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先輩の《主人公補正》がスゴすぎる

作者: 上葵


「この眼鏡をかけると相手の能力(スキル)を明らかにすることができるんです」


 夏野冬花(なつのとうか)は、にたにた笑いながら、スクールバックからヘンテコな眼鏡を取り出した。

 0の部分がサングラスになった2001の年号サングラスである。

 こんな骨董品(アンティーク)どこで手に入れたと呆れ顔で見ていると、

「しゅわっち!」

 と、唇を尖らせて、夏野は恥ずかしげもなくメガネを装着した。

 うわっ、他人のフリしよう。

「なに言ってんだ……お前」

 ため息をついて、マフラーに首を埋める。

 夕暮れ時を迎え、気温はみるみる落ち込んでいく。


 夏野は同じ学校の後輩で、通っている絵画教室の同窓になる。たまたま校門で一緒になったので、連れだって行くことになったのだ。

解析(アナライズ)ッ!」

 メガネをつけて、彼女はじっと俺の顔を見た。

「クーリングオフできないの、そのガラクタ」

「う、うわああああ!」

 有意義な提案をした瞬間、ガタガタと震えながら夏野は腰が砕けたように尻餅をついた。道端で騒がしいやつだ。白い息が青空に上がっていく。


「せ、せせせせ先輩のスキル、SSSSSランクだぁ!」

「それすごいのか?」と訊ねながら、手を差しのべる。受け取って立ち上がり、スカートの埃を叩きながら彼女は嘆息ぎみに続けた。

「すごいなんてもんじゃないですよ、ふつうの人はCランク、せいぜいペン先からシャー芯を入れるのが上手いとかそれぐらいです! にも関わらず先輩のスキルはSSSSSランク、こんなの見たことありません!」

 舌を噛みそうなくらいSを言って、夏野は汗をだらだら流している。真冬日だというのに、体温調節機能がいかれてしまっているらしい。お医者さんの受診をおすすめしよう。もちろん精神科だ。

「ふぅん、そのスキルのランクが高いとなにがあるの?」

 紛い物を買わされただけだと思うが、相手にしないのもかわいそうなので、どうでもいい、と思いながら尋ねてあげる。

「単純にランクはスキルのレアリティで、高ければ高いほど強力な能力になります。先輩のは、……ちょ、ちょっと待ってください、えっと、なんだこれ、……主人公補正?」

 夏野はぼそりと呟いてから、幽霊でも見たかのように、目を丸くして叫んだ。

「まっ、まさか! 全人類憧れのぶっ壊れ最強スキルじゃないですかぁ!」

「だからなんだよそれ」

「分かりやすく説明すると、先輩はどんな逆境にたたされても必ず勝てるんです。あらゆる場面で都合のいい展開が続く、だってそれが主人公だから」

「意味わかんねぇ。勝てるって別に敵とかいねぇし」

 強いて言えば学力が敵だ。特に数学B。次点で物理。やつらだけは許せない。

「敵なんていなくても最強なんですよ。ご都合主義が延々と続くんです」

「そんなんないって」

「私は前々からおかしいと思ってました。運とは少し違いますけど顔は平凡なくせして、学園のマドンナ四人から告白されてるからっ!」

「コクられてねぇよ。付き合ってもないし」

 確かに仲良くしている女子は四人ほどいる。上村に下妻に右田に左門、俺の通っている学校のマドンナ四天王だ。最近、前園と後山という美人も転校してきて、そいつらも、なんかしらんが俺のことを好いているらしい。

 親友の藻部(もぶ)が言っていた。


「それは先輩が告白されそうになると突発性難聴になったり、風が急に強くなったりして、ちゃんと聞けてないからですよ!」

 そうなのか? と首を捻ると夏野は心底残念な生き物でも見下すようにため息をついた。


「そういえば、先輩の家に空から女の子が落ちてきたことありましたよね!」

 先月うちの天井の屋根を突き破って外人の金髪の女の子が落ちてきた。

「べつに空から女の子が落ちてくることぐらいよくあるだろ」

「ないですよ、普通そんなこと! しかもなんやかんやで故郷に送り届けて、お金いっぱいもらったのに、それ全部寄付してたじゃないですか!」

「66兆円2000億円とかもらっても使わねぇからな」

「そりゃそうでしょう! 国家予算レベルですからね!」

 落ちてきたのが超絶金持ちのご令嬢だったから、それが相場だと思ったが、やっぱり変なのか。

「おかしいおかしいとは思っていましたが、まさか主人公補正がついてたとは!」

 夏野は切り揃えられた前髪を揺らしながら、ジッと俺を見つめた。

「そりゃ、生きてりゃ自分が主役だろ」

「そういう話じゃなくて……! 例えば夏休みのとき、スクールのみんなで無人島行ったじゃないですか」

「ああ、あったな。色々あったが楽しかった」

「普通旅行で遭難なんてしないんですよ!」

「ええ!? 旅にアクシデントはつきものだろ!」

 商店街の福引きで特賞があたり、絵画教室のみんなと無人島旅行に行ったはいいが、軽く遭難して救助されたのだ。

 あの時は命の危険を感じたが、今だと良い思い出だ。 

「でも、てるみくらぶとか……」

「みんなが忘れてるようなことを掘り返すのはやめてください」

 ジト目で睨み付けられて言葉を失ってしまう。

「あと先輩のお父さん、剣道めっちゃ強いじゃないですか」

「あ、ああ、まあな。でもそれ俺には関係ないよね」

「血筋ですよ! 最近のジャンプは友情努力勝利じゃなくて、友情血統勝利なんですよ!」

 鼻息荒く夏野は続けた。

「絶対関係ないよね、それ」

「おかしいんですよ、なにもかも! 先輩の周りだけ事件起こるし」

「事件?」

「殺人ですよ! 学校でどれだけ殺人事件起こってると思ってるんですか! 中東の過激派よりも過激ですよ! 治安の悪さがエルサルバドル並みです!」

「別に普通だろ」

「普通の学校は殺人事件起こらないんですよ!」

「え!?」

 嘘だろ。少なくとも一日一回は女生徒の悲鳴が廊下に響き渡っているのに。

「そもそも殺人が頻発するようなら普通は廃校になってます!」

「それは俺が犯人を見つけてるからだろ」

「全くもって逆です! 先輩が探偵みたいなことしてるから犯罪が止まらないんですよ!」

「それは心外だわ」

 死神みたいな言われようだ。

 俺だって平穏を望んでいる。人死はできるだけだしたくないが、みんな死ぬから仕方ないのだ。

「先輩もいい加減ジャンルを絞ってください!」

「ジャンル?」

「言うなれば物語のカテゴリーですよ。先輩が中途半端にミステリーを選ぶからたくさん人が死んじゃうんです」

「だから別に選んでないって。俺だってスローライフみたいな人生を送りたいよ。そもそもそんな簡単にカテゴライズできるわけないだろ」

 さすがにカチンと来て言い返すと、夏野はしゅんと肩を落としてしょげかえった。

「……そうですよね。……すみません、私、おかしなことを言ってました」

 夏野は殊勝に頭を下げると、つけていたメガネを外して、鞄にしまった。

 澄んだ黒い瞳と目が合う。

「まあ、ジャンルって言ったってさすがの先輩もファンタジーとかはできませんしね」

「……!?」

「……先輩?」

「あ、いや」

「え、まさか」

 夏野の瞳が大きく見開かれる。

「まさか、先輩」

「……」

「行ったことあるんですか、異世界!」

「べつに普通じゃねぇか。異世界ぐらいみんな行くだろ」

「行きませんし行けませんよ、普通は!」

「え、またまた。俺は小六の時にファースト異世界体験したぞ」

「普通は一生に一度もそんな機会ないんですよ!」

「そうなのか? でも親父も高校生の時行ったって言ってたぞ」

「血統ッ!」

 膝をパンと音をたてて叩いてから夏野は続けた。鉛色の部厚い雲が空を一色に染め上げていた。

「異世界行ったことある人なんてそんなにいませんよ!」

「ああ、それ向こうのやつらも言ってた」

「向こう! はぁ、すごい人ですね。先輩……。でも異世界なんて先輩は何しにいったんですか?」

「なんか、魔王倒せって」

「ベタな! 倒せたんですか?」

 うん、と首肯すると、夏野は呆れたようにため息をついた。彼女の吐息は白くなって風に消えた。

「もうなんか先輩には何言っても無駄なような気がしてきました」


 絵画教室についた。

 受け付けに自分の名前を記入する。レッスン開始までまだ幾分か時間があったので、夏野と一緒に自習スペースで宿題をやることにした。

「……」

 夏野は課題のワークを綺麗な字で埋めていく。途中シャー芯がなくなったらしい。ペン先から器用に一発で芯をいれるとまた文字を書いている。

「……」

 器用なもんだ。

「さっきのメガネかして」

「いいですけど……なんでですか?」

「いや、なんとなく」

 少し恥ずかしかったが、年号メガネを装着して夏野を見る。変な文字が浮かんで見えた。

《ランクC 鉛を芯を代える(リプレイスメント)

 なんだこれ、と思わず口に出して言うと夏野は少しだけ残念そうに呟いた。

「私のスキル、シャープペンシルの芯をめっちゃうまく替えられる、ってやつです」

「哀れな……」

「すごいスキルなんですよ。テスト中とか役に立ってるんですからね!」

「そうだな」

「くぅ、生暖かい目をやめてください!」

 夏野がプリプリと頬を膨らませた時、受付の人が俺たちの名前を呼んだ。立ち上がって、教室のドアを開ける。


「……」

 玉座の間だった。

「……やられた」

「どうしま……うわっ」

 後ろに続いていた夏野が俺の背中を押すかたちで倒れ混んできた。

 勢いに負けて、前につんのめってしまう。

 ばたん、と後ろで扉がしまった。

「ちょっと、急に立ち止まらないでくださ……なにこれ」

 目の前の非現実的な光景に夏野は口をあんぐりと開けた。

「ちくしょう。召喚されちまったようだ!」

 こぶしを作って握りしめる。

「しょうかん?……ってなんですか?」

「昔から異世界のやつら、やたらめったら俺を召喚すんだよ。用事とか理由は様々だけどな。まあ、よくあることだ」

「よくはないです」

 夏野が真顔で首を振った時だった。


「よくぞ来た。勇者よ。そなたには魔王を倒してもらいたい」

 玉座に座った髭もじゃのおっさんが見下すように言った。

「おれは勇者じゃないって」

 何回行ってもこいつらは理解してくれないらしい。

 夏野には申し訳ないが、元の世界に帰るのに少しだけ時間がかかりそうだ。

 



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― 新着の感想 ―
[良い点] 会話のテンポとその勢いを殺さないところ [気になる点] 上下右左前後……次は四次元ヒロインか……!? [一言] 適当な量の地の文のおかげで会話の勢いが死なずにさくさく読めて楽しかったです
2018/12/22 23:03 退会済み
管理
[良い点] テンポが良くて面白かったです。 [一言] 終始楽しく読ませて頂きました。 まだまだ物語は続くぜ!的な読後の余韻も良かったです。
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