道具の世界
「……ねぇ、一緒に探してよ」
自分の胸元に向かって愚痴を零す。
『駄目ね。全然見つからないわ。ねぇ、アネモネ。そもそもここには何もないんじゃない?』
胸元の鈍い銀色に光るロケットペンダントから声が返ってくる。
中の鉄網がむき出しになったコンクリートの破片が周囲にいくつもの山を作っていた。その山の中に混じる家財道具の一部がこの場所に人が住んでいたことを証明する。
……もう人がいないことも。
『地図によれば、ここ――スリザード団地……だっけ? 団地って付いてたけどホントに人が住んでたの? 缶詰の一つも見つからないじゃない』
「おかしいわね……」
だけど、この辺りは誰も探索に出ていないはずだ。報告書の記録を見たときは確かにそうだった。間違いなく。
『止まって』
声に合わせて足を止める。
正面に向かって意識を集中させた。前方の山になっている瓦礫の反対側から、確かに音が聞こえる。かつん、かかつんと何かが引っかかるような不規則な音が近づいてきていた。
「“エニグマ”……かな?」
エニグマ、と私が呼んだ存在をロケットペンダントの声も肯定する。
『どうする? 隠れてやり過ごす?』
コンクリートを硬い物で刺し削るような足音。不規則なのは、足の数や長さが歩くのに適していないからか。
その仮定から推測するに、この“エニグマ”はそこまで脅威じゃない。
「……大丈夫。そこまで変化しているやつじゃないわ。もう少しここを調べたいし、多少の危険は覚悟しないと」
胸元のロケットペンダントを左手で握りしめる。じんわりと仄かに暖かい。
『……分かった。時間がかかりそうなら、即時撤退。約束だから』
「うん」
胸元が一際輝いたあと、掌からロケットの触れている感覚がなくなった。いなくなったわけじゃない。ロケットペンダントは、左手の甲に不格好な形の青い小盾に姿を変えただけ。
これが言葉を話すロケットペンダントのもう一つの姿。“エニグマ”と戦うための手段の一つである。
瓦礫の起伏に隠れながら、足音のした方に向かう。不規則な足音のスピードは変わらない。気づかれていないみたいだけど、聞こえる足音が大きくなるたびに、心臓の鼓動が速くなる。
深く深呼吸し、息を整える。ゆっくりと瓦礫の山から頭を出す。
ガシャリ、と近くで音がした。
『アネモネ!』
私の視線は既にそいつに向いていた。
穴の開いた車のタイヤや、むき出しのエンジン。それに灰色のケーブルが絡まって出来た胴体。折れた傘に、錆びたスコップを合計五本地面に突き刺して脚のように動かしている。
まるで捨てられた道具が集まって勝手に動き出したような化け物。私達はその化け物を――“エニグマ”と呼んでいた。
「うおおおおおぉぉぉン……!」
声!?
……違う。こいつの体を構成している何かの機械が駆動音を出しただけだ。威嚇のつもりか?
胴体の不規則な場所に設置された脚に当たる部分が、激しく動き始める。無駄な動きが多いが、しかし壊れた傘や錆びたスコップでも十分私を殺傷できるだけの膂力があるように見えた。
そんな前脚が私に向かって――
『させないっ!』
左腕が勝手に引っ張られる。引っ張られる力に合わせて、腕に力を込めた。
鉄と鉄のぶつかる軽い音が響く。だが、その音の軽さのわりに一撃が重い。腕に込める力を増やしても押し込まれているようだった。
完全に押し込まれる前に体を捻り、左に受け流す。エニグマの錆びた前脚がコンクリートの地面を深く抉った。
『アネモネには傷一つ付けさせないわ!』
左腕の彼女はひどく憤慨している。だけど、それを窘める余裕はない。
「うぉぉおおおおぉぉぉン!」
不格好で不規則な脚が激しく動き始める。かつての建物だった瓦礫の表面を何度も傷付ける。瓦礫に足を引っ掛けないように何歩か後ろに下がり、私はエニグマとの距離を取る。
『こいつ、どこに目があるのよ!』
その体は、間違いなく私がいる場所を向いている。
“エニグマ”は核となっている“壊れていない物”を破壊することで、動かなくさせることが出来る。あのぐちゃぐちゃにケーブルが絡まった中に核があるんだろう。
探して壊すのが定石。だけど……。
「“アオ”! 行くよ!」
『分かった!』
左腕の小盾が蒼い光を帯びる。その光はやがて、蒼い炎へと変化した。炎は“アオ”の心境を表すように、荒々しく左腕で揺れ暴れる。まるで、これでもくらえと言わんばかりだ。
『アネモネ、火傷に注意して!』
「大丈夫だよ! アオ!」
その言葉に呼応して、炎はさらに激しさを増した。
「うぉおろろろろろおぉぉ!」
エニグマが地面を駆ける。不格好な走り方だが、その足取りは間違いなく私達に対しての殺意が込められていた。地面を蹴る音が聞こえる度にコンクリートの小さな破片が私達に飛んでくる。
私は左腕を大きく振るった。それに合わせて、左腕の炎が正面に向かって大きく広がる。
空中を漂う、蒼い炎の塊の中に、エニグマが侵入する。エニグマが完全に炎の中に入ったことを確認してから、私は地面を踏み込んで左側に向かって跳ぶ。
私がいなくなったことで、エニグマは急停止をしようとしたみたいだった。五本の脚を正面に突き刺して――ガン、と軽快な音がした。
やっぱり目に当たる器官がないらしく、足を踏み外したらしい。瓦礫の隙間に脚を引っかけて空中を一回転する。
エニグマの後ろの脚が空中に放り出されるタイミングでアオに指示する。
「アオ! お願い!」
『燃えてなさい!』
空中に漂い、細くなってきていた蒼い炎の線が一気に巨大な柱へと代わり、エニグマの周囲を延焼させる。
「おおお……ォォォ……」
蒼い柱からゴム製品が燃えたときのような不快な臭いがする。蒼い炎の中で、エニグマは体を必死に動かしているが、熱により融かされていくことの方が早かった。五つあった脚は、先端から融解し、間接部分に当たる部分が融けた段階で、エニグマは動かなくなる。
コンクリートに黒い染みが出来ていく。こうなると、ただのゴミが燃えているだけでしかない。
『お疲れ様。……どうしたの?』
「いつになったら、戦わなくて済むようになるのかな?」
目頭が熱くなっていた。目にゴミが入っただけ、そう嘘を吐きたかったけど、服の袖を握っていることに気が付く。
“アオ”は、返答に困っているようだった。ここで生きている誰もが知りたい答えだったのには間違いない。
「ごめん。弱気になってたわね。拠点で一番長い私がしっかりしないと……」
アオに意地悪なことを言ってしまった。やっぱり、二人の時だと気が緩んでしま――
――ぐらりと、景色が揺れた。いや、地面が動きだしている。
『アネモネっ!?』
地面だと思っていたコンクリートの瓦礫が、形を変え始めていた。黒ずんだ瓦礫が柱になり、巨人の指になり、腕に変わっていく。まさか……。
エニグマがこの瞬間生まれている?
「アオ! 全力で……!」
『馬鹿! ちゃんと、前を見て!』
地面を蹴ろうと足に力を入れようとするが、灰色の腕が私に向かって伸びる速度の方が早かった。その巨大な手は私の体を鷲掴みにして持ち上げる。全身に鈍痛が走り、完全に手足を動かせなくなる。腹に剥き出しになっていた鉄網の刺さっていた。
アオは小盾から蒼い炎を出し、私の身体に纏わせる。
熱い。
でも、そんなことを言っている状況ではない。コンクリートの腕を融解させないと、死ぬ。
「アオ! もっと! 力を出して!」
『わかってる! 分かってるけど!』
この灰色の手は中々私を離さない。
肉が焦げる臭いがする。私の服も黒ずんで穴が開いていく。
だけど、どれだけ炎を出そうとも、このエニグマには影響がないらしい。それどころか周囲のコンクリート片をまだまだ掻き集め、まだ成長しているようだった。
腕が二本、足も二本。胴体から生えたもう一つの部分は顔らしい。今まで見たことがないほど、このエニグマは変化をしている。まるで、物語に出てくるような巨人だ。マンションの三階を軽く覗けるくらいの背丈になっている。
「あぁッ!?」
鷲掴みにされ、宙に浮かんでいた体が不意に圧迫される。呼吸が出来なくなる。喉の奥から、口の中に鉄の味が広がっていく。
『アネモネっ! 放せ! 放してぇ!』
アオが叫び、さらに炎の色が蒼くなる。
炎の中にいるはずなのに、熱くてたまらないはずなのに……。むしろ寒いと感じ始めた。
アオが泣き叫んでいるような声が聞こえる。どうやらこの巨人を燃やし、融解させられるような時間はもうないらしい。炎をモノともしないこの巨人は私を潰し――。
『お願い! 誰かアネモネをっ! なんでもするから――っ!』
痛みだけが走り、動かなくなる。
何もできなくなった。呼吸も思考も何もかもが止まる。世界から私が消えて――。




