命を救った神は
天は雲一つない。
しかし、星空は見えなくなっていた。山のような炎が周辺を照らし、昼間のように明るいから。
眼を瞑り、イテム博士の白衣の能力を使って、思い出武装の感覚を探る。でも、私のものと、ナナシが持っているアオを除いて見つからない。
さらに広げる。
崩れた建物の隙間、海の中、この国の外。まるで実際にそこに立っているかのように、鮮明に理解することができる。だけど、見つからない。見つかるものは瓦礫と、死体だけ。
皆死んだ。ラフリーもダッシュも、他の仲間たちも死んだ。もっと、何かを託してとか、死ぬ間際になにか言葉を聞くとか、そういうことがあれば納得できるのに。
ただ、理不尽に死んでいった。
「……アオを返してもらいに来たわよ、ナナシ」
目の前の瓦礫の山の上にナナシが立っている。灰色の服装はどこも焦げ跡が残り、彼女の傷が入った肌が隙間から覗く。
彼女からはやっぱり“何も”感じなかった。
『アネモネ! 無事だったのね、良かった』
「……もうアオさんはボクのものですよ。そういう約束です。だから、あなたは“二度死ななかったこと”になった」
二度死んだ。
そして、それを帳消しにした。ナナシにはそれが出来る力がある。
「あなたの本当の望みはなんなの……? なんの為にアオを……!」
『アネモネ! これは私の意志でここに……!』
「……ボクの目的は以前言った通りですよ。アオさんは、アオさんの意志でボクのところに来ただけです。その代わりにアネモネさんを死ななかったことにした、それだけですよ」
いつもの調子でナナシは答える。ラフリーもイテム博士も……知っている人がほとんど死んだというのに。せめて、少しくらい調子を崩してくれてもいいんじゃないか。
いや、もしかして、それに何も感じないから……?
「……何のために……エニグマを倒していたの……?」
「神の力が入っているあいつらです? それも前に言ったですよ? ボクが探したいものを見つけるのに……邪魔だって……」
邪魔だから倒すのであれば、私達が邪魔になるというのならば、排除するということ?
「……私達を、どう思っていたの?」
心の中で爆発寸前になっているものを押さえつける。
「ボクには必要のない存在です」
だが、もう我慢は出来なかった。
周囲に浮いていた木刀を手に取り、力任せに振り下ろす。
木刀の効果で振った際の白い軌跡が、蛇のように地を這って、ナナシの元に向かう。それでも、間髪入れずに次の思い出武装に私は右手を伸ばしていた。
『アネモネ! 何をしているの!?』
懐かしい声が聞こえる。私は笑って答えて見せた。
「大丈夫よ、アオ。私がそいつの手から奪い返して見せるからッ!」
空いていた右腕で浮いている思い出武装を手繰り寄せる。怪獣の人形に、記念メダル。銀色の鍵が視界に入る。それぞれの効果を発動させた。
ナナシは右手に持っていた剣を振って、生きている斬撃と対峙する。どこか歪で美しい剣術を踊る。だが、その全てを使わせるわけには行かない。
「古術――!」
ナナシの手はただの握りこぶしだけになっていた。
記念メダルは、物を入れ替える効果を持つ思い出武装。左手の木刀を私は再び振るい、二匹目の蛇の斬撃を放つ。次はアオを使うはずだ。記念メダルの力でアオを取り返す。
新しく作り出した斬撃の蛇は、最初にいた斬撃と同時にナナシに噛みつこうと飛び掛かった。
「……古術・真の型“ゲッケイジュ”」
だけど、思惑は外れた。私の手にあったはずの剣が失われる。気が付くと、ナナシの手には再びあの剣が現れて蛇のような斬撃を払いのけて見せていた。
「アネモネさん! 何をするで……」
「あんたが……! あんたがエニグマ達を操ったんでしょ! そして、皆を殺した!」
「何を言ってるです……!?」
しらばっくれるつもりか!
浮いていた怪獣の人形を手に取り、ナナシに向かって投げつける。
この怪獣の人形は口の向いている方向に光線を放つ思い出武装だ。ナナシは人形に感づき、地面を蹴って大きく後ろに下がった。だが、空中に放り投げたせいで、光線が射出される方向のコントロールが出来ないと思わせたならば成功だ。
見えない腕を使い、空中にいるナナシの体に向かって人形の方向を変える。
「アオさん!」
怪獣から光線が射出される瞬間に、ナナシの左腕が光り輝く。そこには見慣れた小盾が現れていた。蒼い炎を纏いながら現れる姿は間違いなくアオだ。
攻撃をアオで受ける、この瞬間を待っていた。
そんなナナシの左手に向かって、記念メダルの能力を発動する。
光線が周囲に拡散する様子が瞬時に変わった。辺りに威力を逃すべく散らばっていた光の束が、彼女の体に命中している。
エニグマの体を焼き、貫く。これは、そんな光のはずだ。
『アネモネ! どうしてこんなことをするの!?』
右手にはアオがいた。この小盾の重さが懐かしい。
「アオ、あなたは騙されているの。エニグマを作り出したのも、私達を皆殺しにしてきたのも彼女なのよ」
『何を言って……。でも、二度もアネモネを救ったのもナナシよ!』
「じゃあ、なんであいつは“何も感じない”のよ! あいつは人の形をした化け物だとしか思えないじゃない!」
瓦礫を踏みしめる音が聞こえる。光線はいつの間にか止んでいた。服の至る場所がはだけてあられもない姿になっているナナシの姿がそこにあった。
「ボクは……ボクはお姉様に……会いたいだけなんです。ボクは意味もなく皆さんを殺すようなことは……しない……」
ナナシの表情を見てしまった。私の世界を、私の仲間をめちゃくちゃに踏みにじったはずの少女の表情は、どうしようもなく真剣なものだった。その表情を見て、私は――。
首を振った。他にいない。他にこんなことを出来る人はいない!
「だったら……だったら証明して見せてよーッ!」
オンボロな水筒、水を操る思い出武装。
五十年前くらいの機関銃、発射した弾丸が曲がる思い出武装。
一メートルは伸びる玩具、見えない腕を出現させる思い出武装。
いたるところが汚れた作業着、鋼鉄のように体の硬度を変える思い出武装。
傷だらけの包丁、この世界に存在するあらゆる物体を切断することが出来る思い出武装。
私が見つけた数十にもなる思い出武装の能力を使う。
能力を組み合わせて、混ぜ合わせて、殺意を作り上げる。複数の思い出武装による蹂躙に対し、ナナシは一本の剣で対抗を行っている。
だが、どう見ても、対応できる数を優に超えていた。傷つき、吹っ飛ばされ、焼かれ……。ナナシの体は確実に死へと近づいている。
だけど、その姿を見て、なぜか空しく思った。違和感があった。
ナナシの周囲を飛び交う思い出武装のいくつかが、能力を失い落下し始めるタイミングに合わせて左手の木刀を構え、ナナシに向かって地面を蹴る。瓦礫の上を走り、誰かの思い出を踏み荒らす。
そして、彼女の血が張り付く腹に木刀を力の限り突き刺した。
「なんで……?」
違和感の正体は分かっていた。
「なんで、ナナシ、”反撃”……してこないの……?」
だが、それが理由で攻撃を止めるわけにもいかなかった。ナナシが黒幕ではないことを証明できないから。木刀から流れ出る血は少し暖かく感じた。
「ボクは……アオさんと約束をしました。“アネモネさんを救う”と。……そのアネモネさんを殺すなんて、約束と違うじゃないですか。『約束は守るもの』とボクはお姉様から教わりました」
また、お姉様……。
ポトリ、ポトリと思い出武装達は瓦礫の上に落ちていく。能力を失い、戦闘意欲を失い、元々の姿に戻っていった。
――エニグマを操って私達を殺す、それはナナシがやってきたことじゃないの……?
左手から木刀は離れていた。ただの木刀に戻っているようだったが、ナナシの腹に突き刺さったままになっている。
『馬鹿! ナナシは命の恩人なのよ!』
分からない。
何のためにここまで戦ったのか。記憶を失い、仲間を失い、私にはもう何も残っていない。倦怠感と共に、全身から力が抜けていく。私は命を救われたけど……。
目の前に血に塗れた木刀が落ちる。目の前で見れば、ナナシの全身についた傷は、あまりにも生々しいものが多かった。切り傷に、火傷の痕。それなのに、地面にへたり込んだ私と違い、ナナシは背筋を伸ばして語る。
「ボクとお姉様は……血は繋がっていなかったです。一緒だった時間は一週間程度でした」
このお姉様は私のことじゃない。
「でも、一つの命として生まれても、心が死んでいたボクにとって、お姉様は……光でした。お姉様には大切なことをたくさん教えてもらったです。“約束を守ること”もそのうちの一つです」
だから、アオと約束したことは守ります。そうナナシは力強く言った。
見た目からして私よりもずっと幼く見えるのに、ナナシは大切なものを知っていた。私にはそんなものがあったのだろうか。
余った記憶を思い返す。アオと出会った記憶。ラフリーと出会った記憶。エニグマと戦った記憶。ろくなものがない。そういえば……、イテム博士とはどこで出会って……。
「……思い出武装……」
思い出す。
そして、気づく。
「この白衣は……思い出武装の操作が出来る。どこにあるのかもなんとなく分かるようになる」
『アネモネ? 何を言っているの?』
「他にも分かるものがあった。エニグマの位置も分かった。つまり……エニグマと思い出武装は同じもの?」
イテム博士の最後の言葉を思い出す。それは現実の声と重なった。
「『神は自分勝手だ。それに嘘つきなんだよ』。そう思わないかい……異世界の神よ」
そこには死んだはずの人がいた。だけど、私は驚かなかった。
――イテム博士は……彼は神だ。




