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色欲咀嚼音  作者: 水綺はく
3/11

寿司、みかん

「俺、涼子ちゃんが好きかも。」

 大学で顔を赤らめて言う学に新山絵里と多田真由子が呆れ顔で見つめる。

「あっそ。上手くいくといいね。」

いかにもどうでもよさそうに返す新山さんに学が、「お前って本当に俺の恋愛に興味ないよな。」と言っていじけた顔をする。僕と佳也はその様子を黙って見ているだけだ。

講義の合間に揃ったいつもの男女5人。

「新山も多田もいいよな、お前らには彼氏がいて!くそ、何で野郎3人だけ彼女が出来ないんだよ。ここは共学だぞ!?出会いの宝庫なはずだろ!共学!!」

喚く学に多田さんが冷たい視線を送った。僕だったら多田さんのその目線で凍ってしまいそうだ。

しかし気が弱くて決して言えないが僕だって新山さんと多田さんを見て、何故僕たちだけ……と思うことはある。新山さんには高校時代から付き合っている彼氏がいて、美人な多田さんにも別の学科のイケメンな彼氏がいるのだ。本当のところ、僕は二人が羨ましい。

「駆は?誰かから連絡来た?」

多田さんが僕を見て心配そうに尋ねる。

「いや…僕には誰からも連絡なんて来ないよ。」

謙遜なんかじゃない。本心だ。僕の心の傷はまだ癒えていない。

「駆は優しすぎるのよ!消極的だからもっと男らしさを見せないと!学と違って良いところもいっぱいあるんだからそこをアピールしないと!」

新山さんの強い口調に呑まれそうな僕の横で学が、おい!と怒りのこもったツッコミを入れる。

そのタイミングで僕の携帯のバイブが振動した。

「佳也!あんたは女子から連絡来ているの?」

多田さんの冷酷な視線が佳也へと注がれる。佳也は全く動揺する素振りを見せない。流石だ。過去に佳也と交際していただけあって、多田さんは佳也のことを恐らく僕たち以上に知っている。

二人の関係はとっくに終わっていて、今は仲のいい友人同士なのに僕はたまに二人を見ていてヒヤヒヤする時がある。今だって佳也を狙っている女の存在を知って多田さんが嫉妬しないか。とか考えてしまっている僕がいた。

「今のところ連絡が来ているのは……渡辺さんと小西さんかな。」

やっぱりだ。佳也の言葉を聞いて僕は落胆した。いや、落胆する必要なんてないのだ。こんなこと分かりきっていた。

「三人中、二人かよ!」学が声を荒げて、くそー!と叫んで頭を抱えた。

そのタイミングで僕は携帯に目を落とす。携帯画面を見た僕は心の中まで静まり返ってポカンとした表情を浮かべる。

「やっぱり佳也はモテるね。」

僕の隣で4人は会話を続けている。新山さんの発言に多田さんが腕を組んだまま、「当たり前よ。」と言う。

「佳也は女に困らない。ただこの男は時間にルーズだし、かなりマイペース。この男と付き合おうなんて勇者な女たちね。私なら絶対無理だわ。永遠に友達でいい。」

ドヤ顔で言う多田さんだが、もう一度言っておく。彼女は佳也の元カノだ。

佳也は多田さんの発言に苛立つわけでもなく呑気に携帯画面を見始めた。こんな時にまでゲームをやるのか…

僕は目を疑っていた。自分の携帯画面に浮かび上がった文字には芦田さんの名前が載っていたからだ。

--駆君♪昨日は楽しかったよ。暇な日あったら二人で遊ばない?最短でいつなら会えるかな?

彼女は僕を学か佳也だと勘違いしているのか。いや、そんなはずがない。駆君とは紛れもない僕の名前だ。

 昨日は楽しかったよ。

嘘だ、そんなわけないだろ。昨日の僕に女の子を楽しませる要因はゼロだった。

マイナスな気持ちばかりが先導して、僕の浮かれたい心はテンションただ下がりだ。とりあえず返信しなければならない。

--広田駆です。連絡ありがとうございます。僕はいつでも大丈夫なのでそちらにお任せします。

なんて業務的なのだ。返信した瞬間に自分の頭を叩いた。典型的なモテない男の見本文を可愛い女子に晒してしまった。だからと言ってこんな男が、サンキュ★連絡嬉しいな♪僕はいつでも大丈夫だよん❤笑と送ったら速攻でドン引かれるだろう。では男の連絡の正解は何なのだ。さじ加減が僕には分からない…

ウジウジ考えている間に芦田さんからの返信を伝える振動が携帯電話から伝わった。

画面を開いて返信内容を見る。

--こちらこそ返信ありがと!じゃあ、明日会いたいな!大学終わったら待ち合わせしよ^^

「まあ、でもモテ男の佳也ですら涼子ちゃんから連絡なしか……ってことは、もしかして涼子ちゃんは俺からの連絡を待っている……?」

考えるように顎を撫でていた学の表情が明るくなる。

「相変わらず超ポジティブじゃん。」 多田さんが呆れたように学を見る。

「駆。」

佳也に名前を呼ばれて僕は顔を上げる。目線を上げたと同時に佳也と目が合った。

「なんか携帯ばっか見て不安げな顔しているけど大丈夫?」

心配そうに、そして様子を窺うように慎重に尋ねる佳也の目。全員の視線が僕に集まる。もちろん学の視線も。

「いや……別に大したことじゃないんだ。」

慌てて弁明すると新山さんが、「どうせゲームしていたらレベルが下がったんでしょ?駆も佳也もゲーマーなんだから!」と言ってどうでもよさそうに彼女は自身の髪を撫でて携帯画面に視線を落とした。

佳也はそれを聞いて、「え?マジで?レベル下がったの?ってことは今、俺よりもレベル下?」と瞳を爛々とさせている。僕はそれに苦笑して何も言わずにその場を誤魔化した。



--遅くなってごめんね!あと五分で着く!!

 翌日の午後、大学の講義を終えた僕は駅前で芦田さんを待っていた。

芦田さんは七分遅刻するらしい。ドラマに出てくる可愛い女の子がやらかす典型みたいな理想の遅刻をした彼女に感心する。

少しの間、待っていると僕の目の前に遠くから芦田さんが現れて僕の存在に気付くと笑顔で手を振って駆けてきた。走ってくる眩しい彼女を眺めながら僕は芦田さんを一瞬、天女が舞い降りたのかと勘違いしてしまった。

「ごめん、遅くなって!」

謝る芦田さんに、「全然大丈夫。」と返して控えめに笑った。

いいんだよ。可愛い子は異性と会う時に遅刻をするのがマナーだと小さいころからアニメで学んでいるのだ。そこら辺の教養は無知な僕でもテレビのお陰で身についている。

「これからどうしますか?」

僕がまた控えめに尋ねると芦田さんは嬉しそうにこっちを見て言った。

「寿司が食べたい!今すぐ!!」

……マジですか? 僕の背中を冷たい風がひゅーっと吹いた。

ポカンとする僕の腕を芦田さんが掴んで、「早く行こう!」と言う。腕の掴み方は恋人風ではなく、どちらかというと所有物を持っている感じだった。僕は彼女のぬいぐるみ?そう思いながらも芦田さんの笑顔を見ていると心が浮かれて気づけば流されていた。そしてハッとした時には駅前の回転寿司でファミリー席に芦田さんと向かい合わせでグルグルと回る寿司を眺めていた。

「何食べる?私はねープリン・ア・ラ・モード!」

寿司じゃない!いきなりデザート!女の子はデザートが締めなのではなくデザートが食事になってしまうのか。

「駆君は何にする?」 嬉しそうに尋ねる芦田さん。話さなければ。芦田さんのためにも。

「……芦田さん。」

「同い年なんだから下の名前でいいんじゃない?私の下の名前覚えてる?涼子だよ!」

「……涼子さん。」

芦田さんから涼子さんと呼べるようになった。ゲームで言う、僕のレベルが0.5上がった気分。

「これは涼子さんのために言っておきたいんだけど…僕は人前であまり食事をしたくないんだ。」

大分勇気を振り絞った、僕にしては。膝の上に置いた手をグーのまま、ギュッと握る。

「何で?」

涼子さんに速攻で言葉を返された。また僕の番だ。

「……僕は食べる時に咀嚼音が鳴っちゃうんだ。それは人を不快にするから、涼子さんも気分を悪くすると思う。」

これ以上、何も言いたくない。これが僕の正直な気持ちだ。そっとしてほしい。過去に何があったのかなんて何も聞かないで。

緊張して冷や汗がドッと出てきた。体が芯まで冷えていくようだ。

涼子さんは僕をじっと見つめたまま、ふーん…としか言わなかった。その間に減っていく彼女のプリン・ア・ラ・モード。

すると突如、涼子さんがレールを眺めて流れてきたイカとマグロの握り、二皿を掴んで僕の前に差し出した。

「イカとマグロは好き?」

呆然とする僕をキラキラとした笑顔で尋ねる涼子さん。イカとマグロは好きですが人前で食べるのは嫌いです。そう返したいのに何も言えなかった。マイナスの気持ち以上に浮かれているのだ、きっと、実際、僕は。

頷いてマグロの寿司を手で掴む。赤身のマグロが蛍光灯の灯りを吸い込むようにテカテカと光って美しい光沢感を出している。

ごめんなさい。心の中で懺悔して口の中へと運んだ。

何故、人間は背徳感が強いほど幸福度が増すのだろうか。悪いと思っても食べてしまえば美味しくて快感が身体中を支配する。

くちゃっくちゃっくちゃっ……

聞かれたくない音を彼女は黙って聴いている。僕からすれば、鳴りつづけるおならを聞かれているのと同等の恥ずかしさが込み上げてくる。

涼子さんはプリン・ア・ラ・モードしか食べず、あとは僕が寿司を食べる姿をただ黙って眺めていた。そして時折、目を閉じてうっとりとした顔で頷いた。僕が寿司を食べ終えると涼子さんは僕の顔をじっと見て笑った。

可愛い。いや、そうじゃないだろ。

後悔の裏側で今まで感じたことのない高揚した気持ちが芽生えていた。僕は変態か…どうかしている……。

動揺する僕の前で涼子さんが笑顔のまま僕を見つめて尋ねた。

「良かったらこの後、私の家に来ない?」

……マジですか?彼女もどうかしている。

僕たちの横を皿に乗った寿司たちが優雅に流れている。BGMはゆったりと流れる寿司には似合わないパンクロックだった。破滅的な怒鳴り声が店内に流れ、その中で謎にピンクな雰囲気を放った僕たちは異色過ぎた。



「ねえ、食べて。」

 涼子さんはどうかしている。

僕たちは回転寿司を出て真っ直ぐに涼子さんの家へと向かった。

駅のすぐ近くにある涼子さんの住んでいるアパートは僕の住んでいるボロアパートと外観だけでなく中身も違っていた。僕の住んでいるアパートよりも広くて建物がしっかりとしていて、洋風で少しお洒落で、何よりも窓からの隙間風で身震いすることがなかった。

緊張している僕は何をどうすればいいのか分からず、彼女の家に行くまで自分から何も言葉を発せなかった。一方の涼子さんは喋らない僕の横で平然としていて、さっきまでと何一つ態度は変わらなかった。

家に近づいても、玄関の扉を開ける時も、家の中に入る時も、涼子さんは部屋の電気を点けて振り向くと明るい笑顔で、「どうぞ。」と言った。

「お邪魔、お邪魔します!」

僕はようやく発したこの短い言葉でも噛んでしまったのに涼子さんはそれを笑うことなく優しく頷いた。

涼子さんの部屋は涼子さん同様に完璧だった。きちんと整頓された部屋。物は多すぎず、それなのに殺風景ではなくて所々に女の子を感じさせる家具や飾りが置かれていた。

「あんまり広くないから椅子はないの。そこらへんに適当に座っていいよ。」

涼子さんの言葉に僕は部屋の真ん中に置かれた木製のミニテーブルの前に腰を下ろした。目の前には僕の実家よりも大きなテレビが置いてあった。そこで僕はハッとする。僕の背中には涼子さんの皺一つとない真っ白なベッドが置かれていて、そいつが僕の背中を監視しているような気持ちになった。するとただでさえ小さい僕の自信がミジンコよりも縮んでいく。

意識してはいけない。そう思えば思うほど、僕は背後でどっしりと構えている純白のベッドを異常に気にかけていた。

「はい、どうぞ。」

そのタイミングで涼子さんが僕の前に現れて声を発したため、僕はビクッと反応した。涼子さんの言葉でテーブルの上を見ると、そこにはコップに注がれた麦茶と共にみかんが三個も置かれいる。

「なんですか、これは?」

僕が尋ねると涼子さんは答えを出す代わりに僕に向かって、「食べて。」と言った。

いやいや、それはちょっと……どうして?

「涼子さん、さっきの僕の話聞いてた?回転寿司で言ったよね?僕は……」

僕が話している最中なのに涼子さんはみかんの皮をむき始め、剥き出しになったオレンジ色の果実を僕の前に差し出した。

「ねえ、食べて。」

どうかしている。本当にどうかしている。怪しげな笑みを浮かべる涼子さんを見て恐くなった。その反面、僕はそんな涼子さんを欲しいと思った。僕もどうかしている。

涼子さんの手から剥き出しのみかんを受け取って口の中に勢いよく押し込んだ。

噛んだ瞬間にジュルッという音が鳴ったと同時にみかんの汁が僕の顎から滴り落ちた。

気にせず噛み続けるとみかんの薄皮と中の果実がはじける音が響いた。

シャクッシャクッ、ジュルッ、ジュルジュルッ、シャクッシャクッシャクッ……

僕が食べていると涼子さんが突然、隣に来て、僕の手を握った。僕は内心、動揺するが懸命にそれを見せずに食べ続ける。

ジュルジュルジュルッ、シャクッシャクッ、クチャックチャッ……

!?

僕の食べる手と口が止まる。涼子さんが食べている僕の頬に突如キスをしたのだった。心臓がうるさい。鼓動が速過ぎてどうにかなってしまいそうだ。僕の頬に当たる涼子さんの柔らかい唇の感触に体が硬直している。

涼子さんが唇を離して、僕の耳元で囁いた。

「しようよ。」

あああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーー。

パニックだ。銃弾を撃ち込まれたような衝撃、電流をビリビリと流されたような痺れが走る。

僕は慌てて涼子さんから体を引き離した。これが正解だったのか全く分からない。ただ一つ言えることは、この後の僕は……つまらない男だ!!だからモテないって分かっているんだ!!

「付き合っていないのに……そんなこと出来ません!!」

僕はそう言って、床に転がった食べかけのみかんを拾った。そしてテーブルの上に優しくそっと置いて、すくっと立ち上がる。

涼子さんの顔を覗く自信はなかった。一度も涼子さんと目を合わせずに僕はその場を逃亡したのだ。

馬鹿だ。僕は可愛いと思っていた女の子にキスをされてセックスできる展開になったのにそれを放棄して逃げたのだ。こんな情けない男があるか……。

欲情しなかった訳ではないのだ。下半身はしっかりとそれそうなりの反応を示している。

それなのに……

冷たいコンクリートの地面の上を必死に走りながら、11月に汗をかいている情けない男の姿。

これが広田駆という女の子の誘いを逃亡という卑怯な手で下半身の反応と裏腹な行動をとった男だ。



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