白衣の思い出武装
体を起き上がらせた時にはもう遅かった。
「なんで……!」
目の前にいたイテム博士の胴体に巨大な穴が開く。
イテム博士の体は糸が切れたかのように、あっけなく地面に落ちていた
周囲に現れた巨大なエニグマ達の中に、火器を取り込んだものがいたのだろう。次の発射音を聞き逃さないように注意しながら、体を屈めてイテム博士の体に近づく。
肉そこにはが焼け焦げた臭いと火薬の臭いが混ざっていた。
イテム博士の心臓に手を当てる。心臓の鼓動はあるが、この出血のままだと間違いなく死んでしまう。
「……アネモネ君」
「イテム博士喋らないでください!」
まずは止血を……。だけど、胴体に穴が開いた状態でどう止血をすれば……。
「……我の“白衣”を……着てくれ……ないか?」
白衣? 私には少し大きく思える白衣を着ているが、これを?
「こんな時に……何を言っているんですか!」
「我はもうだめだ……。もう……指一本動かせそうにない……」
顔を見たとき、その目には光がなかった。だが、続く声には力が込められていた。
「……我の思い出武装を……!」
白衣の思い出武装。いつもイテム博士はこの白衣を着ていた気がしていた。もしかして思い出武装なのかもと思っていたけれど。
「――ああ……もうすぐ……眠れそうだ……」
イテム博士の白衣に光が集まる。それは周囲だけでなく、私の視界をも埋め尽くしていった。その光りの量に思わず目を閉じてしまう。
目を開いたときには、すでにイテム博士は事切れていた。
泣けなかった。
アオと出会わせてくれた大切な存在だったのに。なのに。それ以上の記憶が今の私には湧き上がらなかった。湧き上がる感情がそのことに対しての悔しさしかない。
自分の袖を見ると白い衣服になっていることに気が付いた。
イテム博士の思い出武装である白衣。だけど、思い出武装は、その思い出武装との記憶がなくては使えない。記憶がほとんど残っていない私には扱うことは……。
「こんなものを渡されても……私は……」
空間がほんの少しだけ振動して。合わせてドンと発射音が聞こえた。
それがイテム博士の体を貫いたものと同じであることはすぐに理解できた。
聞こえた方向に向かって手を突き出す。とっさの行動だった。衝撃に備えて目を瞑る。
鈍い衝撃が空間に伝わる。
が、次の瞬間に来るはずの痛みはなかった。
「何……?」
おそるおそる目を開けると、光り輝く巨大な一枚の紙が正面に浮いていた。指先から全身に柔らかく冷たい感覚が走る。
「紙……?」
正面に浮いていた紙から光が消え、重力に逆らうことも止めて、地面にくたりと落ちた。よく見れば私を守った紙は、一枚の写真だった。そのちょうど真下に一冊の本がある。
その本を手にとって、見る。本には幼い字で「ぼくのせいちょうきろく」と書いてあった。開くとそこには少年の姿が写った写真と、それに関係しているコメントがある。
誰かの大切な記憶だった。だけど、本の端が血で汚れているところを見ると、所有者はもう死んでしまっているらしい。
どうして私を守って……。そこまで考えて気づいた。
柔らかくて冷たい感覚が遠くからする。それもいくつも。
「これってまさか……!」
その感覚の正体が思い出武装だと直感的に分かった。でも、仲間の数よりもその感覚の場所は多い。数が合わない。
さらに気づいたことがある。透明な腕を伸ばせるのだ。試しに透明な腕で近くにあった感覚の源を掴む。それをゆっくりと持ち上げると、瓦礫から木刀が現れた。透明な腕はそれを自由自在に振り回せることを確認する。
遠くの方で感覚が消えた。どうやら、白衣の力がなんなのか、これ以上考えている時間は惜しいらしい。
「……イテム博士。この白衣、いただきます!」
イテム博士が最後にくれた私の戦える力。
周囲の柔らかくて冷たい感覚の源に向かって、ありったけの見えない腕を伸ばす。その全てを瓦礫の下から掘り出す前に、私の背後にいた巨大なエニグマに向かって駆け出した。
駆けだす足が瓦礫の海から離れる。
誰かの靴の思い出武装の効果を使っているようだ。足を動かす必要がないらしく私の体は一直線に、巨大な道具の化け物に向かって飛んでいく。
でも、この力が長く続かないことがなんとなくではあったが、分かっていた。
「うわああああぁぁぁぁぁ……!」
エニグマのいる方角から声が聞こえる。そして、あの柔らかくて冷たい感覚が一つ消える。間に合わなかった。
……それでも私は、戦うしかない。
一体のエニグマの全体像が視認できる場所に着いた。ゆっくりと体が落ちていく。その最中、このエニグマの体の奥に“何も感じない場所”があることに気づいた。
左腕を伸ばし、宙にいくつか浮いた思い出武装の内の一つを掴む。金メッキに覆われた筋肉質の男がポーズを決めているトロフィーを手に取った。トロフィーが光り輝き、金色の光が伸ばした左腕に纏わりつく。
「このまま消えなさい!」
左腕を掲げ、金色の光をまっすぐ天に向かって伸ばす。そして、力任せに振り下ろした。
金色の斬撃。振り下ろした腕の一撃が、敵を切り裂く。
完全に切り裂いたと思えたタイミングで、金色の光は夜の闇の中にあっけなく消え、砕けたトロフィーとなって瓦礫の中に混じる。
空を覆い隠す巨大な影は私の頭上で機能停止状態になっていた。ぐらりと巨体を揺らす。
再び靴の力を使い、宙を飛んだ。
このエニグマの核となっている道具を破壊した、はずだ。あの巨体の維持は、もうできまい。エニグマより少し離れて数秒後に、巨体がバラバラになって地面に落下する轟音が鳴り響く。
もしかして、この“何も感じない場所”が核なのか。
残る巨大なエニグマの数は八……。と数えようとしたときに、蒼い炎がエニグマから天に向かって上がるのをみた。これで残りは七体だけとなる。
エニグマ達とは別に“何も感じない場所”がある。
「アオ……」
あなたはそこにいるのね。
ナナシに使われているのね。
……もう少しだけ待ってて。必ず取り返しに行くから! 私の大切なアオを取り込ませたりなんかはしない!
空中で風に煽られてバランスを崩す。靴の思い出武装の力は既に尽きていた。
だけど、移動能力を強化してくれる思い出武装は他にもある。見えない腕で引き寄せ、その中の糸が解れつつあるマフラーを掴んだ。
足元から風が生まれる。風を操る力を持ったマフラー。ところどころの編み方が雑になっているところを見ると、きっと誰かが大切な人にプレゼントしたんだ。
マフラーを首元に纏い、風の力で空中に身を投げ出す。地上から三十メートルくらいの高さに浮遊した。戦場と化している周辺がよく見える。ここでなら、多数の思い出武装のコントロールがしやすいはずだ。
空高く吹き荒れる風の音に混じって砲撃の音がする。砲弾らしき光が私に近づいてきていた。
ありったけ集められた思い出武装は、私の周囲を飛び回る。そのうちの一つが飛んでくる砲弾はたき落としてみせる。
「あ……」
それは、巨大なクマのぬいぐるみだった。
続く砲弾を次々とはたき落とし、防ぎ、逆に投げ返して見せる、そんな見慣れた姿。
見えない腕を伸ばし、複数の思い出武装を雑に手に取り、能力を解放させる。似顔絵に、ネックレス。怪獣のフィギュアに、何かが入った袋。どれがどのような力を持っているのかは分かる。それがこの白衣の思い出武装の力のようだ。
空中に浮く道具の中から、瞬間移動の力を持った思い出武装と爆弾の力を持った思い出武装を発動する。どこに瞬間移動させるのかはある程度目星がついている。
さっき確証を得たのだ。あの巨大なエニグマの中に何も感じない場所がある。ナナシちゃんは的確に、その場所をアオと共に攻撃して倒しているようだ。さっき、同じようにその場所を狙い、倒すことが出来たことを踏まえると、その場所にエニグマの急所――核となっている壊れていない道具がある。
手をエニグマに向ける。そのタイミングに合わせ爆弾能力の思い出武装である真珠のネックレスをばらし、それぞれを瞬間移動させる。準備は終わった。
ぶちりと布の繊維が千切れる音が聞こえる。
視界の端でクマのぬいぐるみが小さくなっていく。力を使い果たしたようだ。そして、重力に引かれ落ちていく。その姿を見て「……ありがとう」としか言えなかった。
エニグマ達の砲撃は続くが、もう遅い。
「これで、ふっとべぇーッ!」
残り六体となっていた巨大なエニグマの体から煙が勢いよく吹き上がる。六体のそれぞれの何も感じない場所に爆弾を移動させてやった。あの爆発程度じゃ、あの巨体を全て吹き飛ばすのは難しいのは見て取れるが、直接急所を狙えるなら話は別だ。
ぐらりと巨大なエニグマの体は揺れる。
「次……!」
何も感じない場所、は全てのエニグマからなくなっている。瓦礫が地面に降り注ぎ始め、轟音が辺り一帯を埋め尽くしていく。
ふわりと、身体が重力に引かれて落ちていく。首元に巻いていたマフラーの能力が切れたようだ。私の周りを浮く、物を瞬間移動させる思い出武装である蛇革の財布を私の手元に引き寄せる。この思い出武装もこれで最後になりそうだ。
目指すはアオの元へ。私は彼女の感覚に集中しながら、その力を使用する。




