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【完】LIFE~君と僕の恋愛~  作者: 葉月ナツキ
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3話 【ねぇ神様、教えてよ】 1






 僕は夢の中、最初の余命宣告を生き抜いた十歳の自分と対峙していた。


 ――――苦しいよ、痛いよ。


 目の前の子供はひたすら泣いている。



「君は、誰?」



「ボクは、僕」



 目の前の子供は痛みにもがき苦しんでいた。



「大丈夫か?」



 苦しそうな表情を浮かべる十歳の自分。

 心配になり手を差し伸べると、少年は僕の手を振り払った。



「なっ……」



 青ざめたまま、口角を吊り上げる少年。 背筋に悪寒が走る。



「キミは、これから彼女にボクと同じことをする」



 彼女とは、鈴葉のことだろうか。

 少年は、僕が彼女の手を振り払うだろうと言う。

 そんなこと、あるわけがない。


 僕の中に、沸々と怒りが込み上げてくる。



「ふざけるな!」



 僕は怒りに身を任せ、自分自身に手をあげていた。

 快音が響き渡る。殴られた頬を擦りながら、少年は痛がる素振りも見せず、気味悪くニヤリと笑った。



「キミはそうやって、彼女を殴るのかい?」



 少年は僕に尋ねながら、コツンと(かかと)を鳴らした。

 僕は目の前の自分自身を険しい表情で睨みつけた。



「そんな未来は絶対にありえない!」



 少年に怒鳴り声を上げる僕は体中に大量の汗をかいていた。

 ガタガタと震え出す手足。なにがどうなっているのか、理解ができなかった。



「キミが、堪えられるはずがないんだ」



 目の前の少年は途端に胸を押さえ、苦しみだした。

 その光景を僕は何度も経験している。痛くて苦しい、僕の身体の悲鳴。



「僕は、絶対に堪えてみせる」



 次第に生気を失っていく目の前の自分。



「ボクは無理だと思う。あの子を想う気持ちが本物なら、やってみればいい。茨の道を、キミに歩む覚悟があるのなら」



 血の気が引き、青ざめた表情を歪ませる少年は、ポタリと涙を流した。同時に、少年の体から力が抜け、倒れ込んでしまった。

 僕は咄嗟(とっさ)に助けようとしたが、体が鉛のように重く、動くことは叶わなかった。

 悔しさで、奥歯を噛み締める。



「僕は絶対に堪えてみせる」



 次第に薄れゆく意識の中、僕は少年が最後に言った言葉の意味を考えていた。



『茨の道を、君に歩む覚悟があるのなら』



 その答えを求められないまま、僕の意識はそこで途絶えた。


 ――――君はなにを伝えたかったの?





 *   *   *





 目覚めると、いつもと変わらない天井が目に飛び込んできた。鳴り響く目覚まし時計が僕の意識を覚醒させてゆく。



「うわ!」



 布団を跳ね除け、飛び起きる。



「……なんだ?」



 寝ぼけ(まなこ)で辺りを見渡すが、どこを見ても異常はない。いつもと変わらない自室だった。



「夢か……」



 僕の体はびっしょりと濡れ、冷えきっていた。



「なんて夢だ……」



 現実を把握し、僕は安堵にも似た息を吐き出した。頭の覚醒を(うなが)すために、髪の毛を掻き乱す。

 正直、混乱していた。ありえないと分かっていながらも、言いようのない不安が押し寄せる。



「……顏洗おう」



 僕は眠気を覚ますため、洗面所へと向かった。病魔は足音も立てずに僕へと忍び寄っていた。その事実に、僕は気がつかない。




 *   *   *




 久しぶりに登校すると、変わらない日常がそこにあった。



「おはよう」



 今日は二学期の始業式だ。夏休みはアッという間に過ぎ去り、再び学校生活が始まろうとしている。



「おはよ!」



「寄るな。暑苦しい」



「うわ、酷い!」



 那音も相変わらずだ。少しだけ短くなった髪が、奴の印象を幼くした。



「そういえばお前、海愛ちゃんとつき合い始めたんだってな! 智淮から聞いた」



 ピクリと那音の言葉に反応する。彼女、という実感が、まだ自分の中には浸透していなかった。



「どうだっていいだろ」



「そんなに照れんなよ! あんまり可愛げねーと、愛想尽かされちゃうぜ? それともあれなの? 海愛ちゃんの前だとデレデレだとか?」



 僕の色恋沙汰に那音は浮足立っていた。



「違うって言ってるだろ!」



「あら、珍しい」



 那音の執拗(しつよう)な追及に堪えかね、僕は声を荒げた。

 血圧が上がるような行動は禁止。そんな言葉を思い出す。



「マジなんだな、お前がなぁ……」



 那音は珍しいものを見るような目で僕をジロリと見つめ、フッと鼻で笑った。

 首を傾げる僕に、那音は「頑張れよ」とだけ言い残し、自分の席へと戻っていった。

 僕の珍しい怒声に、クラス中から視線が集まっていた。しばらくじっとしていたが、ひそひそと聞こえてくる声に堪えきれなくなり、席を立った。

 向かう先は保健室。僕が途中退席することは珍しいことではなく、気にする人は誰もいなかった。




 *   *   *




「失礼します」



 ガラリと扉を開き、中へ入る。保健室はいつものように静まり返っていた。ベッドの古いバネが軋む音がする。



「あれ? 蓮、今日来るの早くない?」



 莎奈匯はいつものように特等席とも呼べる窓際のベッドから身を乗り出し、カーテンの隙間から顔を覗かせた。



「お前も十分早いだろ。先生は?」



「んー、さっき出ていったから、会議かな?」



「ふーん」



 莎奈匯と僕は、保健室でのみ会う友達だった。保健室以外の場所での会話はない。

 二年生と三年生では教室の階が違うのだから、これといって不思議なことではなかった。

 莎奈匯と出会ってから僕は、一人きりではなくなった保健室登校が少しだけ嫌いではなくなっていた。かと言って好きになったかと聞かれたら、そうではない。話し相手ができた空間に、ほんの少し安らぎを見出しているに過ぎなかった。



「でもさぁ、蓮って本当に頭いいよね! 頭良すぎて逆に常識なかったりして!」



 莎奈匯は笑いながらそう言った。



「頭がいいのは勉強してるから。あと、常識がないって言うな」



「え、なにそれ! じゃあ私に勉強教えてよ!」   


      

 ベッドから飛び起き、裸足に乱れた制服のままかけ寄ってくる莎奈匯。女、というより妹のような存在だった。



「宿題、一緒にやって? 提出期限が今週までなの」



 鞄を漁りながら莎奈匯は僕に頼み込む。

 数秒後、ドサリと机に置かれた分厚い紙の束に、僕は静止した。



「おい莎奈匯、これは……」



「はい! 夏休みの課題です!」



 恐る恐るパラパラと分厚い紙束をめくってみる。予想通り、どのページも全く手をつけていない状態だった。



「五百円」



「えっなに、お金取る気?」



「安いだろ。僕がこの分厚い紙の束、全部解いてやるって言ってんだから」



「えー、お願い! せめて半額に……!」



「嘘だよ。ペン貸せ」



 内容を確認するために僕は莎奈匯の課題をパラパラとめくりながら手を差し出す。

 彼女からシャープペンシルを受け取ると、僕は問題を解き始めた。



「蓮って意外と面倒見いいよね」



「意外と、は余計」



 カリカリと芯を走らせながら、僕はひたすらに問題を解いてゆく。



「ごめんってば」



 僕が座る机の背後にあるソファに腰を下ろしながら、莎奈匯は笑い声を上げた。バキッとシャープペンシルの芯が折れた時、背後の莎奈匯が大人しいことに気がついた。



 不審に思い、振り向くと、苦しそうな莎奈匯の姿が見えた。肩で息をしながら青白い顔を覗かせる彼女。初めて見る姿だった。



「はぁっ……はぁっ……」



 苦痛に表情を歪める莎奈匯。咄嗟(とっさ)に発作なのだと思った。



「おい、莎奈匯! しっかりしろ!」



 人を呼ぼうと僕は立ち上がる。椅子が倒れることなど気にせず、かけ出そうとする僕の手を掴んだのは莎奈匯だった。



「……待って」



「でもっ……」



 簡単に振りほどけそうな弱々しい力。莎奈匯は呼吸を荒げながら必死に僕の腕にしがみついていた。



「誰も、呼ばないでっ……わたしなら、大丈夫だから……」



 大丈夫。そう言いながら莎奈匯は笑顔を見せた。

 歪む笑顔に僕の胸が締めつけられる。

 苦しいはずなのに、必死に笑顔を見せる莎奈匯。その瞳からは生理的な涙が流れていた。



「いつものこと……だから……ほら、わたし心臓に病気があるじゃない?こんな発作、すぐ治まるから」



「もう喋るな、悪化するから」



 僕は莎奈匯の横に腰を下ろし、発作が少しでも(やわ)らぐように背中を擦っていた。

 人肌に安心したのか、彼女は「もう大丈夫」と微笑み、薬をのんでベッドに横になりたいと言った。



「ごめんね」



 莎奈匯をベッドへ誘導すると、彼女は困ったように苦笑いを見せた。

 莎奈匯の明るさは、精一杯の強がりなのだ。

 それは僕にとっての勉強と似ていた。自分を必死に守ろうとするその姿はまるで鏡を見ているようで胸を締めつけられる。



「どうして謝るんだ」



「だってわたし、気持ち悪いでしょ?」



 笑顔に力は感じられなかった。



「そんなことないから、安心して寝ろ」



 布団をかけ直してやると、莎奈匯は僕の方に向かって寝返り、微笑んだ。



「蓮は優しいね」



「うるさい」



「ふふ、いつもの蓮だ……もう大丈夫。ありがとう」



 莎奈匯はそう言うと、僕の体を押し退()けた。突然の行動に驚く。



「どうした?」



「一人にさせて」



 それだけ言うと、莎奈匯は僕に背を向け、なにも話さなくなった。

 僕は莎奈匯の頭を優しく撫でた。



「僕、端のベッドにいるから、苦しくなったら言えよ」



 僕の問いかけに、莎奈匯は答えない。

 しばらく返事を待っていたが、莎奈匯がなにも話す気はないのだと諦め、彼女のベッドとは真逆の廊下側のベッドに横になった。

 莎奈匯は声を殺して泣いていた。僕は彼女が泣いていることに気づいていたが、知らないフリをしていた。



「優しく……しないで」



 絞り出すような莎奈匯の涙声が、保健室に響いた。







次回更新は日付が変わったらです。

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