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【完】LIFE~君と僕の恋愛~  作者: 葉月ナツキ
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3話 【ねぇ神様、教えてよ】 2

 




「なんかあった?」



「え?」



 難しい顔をしていたのかもしれない。鈴葉が僕の顔を心配そうに覗き込んでいた。珈琲を啜りながら、彼女は注文したケーキにフォークを突き刺す。



「なんか、暗い顏してたから」



 放課後の喫茶店で、僕らは向かい合っていた。



「そうか?」



「うん」



 僕は考えていた。

 果たして彼女は、莎奈匯の話を信じてくれるだろうか。同じような悩みを持つ友達だと、割りきってくれるだろうか。どちらにせよ、このまま黙っていて誤解される方が厄介だ。

 そう考えた僕は、彼女に全てを打ち明けることにした。



「なあ、鈴葉」



「ん? なあに?」



 一呼吸置き、声をかけると、彼女は幸せそうにケーキを頬張りながらこちらを向いた。



「あのさ、僕の後輩に莎奈匯って奴がいるんだけど」



「女の子?」



 やはり気になるのだろう。彼女は口の中のケーキをのみ込み、真剣な表情で僕の言葉に耳を傾けていた。



「そうだけど、ただの後輩だから気にするなよ」



「私、そんなこと思ってないもん」



「顔に出てる」



 僕の指摘に、彼女は「もうっ」と口を尖らせた。



「そいつ、心臓病で、もう長くないんだ」



 彼女は僕の言葉を静かに聞いていた。そして、ゆっくりと口を開く。



「蓮くんと似てるんだね」



「うん」



 彼女は眉を下げて笑った。それは困った時の笑い方。



「その子には、蓮くんが必要なのかもね」



「僕が必要?」



 彼女の言葉に僕は首を傾げた。



「生き続けるための希望」



 僕の脳裏に莎奈匯の笑顔が浮かんだ。屈託のない笑顔が印象的だった莎奈匯が初めて流した涙に僕は未だ戸惑いを感じていた。



『優しく……しないで』



 莎奈匯の消えそうな声色が脳裏に焼きついて消えない。



「ちょっと妬けるな」



 鈴葉はミルクと砂糖をたっぷり溶かした珈琲を揺らしながら、呟いた。



「え?」



「私に病気があればよかった」



 彼女の言葉に僕はピクリと反応する。



「鈴葉、自分がなにを言ってるか、分かってる?」



 僕の言葉に彼女はハッと目を見開き、うつむいてしまった。



「……ごめんなさい」



 彼女は自分が言ってしまった言葉の重大さに気がつき、後悔しているように見えた。

 僕はそんな彼女に優しく声をかける。



「僕にとって生き続けるための希望は、お前だよ」



 僕の言葉に彼女はゆっくり顔を上げる。見つめ合った瞳はキラキラと輝いていた。吸い込まれそうな感覚に思わず視線を逸らす。

 再び鈴葉に視線を向けると、彼女は笑っていた。



「本当に?」



「嘘は言わない」



「そっか、ありがとう……」



 嬉しそうな、寂しそうな顏だった。そんな彼女の笑顔に、僕の胸は何度も締めつけられるのだ。




 *   *   *




 その夜、夢を見た。

 そこには以前に夢の中で出会った十歳の自分が立っていた。少年は気味悪く笑っている。



「どうして笑ってる?」



「キミこそ、どうしてそんなに強がるの?」



 目の前の少年は質問を返してきた。



「強がる?」



 強がってなんかいない。



「キミがそう思っていても、本質は変えられない」



 少年は僕の心を読み、間合いを詰める。僕は思わず後退(あとずさ)る。



「分かる? キミのせいで泣いている人がいるんだよ」



 大人びた表情は、少年の年齢と不釣り合いだった。



「僕が誰を泣かせたっていうんだ」



「バカだな」



 少年は即答した。笑顔は消え、まっすぐ射るような視線が僕に突き刺さる。睨みつけるかのような子供らしからぬ瞳に、一瞬怯んでしまった。



「……君の目的はなんだ?」



「救済」



 そう言って、目の前の少年は怪しげに微笑んだ。

 フッと短い溜息をつき、一瞬の隙をついて少年は僕の目の前に立ち塞がる。

 僕の鳩尾(みぞおち)あたりの身長の少年は、僕の胸に手を(かざ)し、触れた。氷のような冷たさが全身に広がる。



「ボクは僕を救済する」



 少年の顔色が急に悪くなった。



「なにを言って……」



「このままじゃ、キミは……ボクは死んでしまう」



「どうせすぐに死ぬさ」



 泣き出す少年の言葉に僕は即答する。それでも少年は僕の言葉が聞こえていないような素振(そぶ)りで言葉を繋げた。



「彼女のせいで、ボクは死ぬんだ」



「鈴葉が僕を殺すなんて、ありえない」



「いつまでそう言えるかな。キミはいつまでそうやって現実から逃げ続けるつもりなの?」



 少年の言葉を聞き終えた瞬間、僕の体に激痛が走った。



「うっ……ぁぁぁあああっ!」



 これは、そう。まるで心臓を抉られ、握り潰されているかのような圧迫感と苦痛。

 これは夢だ。

 分かっているのに、あまりに現実味を帯びた痛みに戸惑う。



「はぁっ……はっ」



 荒い呼吸に薄れゆく意識。

 少年は光のない真っ黒な瞳で、苦しむ僕を見つめ、泣いていた。



「こんな痛み、比べものにならないよ」



 僕は意識を失わないように必死だった。今、ここで目覚めてしまえば真実を知ることができなくなると思ったから。



「彼女につけられた心の傷はもっと痛い」



 僕は少年の言葉の意味を必死に考えていた。



「分かるだろう? 死の痛みが」



「死ぬのなんか、怖くないっ……」



「本当は泣き崩れたいんだろ? キミはいつも強がって生きているから」



「……」



 少年の言葉に僕は返す言葉を失ってしまった。

 自分のことは自分が一番よく知っている。

 少年の言っていることは事実だ。それは強がる僕の一番弱い部分だった。



「泣いてもいいんだよ」



 少年の姿が(かす)む。僕は意識を失う寸前だった。薄れゆく意識の中、少年が言った言葉の意味は、最後まで謎のままだった。



「ボクは僕を救済する」



 少年は再度呟く。僕の意識はそこで途切れた。




 *   *   *




「うっ……痛い」



 僕は全身の激痛で目を覚ました。ひんやりと冷えた汗が服を濡らす。

 そしてもう一つ。手の平のヌルリとした感触に視線を向け、僕は悲鳴を上げた。



「ひい! ……血が」



 吐血していた。目が覚めていくにつれ、口内に広がる鉄の味。真っ白だったシーツは血液の酸化で赤茶色に染まっていた。

 僕は一目散に階段を降り、洗面台の蛇口をひねった。

 水がヌルリとした血液を洗い流していく。



「おちない……」



 酸化で変色した血液はなかなか落ちてはくれなかった。

 必死に両手を洗い流していると、背後でドサリと物音がした。



「……母さん」



 振り向くと、洗濯物を落とした母の姿が目に入った。



「血、吐いたの?」



 母は冷静だった。手際よくこびりついた血液を落とし、汚れた衣服を処理していく。

 僕が吐血したのは、今回で三度目だった。



「蓮、病院行こう」



「うん」



 母の提案を拒否することなく、僕は素直に首を縦に振った。




 *   *   *



「櫻井さーん」



 名前を呼ばれ、僕と母が診察室に通される。

 生まれた時からお世話になっているかかりつけの病院は、何度来ても懐かしく感じる。

 消毒液の臭いに真っ白な吹き抜けの天井。

 何度ここに足を運んだのだろうか。

 診察室へ通されると、そこには優しく微笑む年配の医師が座っていた。

 生まれた時からお世話になっている僕の担当医、田辺(たなべ)先生。田辺先生は僕の姿を見ると目を細め、優しく笑った。



「蓮くん、また少し大きくなったねぇ」



「おかげさまで」



 僕は軽く頭を下げ、診察室の椅子に腰を下ろす。



「で? 今日はどうしたのかな?」



「血を吐いたんです」



 僕の背後から言葉を発したのは母だ。



「血を? そうですか……」



 田辺先生は母の言葉を聞くと、カルテを眺める。唸り声を上げながら、田辺先生は重い口を開いた。



「定期健診の結果と今回の結果は変わりないしな……。けどこれ以上薬を増やすことは良くないから現状維持で様子を見よう。苦しいだろう、ごめんね」



「いえ、ありがとうございました」



 田辺先生に頭を下げ、僕は久しぶりの診察を終えた。薬を貰い、母との帰り道。



「母さん、僕……厄介者じゃない?」



 母の歩幅に歩く速度を合わせながら、僕は質問する。母が動揺している様子は感じられなかった。



「そんなことないわよ」



「ふーん……」



 僕と母の会話はそれが最後だった。家に着くまでなにも話さず、帰宅した。


 時折僕を襲う鈍い胸の痛み。生まれた時からずっと一緒に生きてきた、痛み。


 ねぇ神様。もし本当に神様がいるのなら、生と共にこの試練を与えたのはなぜですか。僕は、泣いても許されますか。ツラくて苦しくて、本当は今すぐにでも死んでしまいたい。楽になりたい。それでも、生きる意味はあるのですか。ねぇ、神様。僕の苦痛はいつになったら消えるのですか。ねぇ、神様。いるなら教えてよ。







次回の更新は夕方です。

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