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魔法を引き継ぎし者、裏切りし者

作者: 雨魚

5年前に一度書いたやつで、少し直してみました。



「あなたに師から受け継いできた魔法を破壊させるわけにはいかないわ!!」

 メアリーのアメジスト色の虹彩が宵闇の中で神々しい煌めきを放つ。右手に構えているワンドにより一層の圧力が込められる。

「あなたのような未熟者になにが出来ると言うのかしら。私に刃向かうなど、滑稽を体現しているようなものよ」

「たしかに、オルタと私の実力は天と地程の差があるかもしれない。けど、だからと言って引き下がるわけにはいかないわ!!」

 摩天楼が醸し出すイルミネーションに照らされながら、魔法陣で蒼穹に足場を作っている双方が対峙している

 メアリーは絶対に成し遂げるという意志を孕んだ双眸を向け、対してオルタは妖艶な美貌の中に余裕に満ちた笑みを落とし込んでいる。それがまた彼女の魅力を引き立てる。

 メアリーは威勢こそ及第点だが、ワンドを握っている手が若干震えている。恐くないと言えば嘘になる。しかし、同じ師から受け継いだ魔法を同胞に破壊されてしまうかもしれない現実と相対した時、なにがなんでも止めなければならない義務感を纏った。

 メアリーは足場に展開されている魔方陣で屈伸し、飛翔を敢行。背水の陣でオルタに肉薄する。

「食らいなさい、オルタ!!」

 ツインテールを持つ小柄な少女はワンドを一閃。宵闇を切り裂くように青白い雷がうねりを見せながら、艶やかな黒髪を靡かせる妖艶な女性に襲い掛かる。

 オルタは特に武器と呼べるものを所有してしていない。丸腰で雷に視線を集約する。オルタは不敵な笑みを一つ零すと、ローブの中から陶器のように白い手を出して(かざ)した。

「あなたの攻撃はね、私が食らう程の威力を伴ってないのよ。メアリー」

 突如、翳した手を中心に桃色に発光する魔方陣が姿を現し、メアリーの放った攻撃をあざ笑うかのようにいとも簡単に防いで見せた。しかし、そこでめげるメアリーではない。

「まだまだー!!」

 メアリーは叫びながら再び魔力を雷に変換させ、攻撃を連続的に繰り出すが、魔法の盾に全て阻まれてしまった。

「分かったかしら? あなたが師の思いを持って攻撃を繰り出したところで無駄だってことが」

 彼女に諦観を誘い込むかのような物言いと共にオルタは呆れた表情を見せた。

「メアリー、私には分からないわ。どうしてそこまでして師の魔法に固執しするのか?」

「師が幼子であった私を拾って下さらなければ、今の私は現世に存在していなかったわ。私は師に育てられながら魔法を教わった。その全てが未知に満ち溢れていて、生きる希望を、自分の存在価値を徐々に見いだしてくれたわ。私は師の素晴らしい魔法をこれからも多くの人に伝えていきたい。伝えて師が素晴らしい方だったという歴史をこの先もずっと繋いでいきたい」

 急にメアリーは滔々と語る勢いを落とし、急にしおらしい顔を作る。

「ねえ、どうしてオルタ!? どうしてオルタはそこまで変わってしまったの?」

「私が変わった? ふっ。何を言っているのかしら。私は過去も今も私よ」

「違う!! あなたも同じ師の下で育まれ、私と同じような目標を持っていたのに、どうして・・・・・・」

「ああ・・・・・・、そういえばあったわね。そんな忌ましい過去が。さっきも言ったけれど、師の魔法はもう古いって言っているのよ。もっと視野を広く世界を見渡してみなさいメアリー。魔法は常に進化を続けている。今では魔法があれば出来ないことはないと言われているくらいによ。あなたもいいかげん師の教えに囚われるのを止めてもっと世界を見渡しなさい。今のままではあなたの魔法師としての才能を殺すことになりかねないわ」

「違う。師の魔法は、今の魔法に劣ることは絶対にないわ。(たし)かに師の魔法は古いかもしれないわ。けれど、古いからこそ新しさもあるのよ。師の魔法でしか出来ないこと、師の魔法だから出来ること。可能性という点に視野を向ければ、魔法の更なる進化。師の魔法でしかなしえない進化が望めるわ。オルタ。古いの理由だけで簡単にその道を外れるあなたは間違っているわ!!」

 メアリーの瞳に確固たる決意のエルモが宿っている。それは確信だ。師の魔法だからこそ成しえることが必ずあるという。そう、それは今のオルタを止めることだって。

「馬鹿馬鹿しいわね。滑稽っていう言葉が見事なまでに型に填まっているわね」

「何ですって!!」

艶やかな黒髪を手でかき上げながら、どこか冷めた目で熱心なメアリーを見つめていた。

「古いからこそ新しいがある。温故知新の考えは素晴らしいと思うけれど、現実に目を向けなさいメアリー。例え師の魔法を広めることに成功したとしてそれを受け入れてくれる人はいるのかしら? 人びとはミーハーなものよ。誰だって最先端で勝つ利便性、使い勝手が良い魔法に手をつけるもの。そこに温故知新な考えを持って行ったところで誰が感心や興味を抱くかしら。いいかげん意地を張るのは辞めなさい」

「意地ですって・・・・・・!? 私はそんなもの張っていないわ」

ツインテールが逆立たんばかりの勢いでオルタに食ってかかる。

「あなたも本当は分かっているんでしょう? 師が創造した魔法に限界があることに。けれども自分は師に拾ってもらった恩義があるから、それを返すためにも師の魔法を広めなければならない。心の奥底であなたはくだらない義務感に束縛されているのよ」

「違うわ!!」

「違くないわ。師に拾われたからその恩義に報いたい気持ち。私も同じ境遇を潜ってきた人間だから痛いほど分かるわ。けどねメアリー、天国にいる師は今でもそれを望んでいるのかしら? メアリーの益々の飛躍を望んでいるのではなくて?」

 メアリーは不意に唇へ薄い笑みを落とし込んだ。それに対し、オルタは怪訝顔を作る。

「・・・・・・。なにが可笑しいのかしら? ついに頭が狂ったの?」

「師が益々の飛躍を望んでいるのならば、私はなお、師の魔法に固執するわ。師の魔法の進化。つまり師を超えることこそが私の飛躍に一役買うと思うからよ」

「仮にそうだとして、あなたに可能なのかしら。未熟者のあなたに。最低ラインとして私を倒さないことには進化なんて言葉なんて夢のまた夢よ」

「師の魔法に限界なんてないわ。いつだってあるのは未知の可能性よ。師匠は言っていたわ。自分で生み出した魔法を自分でさえ制御出来ないって。弟子である私が師が見れなかった先を見る。それが今は無き師に対する恩返しよ。その為だったらオルタ、私はあなたを倒して見せる。そしてもう一度師の魔法のすばらしさを植え込んであげる!!」

 アメジスト色の双眸が凛としてワンドを見つめる。普段は片手で使用するワンドだが、がっちりと両手で掴んだ。

「――!!」

 メアリーが両手でワンドを掴んだところを見たことがなかった。オルタには今から何が起こるのか予想だに出来ずにいる。

 メアリーは自分を見下ろすオルタに向かって斜めにワンドを構えると、瞑想を開始した。その姿に、オルタは何かを勘ぐらずにはいられない。

 ――私は未熟だわ。私には今のオルタを超える力などない。けれど、それは私一人ならの話。私には師が託してくれたこのワンドがあるわ。私にはいつだって師がついている。

見ていて下さい――師。

 不意に、次にメアリーが目を覚ましたらそこは何もない暗闇だった。何も聞こえない。風もない。相対していた筈のオルタの姿もない。完全に無の黒。

「え? こ、ここは・・・・・・?」

 メアリーは視線を様々な場所に向けるが、無論何もない。あるのは黒々とした空間だけだ。

 彼女は何も纏ってもおらず、ツインテールも解けた生まれたままの姿をその空間に晒していた。だが気にする様子はなく、何故こんな場所にいるのか? そちらの方に不安や疑問を持って行かれている。

「やぁ、メアリー。久しぶりだね」

 刹那、声が聞こえた。少し離れた場所から発光を帯びた象形文字が螺旋を描きながら出現。螺旋の中には一人の若々しい青年がいる。

 古びたローブを纏った青年だった。優しさに溢れた相貌でメアリーを見つめる。

「師!! どうして」 

 驚愕と言わんばかりに声をあげた。

「メアリーが脳内で私の名前を何度か呼ぶものだからね。ここ二、三年で大きくなったねメアリー」

 その視線には下心が含まれておらず、あくまで自分の弟子が成長していることを嬉しく思っているものである。

「メアリー。君は本気で私の創造した魔法を受け継ぎたいと考えているのかい? オルタのように違う系統の魔法に手を出したっていいんだぞ。その方がメアリーの成長に繋がる可能性はある」

 師はオルタと同じように、自分の魔法に対する諦観を促すような物言いでメアリーを見つめる。だが、確固たる決意は揺らぐことを知らなかった。

「私は師の魔法が大好きです。幼子の頃に師はたくさんのわくわくを私にくれました。師がいなければ今の前向きな私は存在していませんでした。私はこれからも師の魔法を使い、そして広めていきたいです。師が信じなくても私は信じます。師が創造した魔法を可能性を」

 決意の炎を宿したその相貌を見て、師はただそうか・・・・・・と小さく頷きを見せた。

「メアリー。君がその道を歩むことを決めたなら、私から言うことはもう何もない。私は君のその抱いた夢を応援したいと思う」

「師・・・・・・」

「そういえば、今オルタが私の魔法を消し去ろうとしているんだったね?」

「は、はい。師匠の魔法が古いから使い物にならないとか、今の魔法を完璧に使用する為に、過去を完全に消し去ると、オルタは言っていました」

「そうか・・・・・・。オルタの器に私如きが作り上げた魔法は小さすぎる代物だったか。悲しい気持ちもあるが、その反面嬉しい気持ちもあるかな」

「どうしてですか師? オルタは師の魔法を消滅させようとしているのに」

「それだけオルタが成長したっていうことだろう? もっといろいろな魔法に振れて自分の限界を試してみたい。そんな願望からオルタは私の魔法から手を引こうとしているんじゃあないかな?」

「・・・・・・そ、それは」

「だが、もし私の魔法でメアリー、君が今のオルタの口をあんぐりと開けてくれる魔法を顕現させてくれるのなら、オルタも私の魔法を消すとは言わなくなるのではないか?」

「ですが、私にはオルタを超えられる力が今は備わっておりません。私の中にある最上級の魔法を発動させている最中ですが、多分それでも・・・・・・」

 師はメアリーに歩みよると白くて滑らかなその指を取った。メアリーは一瞬どきりとしたが直ぐさま冷静になって師の顔を仰ぐ。

「別にオルタに勝つ必要はないさ。ただ、メアリーがオルタの心の奥底に訴えかけられる魔法を、思いのこもった魔法をぶつければ。それでオルタはなにかを感じ取ってくれると思うよ。ああ見えて心は温かい子だからねオルタは」

「師・・・・・・」 

 師は柔らかな微笑を湛えた瞳でメアリーを見据えながら、桃色の髪に覆われた頭を撫でる。

「だから、実力はこの際関係ないと思うけれども・・・・・・。正直な話自分で作り上げた魔法を失うと言うのは悲しい。そこで私の微々ではあるがメアリーに力を授けたい」

「私に師がですか!?」

 その提案に驚いたのか、ぽかんとした表情で師の柔やかな瞳を見つめている。

「ああ。だからメアリー。君の思い、そして私の微々たる思いも含めて彼女にぶつけてきて欲しい。後は君とオルタ次第だ。検討を祈るよ」

 師はメアリーの頭から手を離すと、両手で卵を包み込むような形を作り出した。そこから暖かみ溢れる優しい光が生まれ始めた。その幻想的な光景にメアリーは目を瞠る。

 その光は移動を始め、メアリーの胸元辺りに吸い込まれていく。なんとも言えない不思議な感覚にメアリーはもどかしい声を漏らす。

「じゃあね、メアリー」

 視界が徐々に霞んでいき、慥かにそこにいたはずの師の姿がフェードアウトした。

――はっ

!!

 メアリーは瞑想していた双眸を見開く。そこには先程と変わらない光景があった。結界で作った足場のしたには都会が放つイルミネーションの数々。斜め上には薄暗い蒼穹をバックにオルタの姿がある。

 夢を見ていたのだろうか? そんな感覚が彼女を覆う。

「どうかしたのかしら。無駄に構えているのはただのブラフかしら?」

 一瞬戸惑いを見せはしたが、今は余裕に溢れる妖艶な笑みを向けている。

 メアリーは少しだけ下を向き、表情に陰りを落とした。

「・・・・・・たった今。師に会って来たわ」

「・・・・・・ぷっ」

 メアリーの言葉を受けるなり、一瞬間が生まれたが、直ぐに笑いを堪える表情に切り替わった。

「あはははははは。師に会った? 笑わせないで頂戴。いい? 師は死んだのよ。不慮の事故で。あなたの頭は本当に愉快が詰まっているのね。ついには師の幻想まで見えるようになるとは流石だわ」

「違うわ!!」

 空気を切り裂くほどの迫力を誇るその大声に威圧され、オルタの笑い声はぴたりと止んだ。

「師に慥かに会ったわ。そして話もした。師に伝言を授かって来たわ。オルタ、あなたに私の分の思いもぶつけてこいってね」

「師の名前をを出せば私が揺らぎを見せると思っているのかしら? 甘いわね。そんなことだからあなたは未熟者なのよ」

「なら、今ここで見せてあげるわ!! 未熟者なりのあらがいを」

両手で握っていたワンドにより一層の力が込められる。水晶のように透明感がある球体が稲妻色の光を帯び始める。

 球体を覆うスパークの大きさ、そしてバチバチという弾ける音が徐々に増していく。その驚愕的な大きさにまで肥大化したスパークに発動している本人自身が一番驚きを隠せずにいた。

――凄い、これが師の力!! 私は一人で師の魔法を守ろうとしていんじゃない。師も自分の魔法を魔法を守ろうとしている。その思いがひしひしと伝わってくるわ。

伝雷怒竜(サンダー・ウーロン)!!」

 メアリーの中で最大と呼べる攻撃がオルタに向かって解き放たれた。球体をを覆っていた巨大なスパークが凄まじい勢いで伸びていく。

「な、何よ・・・・・・これ・・・・・・!!」

 伸びていくスパークが徐々に姿形を変化させ、真の姿を顕現した。

「ド・・・・・・ドラゴン!!」

 青白いスパークよって作られし獰猛なドラゴンが、薄暗い蒼穹を自らの爆発的な発光により照らし出す。そのドラゴンが放つ、威圧、迫力にオルタは畏怖の念を抱かずにはいられなかった。ドラゴンはピタッと途中で動きを止めた。

「な、何よこれ? メアリーにこんな上級レベルの魔法使えるはずがないわ」

 そこでオルタははっとなって思考を巡らせた。それはメアリーがドラゴンを出現させる唯一の可能性に行き着いたからだ。

――まさか、本当に師が・・・・・・!?

 今になって師と会ったと言ったメアリーをあざ笑ったことを悔やんだ。メアリーは本当に師と邂逅を果たしていたのだ。だからこそ現状が再現出来ている。

 メアリーも驚きを隠せずにいたが、これが思い。自身と師が重ねたシナジーによって生まれた化け物。そう、言わばこれは二人の魔法に対する思いの結晶。それに魔法が答えてくれた結果だ。

「う、嘘よこんなの!!」

 余裕は完全に消え失せ、今は驚愕に満ちた表情が張り付いている。恐怖だけが今のオルタを凌辱している。

「これが師と私の思いよ、オルタ!!」

 オルタはドラゴンからメアリーに視線を移行する。

「師は言ってくれたわ。私が師の魔法を受け継ぎたいのなら、師はそれを精一杯応援してくれるって。だから私はこれからもこの魔法と共に世界へ羽ばたいていくわ。常に試行錯誤をを繰り返し、今よりももっともっとすごいものにこの魔法を飛躍させるわ!!」

 オルタは黙ってメアリーを見つめるばかりで何かを言い返す様子はない。

「オルタ。あなたにはあなたの選んだ魔法の道がある。だから今更師の魔法の下に帰って来てくれなんて都合のいいことは言わないわ。ただ、私と師のこの魔法に対する思い、あなたに伝わればそれだけでいい。食らいなさい!!」

 止まっていたドラゴンが突如として鼓膜が張り裂けそうな程の殷々たる咆哮を上げる。生み出された凄まじい疾風でオルタは吹き飛ばされるが、歯を食いしばりながら再び魔方陣による(シールド)を展開し、なんとかと言ったところで踏みとどまりを見せた。足場にめ再度魔方陣を張る。

 だが、それで安心しきるには程遠い。これからドラゴンがその身をもってオルタに二人の思いを運びに行く。

「キャァァァァァァァァァ――――!!」

 妖艶で落ち着き払っていたオルタからは想像もつかない絶叫が蒼穹へ波紋にように広がっていく。

 メアリーには容赦する気持ちは微塵もなかった。もしかしたらこの一撃でオルタが死んでしまうのかもしれない。けれども、これは思いなのだ。メアリーと師の気持ちが合わさった結果によって生み出された化け物なのだ。だからこそ、容赦は許されないと思った。

 ドラゴンは容赦なく凄まじい勢いのまま恐怖に打ちひしがれるオルタに突進した。

 猛々しいドラゴンとの衝突を免れず、助からないと諦観を決め込んでいたが、自然と総身を痛みが襲撃することはなく、寧ろその逆で、心地よい空間に包まれている不思議な感覚に誘われた。

 そこは薄い黄色な空間だった。四方に目を向けても色が変わるポイントは見当たらない。

気付けば自分が裸になっていることに気がつく。心地よかったのは肌でそのままを感じていたからかもしれない。

 今、自分が置かれている状況がオルタにはいまいち理解出来なかった。自分は慥かにメアリーと師の思いが生み出したスパーク迸るドラゴンに飲み込まれたはずだ。なのにどうして今はこんなに心地良いのか・・・・・・? と。

――そうか・・・・・・。ここが天国というところなのね

 ドラゴンの一撃と共に生を失い、天国に転送されたと考えれば今の状況と辻褄が合う。

 これはもしかしたら、自分を育んでくれた師を裏切り、他の魔法へ乗り移った自分への罰。そう考えれば不思議と後悔の念が襲ってくることはなかった。これはあくまで自分が選んで進んだ道。自分が選んだ結果に寄って引き寄せた結果。自分の意志で行動した結果に対し悔いがもし有ればそれはお門違いだ。オルタはゆったりとした空間に身を委ねながら瞼を閉じようとしたその時だった。柔らかくて優しい声が語り掛けたてきた。

「オルタ・・・・・・オルタ・・・・・・」

 包み込まれるようなその声にオルタは薄らと瞼を開く。声を主を確認するなり、信じられないと言わんばかりにサファイア色の光彩を見開いた。

「どうして師がここに・・・・・・!? あ、そうでした。ここは天国でしたね」

 直ぐさま納得が言った顔を作り、冷静さを取り戻した。

「いいや、ここは天国なんかじゃあないさ。君は死んではいない。寧ろ傷一つ負ってはいないさ」

「なら・・・・・・ここはどこですの?」

「そうだなあ、ここは言うなれば私の心が生み出した空間とでもいえばいいのかな。って言っても本当はドラゴンの腹の中なんだけれどね。ははは・・・・・・」

「師も嘘が下手ですわね。死んだことによる精神的なダメージを和らげようとして下さっているのかしら? それなら無用よ。私は現実を受け入れているのだから」

「信じて貰えないか。無理もないよね」

「それで? 師は裏切り者である私になんのご用ですの?」

「ご用ってほどのものじゃないけどさ。ただ一言、君に言っておきたいことがあって」

「なんですの?」

「オルタ。ごめんよ。君を満足させてあげられる魔法を伝授してあげられなくて。ある意味君が変わってしまったことは私の責任でもある」

 オルタは胸に手を当てながら抗議に徹する。

「い、いえそんなことはありませんわ。私が虚仮だったのです。師の作り上げた魔法の神髄を理解せず、古いだの使えないだのと自分勝手な理由を並べ、違う系統の魔法に入った私が愚かだったのです」

「いや、君の選択は間違ってはいなかったさ。そもそもな話、人生の選択に正解も不正解も存在はしないんだよ、オルタ。理由がどうであれ、自分の意志で選んだ結果なのだから、私に謝る必要などないのだよ。それに、創造した私自身この魔法を制御する自身がなかった。多数の未知を孕んでいるのはたしかで、それがどう転ぶのか皆目見当も付かない。このまま私の魔法の使用を続けていても不安や恐れ、そういった感情を色濃く植え込むことになったかもしれない。もし、選択に正解、不正解をつけるのならば、正解だったのかもしれないね」

「いえ、そんなことは決して」

「私は正直な話嬉しかったさ。君が違う系統の魔法に身をやつしたことを。それは更なる成長を遂げたい、もっと飛躍したいという君なりの欲求が自然と道を開いたんじゃないかな? メアリーは頑固なのか初志貫徹なのか、昔から私の魔法は素晴らしいからもっといろんな人に広めたいと言ってくれた。嬉しいことではあるけれど、私自身熟知していない代物を広めることは勿論リスキーだ。けれど、それでも考えを変えずに同じことを言ってくれた。私はもう死んでるから無責任かもしれないけれど、魔法をメアリーに託してみたいと思う。私自身先を見据えられなかったものを、彼女なら見られる。そんな気がしているからさ。メアリーに荷担したことは謝るよオルタ。でも、私もメアリーと同じように魔法を失いたくなかったんだ」

「師・・・・・・私・・・・・・私・・・・・・」

 オルタの瞳からは澎湃と涙が溢れていた。師はゆっくりと近づき、子供のように泣きじゃくる弟子を包み込んだ。

「今の自分を悔やむなら、それもまた人生の醍醐味というものだ。今は思いっきり泣くといい。これからどうするかは君が決めることだよ。例えどんな道を歩んだって構わない。君の人生だ。私は陰ながら応援するよ」

「師・・・・・・」

「じゃ、私はここいらでおいとまさせて貰うよ。あんまり長居すると神様に怒られてしまうからさ。オルタ、今後の活躍に期待しているよ」

 その瞬間、泡のように師が溶けていった。師は最後まで柔らかな微笑を湛えたままだった。オルタは胸の奥底が熱くなるのを感じた。オルタはその場にくずおれながら嗚咽混じりの声を漏らす。

「師・・・・・・師・・・・・・」

 胸が痛い、涙が止まる気が全くもってしない。オルタは暫くの間、心が作り出したドラゴンの中で泣き続けた。

 自分を抱く姿勢で何続けた妖艶な少女が次に目を覚ました時には、先程と同じ空間空間に戻っていた。服はきちんと着ている。

 煌びやかなイルミネーションが足元を照らしており、斜め下には凜とした瞳を向けてくるメアリーがいた。そのいでだちからは緊張感がひしひしと伝わってくる。二人の思いが届いたかどうか、オルタの答えを待っている。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 暫しの沈黙が二人の間に生まれた。季節は初夏なこともあって、吹き抜ける自然風が気持ちいい。桃色のツインテールと流れるような黒い挑発を揺らす。

 オルタの表情には心なしか不安の色が溶けているかのように見える。

 それは、もしかしたらメアリーに見えたことがない涙を見られてしまった可能性があるからだ。しかし、それなら、全裸も、心安らかにな顔をしているところも、師と会ったところも見られていることになる。それを考えると、オルタは居たたまれない気持ちになった。

 けれども、メアリーは突き刺してくるように真剣そのものの視線をオルタに向けている。

 それを見る限り、ドラゴンの内部の出来事を知っているのは師と私だけなのでは・・・・・・とオルタは気休め程度に安心感を落とし込む。

 オルタはメアリーの視線に捕らえられている最中に一つの疑問を浮かび上がらせた。

 ――何故私が無傷なことに対して驚いていないのかしら。

 凶暴なドラゴンにオルタをは飲み込まれた。それをメアリーはきとんとその目で見ていた。だが、心配の色がその瞳にはなかった。あるのはオルタが無事であるという確固たる確信。最初はドラゴンが放つ迫力故にオルタが死んでしまうとメアリーは思ってしまった。だが、ドラゴンはあくまで思いの結晶が作り出したものなのだから、殺傷能力が備わっているとは思えない。そもそもな話、あの心優しい師が弟子であるオルタを殺すなど考えなくても分かることだ。

 だからこそ、メアリーは答えを求める姿勢と瞳で、解放されたオルタを迎えることが出来た。

 オルタは美しきサファイア色の双眸を伏せながら、自分なりに考えを巡らせる。ドラゴンはあくまで思いを伝える手段の形であり、殺傷力があるように見えたのはただのブラフ。

 それを考えただけで、薄笑いを零した。

 ――なるほど・・・・・・思い・・・・・・か。悪くないわね。

「メアリー。あなたと師の思いは私の心中までよく伝わりましたわ」

 艶やかな髪を宵闇に向けてかき上げながら、威風堂々としたいでだちでメアリーを見やる。

 人が変わったように急にそんなことを言うオルタにメアリーは安心と怪訝を同居させた表情を浮かべていた。

 オルタは特に師が創造した魔法と決裂しようとした点を謝罪する様子はない。オルタはいつだって矜持が高い存在である。涙腺の崩壊を見せられるのは師の前くらいなものだ。だからメアリー目の前で弱さを見せることは滅多にない。一度だけ悲鳴を聞かれてしまったが、今となっては然程気になっていないようだ。

 メアリーは未だに口を開こうとしない。まだ受けとるべき答えが完全体の域に達していないからだ。

 その意を汲み取ったのか、オルタはやれやれと首を振った。ここまで言ったのだから察してくれと行動が表している。

「思いの強さに免じて、私は師が創造した魔法を壊すことを辞めることにするわ」

 その言葉を受けて、メアリーはどこか拍子抜けした表情を浮かべていた。張り詰めた空気は完全にどこかへ消え失せ、自然と身体に掛かっていた力が空気のように抜けていった。

「な、なによ・・・・・・。どういう風の吹き回しかしら? 私を騙すつもり?」

 完全に脱力した姿勢を見せたメアリー。もう彼女に戦闘を起こす気はないだろう。

「別に。ただ、私もたった今師に会って来たところでしたから」

「オルタにも見えたのね・・・・・・師が・・・・・・」

「ええ。最初は疑ってしまってごめんなさい。私、あのドラゴンが顕現した時点で察することが出来ましたわ。メアリー一人にあんな膨大なものを出現させることなど不可能ですから」

 どこか不満げな表情を貼り付けているが、事実なので言い返す言葉が見当たらない。

「師は言っていましたわ。満足で出来る魔法を伝授してあげられなくてごめんと」

 心地良い疲労から来るような表情を暗い蒼穹に向けながら言い、更に続けた。

「でも、私が間違っていたわ。私は心の奥のどこかで師の魔法を見下していたのかもしれない。新しい魔法に手をつけてから私は慥かに成長している実感を得られたわ。だから、師の魔法には絶対負けることはない自身が根付いていたけれど、それは奢りだったわ。現に私は先程のドラゴンの突進に圧倒され、何もすることが出来なかったのだから。あんな醜態を晒すに等しい悲鳴まで上げて。滑稽もいいところね」

 悲鳴のことはもう気にしていないように思えたが、心のどこかで引きずっていたようだ。

「私はあのドラゴンの一撃をまともに食らったとたん正直死んだと思いましたわ。笑えるでしょう。自分が可能性がないと見切りをつけた魔法によって生を落とすだなんて。師は本当におしとよしですわね。こんな裏切り者など直ぐさま始末するなりすれば良かったのですから・・・・・」

 後半から鼻を啜るような嗚咽混じりの声に変化が生まれ始めていた。メアリーはその様子を見ながらただ、オルタ・・・・・・、と呟きを一つ虚空に落とした。

「けれどもそんな私を師は、見捨てるどころか優しく包み込んでくれました。違う魔法に手を染めた私に嬉しかったと言ってくれました。どんな道を進んでも応戦すると言ってくれました。そんな優しい師を裏切る様な行為を働いたりして・・・・・・本当に最低な女ですわ、私」

 メアリーの前では矜持を保っていたオルタが完全に涙を見せた。長い髪を使って上手く隠しているが、それでも隙間は生まれるし、嗚咽がかなり漏れているので最早隠そうとする行動自体に意味を見出していない。

「ねえ、オルタ。もうさ・・・・・・いいんじゃないかしら。強がる自分を捨てても」

 諭すような玲瓏とした声に反応し、黒髪に隠れていた美貌極まる容姿を見せる。その目元は完全に赤くなっており、瞳は完全に濡れている。

「オルタってさ。昔から無駄にプライドが高いというか、ミスをした自分を無駄に非難したりして、性格が、高貴なお嬢様のように思えたけれど。でもそれは全然違うように思えてきて、本当はただ強がりを吐いているだけなんだって、思えてきたわ。本当はセンチメンタルな一面を持っているのに、それを中々見せない努力っていうのはかなりすごいことだと思うわ。けれども、それって自分で自分を苦しめているのと同等なことじゃないかしら? 笑いたいときには笑って、泣きたいときには笑う。そんな人間として当たり前なことをせめて知人に見せるのも私は強さだと思う。泣いたほうがその苦しみを共有してくれる。助けてくれる。無駄に我慢して言わないのは、それこそ私は滑稽だと思う。だからオルタ。もう無駄に強い自分を演じる必要はもうないわ。自然に自分の感情が赴くままに進むのが一番よ。きっと師匠もそれを望んでいるわ」

「あなたにそんなこと言われなくても分かっていますわ。自分にひたすら嘘をついていることを。でも、それが私のアイデンティティーですもの。そう簡単に変えることはできないわ!! けれども・・・・・・」

 けれども・・・・・・のあたりから強かった語気が急に緩やかになった。

「師、そして認めたくないけれどメアリー。二人の思いを受けとってから、殻が砕けたかのように、自分が変わったような気がしましたわ。急に素の自分を出せたのですから。

 それと、まぁ、今更強がりを吐いたところでそれは無駄ってことね。現に私はこうしてあなたの前でわんわんと子供みたいに涙腺を崩壊させているのですから」

 あー、あーと何か吹っ切れたかのような、諦観のようにも聞こえる声を遙か虚空に漏らす。

「なんか、今までの自分が馬鹿みたいでした。一度は外れた道に又戻ってきたいと思えたのですから。最初から道を外れなければならなければ良かったなと、今更になって後悔の念に駆られたわ。なさけないわね」

「だからやめようよオルタ!! そうやって自分を滑稽だとか情けないだとか卑下するのは!!」

 一喝に近いその覇気のある口調にオルタは目を丸くした。

「オルタは自分がやってきたことが無駄だったって本当に思っているの? 違う魔法を習得したことが無駄だったって言い張るの?」

「メアリー・・・・・・」

「私は違うと思うわ!! 違う魔法を習得したってことはそれは師が知らなかった知識を会得したってことよね? それらと師の魔法を組み合わせればさまざまなバリエーションに富んだ魔法にすることが出来て、師匠が制御出来なかった魔法のヒントに繋がるかもしれないわ。オルタは師の魔法から離れている間。いろいろなことを勉強した。自分をもっと成長させたいと思ってやった行為を自らが無駄だったって言うなら、私は許さないわオルタ!! それはその魔法の民、そして成長を願って飛躍を試みた者への愚弄、侮辱に値するわ」

「―――!!」

 言いたいこと言い終えたのか、落ち着き払ったような態度に変わる。

「ねえオルタ・・・・・・。さっきまた戻ってきたいって言ったわよね? それってつまりまた一緒に師の魔法を使うってこと?」

 先程の大喝に似た声とは一転して急にしおらしい声を出した。

 オルタは答えない。先程叱責の言葉を受けた影響もあるのか硬い表情で沈黙を決め込んでいる。夜風だけがこの空間の音を支配している。

「そうしてくれるのなら、私としてはとても嬉しいわ。そのほうがこの魔法の可能性を引き出せると思うから。ねえ、教えて。オルタの本心を。オルタはどうしたいのかを・・・・・・」        「私は・・・・・・」

 一度言い淀むような姿勢を見せたが、意を決したかのように伏せ気味だった顔を上げた。

「私は、師の創造した魔法に可能性を感じることが出来ましたわ。今なら師が成し遂げられなかった制御出来ない向こう側を見られるきがするわ。だから・・・・・・」

 その凜々しい双眸はメアリーを捕らえて放さない。

「私も師の魔法を引き継ぎたいと思いますわ。師の魔法は師の魔法で他の魔法にはない゛何か〟を充分に孕んでいますわ。それを見つけられなかった私は虚仮でしたわ。けれども、そんな私がこれまで積み重ねてきたものが役に立てるのなら、無駄ではなかったわね・・・・・・。これは私の素直な気持ちから思い至った決断ですわ」

「オルタ・・・・・・」

「な、なにかしら?。その鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔は?」

「ええと・・・・・・何と言ったらいいのかな。オルタがそこまで素直になってくれるとは正直微塵にも思っていなかったか、反射的に驚いてしまったわ」

「なんですの、それ? ま、それもあなたらしいわね・・・・・・」

 怒りを見せるのかと思いきや、それを馬鹿馬鹿しいと判断したようで、フッと薄く笑いを落とした。

 メアリーは階段のように斜め上へ上へと魔法陣を展開。それらを踏み、徐々にオルタへ肉薄していく。

 オルタと同じ高さまでやってきたメアリーはすっと右手を差し出した。

「とりあえずお帰り、オルタ。そしてこれからよろしく」

 どこか気恥ずかしさを放出する仕草をオルタは見せたが、しぶしぶといった感じでその手を握った。

「ええ・・・・・・」

 とだけ零した。

 一度は離反したオルタが帰ってきてくれたことに対し、メアリーは安堵の表情を浮かべながら、内心で胸を撫で下ろしていた。

――オルタと二人なら、きっと大丈夫!! 見ていて下さい、師。

 そう心中で言いながら、師がいるであろう蒼穹を仰ぎ見るメアリーであった。


完結     

  


 

 


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