表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完】LIFE~君と僕の恋愛~  作者: 葉月ナツキ
8/36

4話 【幸福の在処】 1

 



「鈴葉、どこかに出かけようか」



 放課後デートをしながら、僕は提案した。

 幸せそうにドーナツを頬張っていた鈴葉は僕の言葉に手を止める。リスのように膨らんだ頬が愛らしい。

 僕はつき合い始めて以来、休日に彼女をどこにも連れて行っていないことを気にしていた。彼氏らしいことをしたい。それは僕から彼女に向けてのデートのお誘いだった。



「え?」



 僕の言葉に彼女は首を傾げた。



「いや、二人でどこかに行かないかなー、と思ってさ。行きたい所はある?」



「私、観たい映画があるの!」



 彼女は満面の笑みで答える。



「じゃあ、その映画を観に行こう」



 彼女の提案に僕は笑顔で頷く。指切りを交わし、一週間後、会うことを約束した。

 当日、僕は彼女と待ち合わせをした場所に立っていた。



「鈴葉、おはよう」



 約束の時間から十分ほど経ったところで、遠くから走ってくる人影が見えた。



「ごめん! 待った?」



 息を切らせながらやってきた彼女は額に汗をかいていた。



「いや、僕も今来たところだから」



「そっかー……よかったぁ」



 僕の言葉に彼女はホッと息をつき、表情を和らげた。

 多少待っていたとしても、ここは彼女を安心させるのがマナーだろう。

 僕は彼女に優しく言葉をかけ、歩き出す。



「行こうか」



「うん!」



 鈴葉とつき合った、あの日を思い出す。

 無言になることはなくなったが、僕らの距離は一定に保たれたまま。触れそうで、触れない指先。


 手を……繋いだ方がいいのだろうか。


 僕は戸惑いながら機会をうかがう。

 あと少し。また離れる。

 じれったい気持ちを抑えながら、なかなか行動に移せない。

 堪えきれなくなり、彼女に視線を向けると、長い栗色の髪の毛が視界に入った。


 日本人離れした顔立ちに色素の薄いブラウンの瞳。地毛だという美しい栗色の髪の毛。

 鈴葉は母親が日本人とイギリス人のハーフで、父親が日本人という、クォーターという存在だった。

 彼女はそのことを少し気にしている。学校で何度か髪色の問題で呼び出されたりしたこともあるらしい。そしてその外見は見る者を惹きつける。

 実際僕もその一人だったが、彼女から事情を聞いて以来、あまり口にしないようにしていた。



「蓮くん?」



 じっと見つめる僕を不審に思ったのか、彼女は首を傾げた。途端に恥ずかしさに襲われ、慌てて目を逸らす。



「……な、なんでもない」



「変な蓮くん」



 僕は結局、彼女の手を握らなかった。握れなかった、の方が正しい。想像以上に彼女の存在は僕の中で大きくなっていた。


 彼女と生きたい。


 そんな感情が、僕の心に芽生え始めていた。




 *   *   *



 彼女が観たいと言っていた映画は、流行(はや)りの恋愛映画だった。

 ある日、大好きだった彼氏に(がん)が見つかる。彼女はそんな彼氏を必死に支え、看病する。

 しかし看病の甲斐もなく、彼氏は死んでしまう。彼女は現実を必死に受け止めようとしながら立ち直っていく。

 映画が終わり、辺りが明るくなった頃、鈴葉に視線を向けると、彼女はハンカチで涙を拭いていた。



「ふふっ……大丈夫?」



 僕は笑いを堪えながら声をかける。



「なっ! なんで笑うの!」



 彼女は途端に頬を赤く染めた。

 誤魔化したのはこれ以上深入りしないためだ。


 きっと僕も、この映画の男のように彼女を置いて先に死を迎える。彼女はその瞬間を迎えた時、強い心で恋人を失った悲しみを乗り越えなければならない。



「僕は心配してたんだけど」



「もー、からかわないでよー……」



「ごめんな」



「蓮のアホ」



 面白くない、という表情を浮かべながら、鈴葉は僕の腕にしがみついた。



「鈴葉?」



 彼女の突然の行動に戸惑いながら、僕は首を傾げる。



「蓮くんには、私がいるからね」



 彼女の言葉に、胸が締めつけられる。

 鈴葉も僕と同じことを考えていたのだろうか。

 僕は優しく彼女の髪を撫でた。


 映画を観終わった後、僕らは喫茶店に立ち寄ることにした。お互いにミルクティーを注文し、甘い味に舌鼓をうつ。



「鈴葉、映画の感想は?」



 片手でミルクティーを(すす)りながら僕は質問する。



「感動しましたよ? 誰かさんが笑わなきゃ、最高だった」



 彼女は両手でミルクティーを啜りながら、眉を寄せた。先ほど僕に笑われたことを気にしているらしい。頬を膨らませる仕草が、とても愛しく思える。



「号泣してたもんな」



「う、うるさい!」



「ははっ」



 笑った瞬間。僕の体を襲った猛烈な痛み。



「……うっ……」



「蓮くん?」



 気がついた時にはもう、痛みは過激さを増し、呼吸困難に陥る寸前だった。



「はっ……はっ」



「蓮くん!」



 慌てた彼女が、咄嗟に手を差し伸べる。

 次の瞬間、自分のとった行動に目を疑った。

 どうしてそんな行動をとってしまったのか分からない。鈴葉もまた、驚いていた。

 僕は差し伸べられた鈴葉の手を振り払ったのだ。



「……ごめん」



「……ううん! 大丈夫……」



 彼女は戸惑っていた。

 この状況は、以前見た夢と酷似していた。彼女の手を振り払う行為が、正夢になってしまったのだ。これから僕は彼女をこうして傷つけてしまうのだろうか。それはなによりも堪えがたい苦痛だった。

 最悪な結末を突き進む僕の妄想は止まることを知らない。



「鈴葉……ごめんな」



 荷が重すぎたのだ。僕のような人間に人を幸せにする力はなかった。それだけの話。



「蓮……くん?」



 (かす)む視界に、うっすらと映り込む愛しい姿。

 目に涙をいっぱいに溜めて、彼女は堪えていた。



「やっぱり無理だったんだ……鈴葉、別れよう」



 僕は椅子から立ち上がり、彼女の頬に触れる。悲しみを秘めた瞳は、潤んでいた。



「なんで……なんでよぉ!」



 ごめんね鈴葉。僕は本当に自分勝手だ。



「ごめんな」



 異常事態に周りがざわめき出す。数分後、到着した救急隊員の目に飛び込んできたのは、倒れ込む男の名を必死に呼び、泣き叫ぶ少女の姿だった。


 ねえ海愛。君はまた、泣いてるの?






次回の更新は明日になります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ