はじまりの日 4
アルトは一瞬躊躇うもキースを探しにバロードの森に入った。
中は思った以上に暗く、静寂に満ちていた。
何かの視線さえ感じられない。
きっと入り口付近は騎士団によって魔物がいない為だろうと思った。
それにしても道がわからない。
普段行き慣れている森と違いこっちには初めて入る。
故にどこに何があるのかがわからない。
その時になってアルトはハッとした。
アルトは前後左右を急いで振り向いた。
「迷った…?」
「アオォォォォォォォォォォォォン!!」
その瞬間森に鳴り響いた雄叫び。
背中に寒気が走り鳥肌が立つ。
危険、逃げなければ危険!直様方向転換して走り出す。
迷っているがここで立ち止まっている方が危険であると本能が叫んでいる。
「ギャァァァ!?」
「キースの声だ!!」
走っているとキースと思える声が聞こえて立ち止まる。
そうだ何を逃げているんだ!何しに来たんだ!
俺はキースを、この世界で出来た友人を。
「助けるために来たんだよバカ!!」
声のした方向へ一目散に走るアルト。
入りながら深呼吸して叫ぶ。
「キースゥゥ!どこだぁぁぁ!」
と、遠くの方から明かりが一瞬見えた。
間違いなく初歩魔術、火系統のイグだ。
キースが目印にしたのか自衛の為に使ったのかは不明だが声の方向、魔術の光からしてその方向にキースがいる確率は大きい。
アルトは更に足に力を入れて走った。
キースは初歩魔術の火系統であるイグを使ってソレと戦っていた。
漆黒の体毛、この森と同じく赤黒い瞳を有した中型の魔物オータス。
外見は犬と似ているが口から火を吐く魔物である。
火を扱う為火系統には体制がありキースとは相性が悪かった。
「クソッ!クソッ!来んな!来んなったら!!」
イグを一工程詠唱にて連発するキース。
「求めるは火、イグ!求めるは火、イグ!求めるは火、イグ!!」
しかしながら魔犬オータスには焦げ痕一つついていなかった。
むしろ鬱陶しさから苛立ちすら感じられる。
「くそっ、こんな事なら水系統の魔術が最初に使えるようになって欲しかった…」
半ば諦めかけたときだった。
物陰から飛び出す人影。
それは紛れもなく。
「アルト!」
「キース無事か!?」
アルトは渾身を力を込めてオータスに向けて自身の右拳を振るった。
オータスはキャインと悲鳴を上げながら吹っ飛んでいった。
「ははっなんだ意外といけるじゃないか…」
アルトは自身の攻撃が予想外にも効いた事に安堵した。
しかし直ぐにキースの方に向き直ると手を取って引っ張る。
「痛い、痛いってアルト!」
「おお、すまんキース。じゃなくてなんで勝手なことをしたんだ!死にたいのか!!」
「…」
アルトがそう迫るとキースは黙ってしまった。
流石の本人も馬鹿なことをしたのだと理解しているようだ。
「帰るぞ、お前の父さんカンカンだったからな、覚悟したほうがいいぞ」
「う、うん…うう」
アルトを見て安心したのかキースはボロボロと泣き始めた。
キースの気持ちはよくわかる。
感情の器がこぼれてしまったのだろう。
アルトは黙ってキースの手を引いたまま歩き始めた。
しばらく歩いただろうか。
キースも泣き止み黙ってアルトについて来ていた。
「なぁ、アルト。言うなよ?」
「なにが?」
「泣いたこと…」
「誰が?」
「俺がだよ!」
「お前が?いつ?どこで?俺にはわからないなぁー」
「…これは貸しだからな。…ありがと…」
「…」
そんなちょっとした友情劇を繰り広げつつアルトは一つの真実を白状した。
「道知らない?」
「…はぁ!?じゃ、じゃあお前一体何を頼りに歩いてたんだよ!?帰り道知ってて前歩いてたんじゃないのかよ!?」
「お、お前こそ知らないのかよ!?」
「俺はあの魔物に襲われててそれどころじゃ…」
そう言い合いしていて二人は気が付けなかった。
最初に気がついたのはキースだった。
しかしその時には既に。
「アルト!!」
魔犬オータスがアルトの首元に噛み付いていた。
悲鳴を上げるアルト。
しかしそのまま地面に押さえ込まれる。
更に悪いのはオータスが一匹では無かったことだ。
噛み付くオータスをキースが攻撃しようとした瞬間に他に潜んでいたオータスがキースに噛み付いた。
瞬間的に確認してオータスの数は六、いや八だ。
必死に抵抗するも噛み付いてくる。
痛い、痛い痛い。
侮っていた、やはりかなわない。
さっきのは助走と不意をつけたから成功したんだ。
こんな不確かな力に驕るなんて。
あいつは全部一篇にあげると身を滅ぼすって言ってたけど使えていないんだったらそんなの関係がないじゃないか。
ああ、キースの奴頑張ってるなぁー。
泣きじゃくりながらも必死にやってやがる。
お、偶然にもキースの腕が一匹のオータスの口に突っ込まれて火系魔術で背中が吹き飛びやがった。
やるじゃん、と、目があった。
ぐしゃぐしゃの表情、引きつった笑い。
あいつ…この状況で笑ってやがる。
さっきの痴態を汚名返上と言わんばかりの行動だ。
かっこいいぜ…最高に…。
アルトは息を引き取った。