私だけ能力がない
目の前にあるニタニタと嗤う君の悪い笑顔。
額には温かい物が流れていて、それは頬を蔦ってコンクリート造りの床に零れ、体のあらゆる部分から流れる血と混ざり、血溜まりを作る。
血の独特な鉄の匂いと身体を包む熱は段々と意識を侵し始め、段々と視界が暗くなり、意識も朦朧としてくる。
目の前に顔が見えるのだから、きっと私は仰向けの状態で床に転がっている。
既に動かなくなった身体のせいで、仰向けなのかうつ伏せなのかを確かめることは出来なかった。
けどどうしてだろう。首から下の感覚が完全に無い。できる限り目を動かすと、そこに自分の背中が見える。
ああ、今はうつ伏せの状態だ。視界があるのは、首が180度回転してしまっているからだ。
「キモ……ヂ……イ……アハ」
とても自分の声だとは思えないその声と共に飛び出る熱い塊。それを自分の血塊だと気付くには時間がかかった。
滴る血が作り出した血溜まりは、段々とその面積を増やし、床を埋めてゆく。既に身体が浸かってしまう程の量があるのだが、まだその勢いは止まらなそうだ。
人の体が浸かるほどの量と言うことは、大体体内の血の10パーセントくらいだろうか。いや、もしかしたら全て出切っている可能性もある。まぁ、問題は無い。
この世界の人間は現実世界に比べて体内の血が多い。更に、血が無くなっても暫くは生きていける仕組みになっている。
だからきっと私が生きているのもそのためだろう。
「アハ……アハッハハハハッッハッハアアアアアア!」
何処から出ているのかわからない声。捻れた喉?それとも臍の辺りから切断された腹?
「ハハァ……ハァ……アアアアァァァァァアアアアアァァァアアア!!!」
化け物のような叫びは空間に数秒だけ響いた後、グシャッという音と共に途切れる。
直後にドサッという音が響き、その後の記憶は無い。
「アハハハハハァァァアアア!!」
「コイツ、首吹っ飛ばしたのにしゃべんのかよ……キモチワリィ」
赤く染まる視界の中に映るのは私の半分に切り裂かれ、バラバラになった上半身と下半身。
「ハハ……アハハ………あ、は………」
そこで私の意識はブツリと途切れた_______のだが。
「ハァ……」
私はゆっくりと目蓋を上げ、それとともに体を起こす。
昨日、正しくは今から10年後の昨日に起こったあの出来事は、今でもシッカリと目、耳、感覚に残っている。180度回り、その後切断された首の感覚。切断された身体の感覚。
鮮明すぎて、今もその「快感」に囚われている。
「アハハ……ふふっ」
震える身体を強く抱き締め、低く笑いを漏らす。
これは実験。永遠と続く実験。
条件を満たすと崩壊する世界で実験をするのは少々危険かもしれない。だが、世界は崩壊したらゲームのコンテニューのように、リスタートポイントから繰り返される。つまり、この世の中が永遠と無くならない訳ではないが、この世界は永遠と続く。
まだ名前がなく、何時だって「異世界」と呼んでいたこの世界。そろそろ名前をつける時期だろうか。
「繰り返し世界」。そのままになってしまったけど、私にはこのくらいしか思いつかない。というか、まず考える気がしない。
さて、この「繰り返し世界」は何故存在するのだろう。また、どうして私が異世界に存在しているのだろう。
異世界とは現実との関わりが無い世界。来るとしたら、現代日本やアメリカの最先端のVR技術を使って、フルダイブ型VRMMOを完成させ、使用する方法が1つ挙げられる。その場合、この世界の人間に限らず、生き物全てがVRMMOプレーヤーであることになるのだが、まず私はその方法を使っていないし、そんなはずが無い。とすると、私の使った方法である幽体離脱的な方法となるだろう。幽体離脱をして魂だけを異世界に送り込み、異世界で人間として生きる方法。それを聞くと難しいと思うだろうが、私の「形から入るためだけのコンソール」を使えば簡単にこちらへ来ることができるのだ。向き不向きはあるが。
だがこちらへ来たとしてもこちらの住人に追い出されるのがオチ。追い出されないようにするには、この世界の住人に認めて貰うしかない。
この世界の人間は基本的に優しいので、きっと受け入れて貰える。だけど生活するには無理があるので、一応私は「魔法店」を経営している。
私は魔法店を経営してお金を稼ぎ、この世界の住人に認めて貰うことでこの異世界に存在しているのだ。
あとは何故この世界が存在するのか。それは全くと言って良いほど不明なのだ。だが、1つだけ言えることがある。それは、「私中心に世界が廻っている」ということ。これはつまらない冗談ではなく事実。実際10年後の昨日に私が死んで、今日からまた世界がリスタートポイントからスタートしている。
そのせいだろうか。
この世界の存在は世界がリスタートポイントに戻る前、つまり繰り返しで得た記憶は削除され、覚えていないのだ。私以外。
私だけは___________
「私だけ能力がないんだよ!!!」
繰り返しで得た記憶が残ってしまっているのだった。