一つの決心をした表情だった。

「……けど、そうです。確かに、ボクはアネモネさんをまだ"救えていない"です」

「え……?」


 私は救われていない? これからのことも諦めかけていた心に言葉が届く。

「アオさん。二つ選択肢があるです」


『二つ?』

 二つ。それは何?


「一つはこのまま、この世界で生きることです。もう一つは……」 

「“全てなかったことにする世界”にするか、です」

『世界を書き換える……?』

 そう世界を書き換えるです、とナナシちゃんは言い放ってみせた。


「イテムのやっていたことをなかったことにする……です。イテムはもういなくなったから、今のボクの力でも出来ると思うです」


 エニグマがいなかった世界。それは……ラフリーもダッシュも死ぬことがなかった世界。思い出武装メモリアルで記憶を失うことのない世界。

 そして……。

「……つまり、このアオと出会わなかったという世界……ね……」


 全てをひっくり返すご都合主義の神様。それがナナシが持っている力。


 ――ナナシ自身の願いには使えない力。


「そもそも、この世界はイテムのせいで滅茶苦茶にされていたです。それを本来辿るべきだった運命に書き換えるだけです。別におかしいことじゃないです」

 間違いを正すだけ。そう言われても、私達が辿ってきた過去がひっくり返ると書いて忌避感が無いわけじゃない。


『決まってるでしょ。……思い出武装メモリアルが……”あたしがいなかった世界”にして』

 私よりも先に答えを出したのはアオだった。


「アオ……?」

 アオは少し錆びついたロケットペンダントだ。だけど、そこにはないはずの表情が分かってしまう。


『あたしはいなかった方が正しいんでしょ。どうせナナシについていくんだし、それが……』

 涙声になっていく気がする。

「そんな……アオがいなくなるなんて、私……」

『……どの選択肢をとってもお別れなのよ、アネモネ』


 決まったですね、とナナシが口にする。

『ナナシ。やるなら、今までみたいに、アネモネに記憶を残すのはやめて』


 アオは優しい。いつだって、私を励ましてくれた。

「他に……選択肢は……ないのよね……」


 アオと未来を失う選択と、アオとアオの記憶を失う選択。

「アオ、ありがとう……。いつでもアオは優しいね」

 アオはずっと一途に私のことを思ってくれていた。私は……何もできなかった。


『……あんたと出会ったとき、すぐに失くされると思ってた。昔から結構やんちゃだったから』

「うん」


『毎日毎日、中の写真を見て、笑ってたわよね。……エニグマと戦い始めてからも。ずっと。あたしは大切にされて嬉しかったのよ、アネモネ。でも、あんたの大事なものは……家族でしょ?』

「……アオだって、家族だった……」


『でも、本当の家族を取り戻せるチャンスは絶対に二度と来ないわ。……だから、今度は大切にね』


 ほんの少しだけ、ナナシが距離を取った。だけど、これをさせたのは、アオだろう。

「もう会えないですけど、言わせてください。……アネモネ"お姉さま"! ありがとうございました、です」


 勝手なことをしないで。そうアオに言いたいのに言葉にならない。


 代わりにこんな言葉が出てきた。


 ――ナナシ。私の大事な友達をよろしくお願いします。


 気が付けば、歪な音と共に世界は白く塗りつぶされていた。

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