賽は投げられた
「昇華ぁ!」
とある人物の叫び声に目を覚ます。その声は夢に出てきた少年の叫びだった。顔も分からず、名も知らない少年の夢を見ていた俺は今の時間を確認する。六時少し前という通常の起床時間にはまだ早いが二度寝出来るわけもなくベットからでて体を起こす。
「最近見んだよな、変な夢」
その夢にはいくつかのまばらなストーリーがあった。ダイジェストのように大まかなことしか見られず肝心な所で途切れる。まるでドラマやアニメの1話区切りのように夢から覚めるのだった。
「着替えるか・・・」
夢の続きも気になるが気にしても続きが観れるわけじゃない。朝の運動がてらに背伸びをしパジャマの上を脱ぎ、シャツに手を取った時だった。
「おっはよ〜お兄ちゃん!」
「・・・桃花、入ってくる時はノックくらいしろよ」
ノックもせずに部屋に入ってきたのは妹の桃花だった。明るめの緑髪の長いサイドテールと幼い顔立ちが特徴だ。アホ毛はない。
朝からこれでもかというくらいに高校のブレザー服を見せつけてきた。これで三日目だというのに毎朝こんなテンションで朝の挨拶をしにくる。そんな桃花に対して俺は呆れ気味な対応を返した。
「む〜、そんなことよりどう、似合う?」
その質問をされたのも3回目だ。1回目は普通に褒め、2回目は同じ返し方したら不満を出された。さて、3回目はどう返したものか・・・。
「・・・スカート短くないか?」
3回目の服装がやや違う事に気付き指摘する。前までは膝上丁度くらいだったのだが今は15センチほど上だ。勢いよく回りでもすれば見えそうだ。
「へーきへーき、これくらいみんなしてるよ?」
「そうなのか?まぁもっと短い奴もいたがな・・・お前の場合は別だ。見えたらどうする」
比較的活発な桃花は人前でも一目を気にせず活動するだろう。兄としてあんまりそういう目で見られたくないのだが・・・
「だいじょーぶ、ちゃんと・・・
と言いながらスカートを持ち上げた。
俺は咄嗟に目を後ろにやったが、チラッと黒い布が見えた。スパッツの類であろう。パンツが見えなければいいなどという意味で言ったわけではないのだが・・・
「あのな、そういう事をあんまりするもんじゃないぞ?」
「だいじょーぶ、ちゃんとわきまえてるから。する人は選ぶよ?それとも何?お兄ちゃんは妹に欲情するような変態なの?」
「な訳あるか。・・・それより着替えるから出てってくれ」
そう言って軽く桃花の肩を押し部屋から強引に押し出した。
途中不満のような言葉が小さく聴こえたが聴こえないふりをした。
朝から弄られるのは慣れてはいるがあんまりいい気持ちではない。仮にあの場面で変態などと認めたらそれはそれで気まずい空気になる。まぁ全く無いといえば嘘になる。しかし家族愛って言うものが強いのか、不思議と変な感情にかり立たれることはない。
そんな事を考えていた時閉じていたドアから独特のリズムでノックが5回された。この家ではドア越しでも相手が誰か分かるようノックの回数やリズムを決めている。ちなみに俺のノックは三回同じリズムだ。
「村田さんか、今着替えてるから後にしてくれ」
「いえいえもうお邪魔しているっす」
「っ!・・・村田さん、いい加減普通に入ってください」
ノックをしていたはずの村田さんは俺の背後に立っていた。
この人は家に住み込みで働いている村田さん。格好はいわゆるサラリーマンのスーツを着込んで居てネクタイまでしっかり止めている。
主な仕事は家の家事手伝い、それと忍びっぽい事だ。先程ドアから入ってこなかったのも忍びらしい事なのだ。
「いえいえ自分忍者ですから。普段から鍛練しておかなけばいけないっす」
一体何の鍛練なのかというツッコミはさておき、どう入ってきたのかは気になるところだ。ドアはもちろん空いていない。窓も空いていない。隠し扉の類もない。
「村田さんはどうやって入ってきたんだ?」
「実は桃花様が開けた時から居ましたっす」
仮にその発言が真実だとしても見逃すとは・・・
「これも忍者特有のスキルっす」
自慢げに村田さんは言い放つ。俺が物心つく前からいるこの人は家族同然扱いだ。しかし十数年経つのに全く容姿が変わらず二十代後半くらいに見えるのは何故だろう。これも忍者特有のスキルというのだろうか。
「それより桃花様から伝言っす。制服に着替えて明日のリハーサルするっす」
明日は高校の入学式がありそれの為のリハーサルをしたいとのことだ。尤も一キロもない距離で歩いていくつもりなのでリハーサルする意味はあまり無いと思えるのだが付き合ってやる事にした。
「おはようございます。時之」
「ああ、おはよう姉さん」
時之、それが俺の名前だ。
天本時之15歳。誕生日は9月7日。家族構成は両親はちゃんといる(仕事で基本的にいない)。
それと姉の優佳里と妹の桃花。住み込みで村田さんと後一人メイドのミカさんがいる。
メイドと言っても萌え系ではなく正しい意味でのメイドだ。清掃洗濯炊事その他雑務を諸々こなしてくれる村田さんよりも頼りになる人だ。服装はヴィクトリアンメイドという丈の長いワンピースが特徴的でいわゆる出来る女性といった印象が強い。この人は村田さんより長く居るらしいが見た目三、四十代から変わらないので実年齢は不明だ。
「今日は桃花ちゃんと制服デートでしたね。楽しんでいってくださいね」
「はは、まあそういう事にしておきますよ」
姉さんは俺より一つ学年が上、つまり今年度から二年生になる訳だ。それなのに対し既に生徒会副会長という座に就き学園内での権限や先生達への信用も厚い。その原因の一端は容姿端麗なことと分け隔てない仁愛を持つ優しい性格だからだろう。後でかい(何がとは言わないが)
長い黒髪のストレートヘアーに大人びた顔立ちと服装を変えれば社交界に相応しい人物であろう。まぁ実際そうなのだが・・・。
「今日の朝食は私も作ってみました。どれか当ててみてください」
朝食は洋風にパンとお菜にキャベツの炒め物とポテトサラダ、卵焼きだった。姉さんが作る料理は大抵が味付けがおかしいのだ。一言で言えば辛いの一言、自分のした基準で作っているのかとにかくおかしいのだ。
どの料理にも可能性はあるが敢えて可能性の低そうな卵焼きをチョイスした。口に入れた後有無を言わず水を飲み込む。どうやら当たりだったようだ。普通卵焼きというのは甘いイメージがあるのだが姉さんの料理には通用しない。ソフトクリームだろうが辛くなるだろう。
「美味しく頂けましたか?」
「ああ、相変わらず辛さは変わらないけどな」
こんな料理を何度も食べさせられていた俺は多少だが慣れていた。それでも辛いことは辛い。俺の舌が甘味を要求し買い溜めていたチョコレートに手をつけた。
「好きですね、チョコレート」
「ええ、まあ甘いもの自体は割と好きだから」
「しかしなぜチョコレートなのですか?甘味なら他にも良いものがあるでしょうに」
「自然と・・・かな。気がついたらこいつを毎日食ってないと生きてる心地がしなくなるっていうか・・・」
正直自分でもチョコレートを何故ここまで好きなのかは分からなかった。まあ好きな物に理由なんて対していらないのだが。
「何事も食べ過ぎは良くありませんからね。ミカさん、食器の後始末をお願いします」
「はい、お嬢様。ご主人様もお気をつけて行かれるように」
「ああ、いってくるよ。姉さん、美香さん」
食事を終えた後、歯磨きと忘れていた寝癖を直し玄関で待っている桃花の元へ向かった。
「おーそーいー!」
「悪いな、これでもやれるだけ飛ばしてきたんだぞ?」
「やっぱり行くんっすね?自分も同行するっす」
「村田inだね」
同行者に村田さんも加わるようだ。まあそれも仕事のうちの一つだ。忍のボディーガードという二つ名を自称している村田さんは、態度こそ真面目では無いが仕事自体はきっちりこなしている・・・はず。
「そんじゃあ行くか」
向かうは聖城学園高等部、エリートによるエリートを育てるための学園だ。
中等部からエスカレーター式で上がった俺たちは比較的簡単な試験という名の受験をし、この高校への入学を認められた。俺はここに相応しい人物になれるだろうか・・・いやなるしかないのだ。既に賽は投げられた。