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【完】LIFE~君と僕の恋愛~  作者: 葉月ナツキ
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18話 【それから、】3

 




 その日の夜、私は優を寝かしつけた後、台所で二人分の珈琲を淹れ、リビングへと戻った。私から珈琲を受け取った神谷くんはすぐカップに口をつける。

 お互いに一息ついたところで、私は彼に声をかけた。



「ねえ神谷くん」



「ん?」



「私、神谷くんのことが未だに理解できない時がある」



「え、例えば?」



「性格とか、考えてることとか」



「あー、そうなんだ」



 神谷くんは私の言葉に曖昧な返答をし、手に持っていた珈琲を置いた。

 三十歳を目前に、私たちは決断の時を迎えていた。


 神谷くんはその瞳の奥に、なにを映しているのだろう。


 私は甘い珈琲をのみながら、神谷くんの様子を静かに見つめていた。緊張と、平穏が入り乱れる空間。私はカップの中でスプーンを回しながら時計に視線を向ける。針は二十三時を示していた。



「あっ……」



 少し動いた拍子にカチャリと音を立て、私の手元から珈琲スプーンが落下した。同時にこぼれた珈琲が床に茶色い染みを作る。その様子を呆然と見つめる私に神谷くんは心配そうに声をかけた。



「海愛ちゃん、大丈夫?」



「……え?」



「顔色も悪いし、もしかして体調悪い? こんな時間まで居座って、気を使わせてたなら俺、今日はもう帰「待って」



 立ち上がろうとした神谷くんの腕を咄嗟に掴み、私は彼を引きとめた。私の行動に、神谷くんは驚いた表情を浮かべていた。



「待って……帰らないで……そこに座って」



「う、うん」



 神谷くんは戸惑いながらも私の言う通りにしてくれた。

 秒針が時を刻む音を聞きながら、私は続く言葉を見つけられずにいた。優の寝返りを打つ唸り声にビクリと体を跳ねさせながら、私は拳を握る。大きく息を吐き出し、私は首から取り外したネックレスを机の上に置いた。

 チャームと指輪が通されたネックレスは時と共に色褪()せ、所々が酸化して変色していた。

 かつて、蓮がくれた私の宝物。

 私の行動に、神谷くんはなにも言わず机の上に置かれたものを見つめていた。そして大きな溜息をついて言った。



「これが……海愛ちゃんの答えなんだね」



 神谷くんの言葉に私は首を縦に振った。



「待たせてごめんなさい。でも私、決めたから」



 未練を完全に払拭した、と言えばそれは嘘になる。胸に抱えたこの想いは、きっと一生消えずに残るだろう。消すことができない思い出ならば、前に進むため新しい思い出を上書きしていくしかない。

 神谷くんは机の上に置かれたネックレスを手に取り、目を細めた。私はそんな彼の様子を不思議そうに見つめた。私の視線に気がついた神谷くんは、私の手を取り、ネックレスを握らせた。



「え、神谷くん?」



「俺、言ったよね? 君の過去も、君が櫻井に持ってる想いも全部受け入れてやるって。そんな泣きそうな顔させてまで、君にこの品を捨てさせたかったわけじゃない」



 神谷くんの言葉に私は自分が今、どんな顔をしているのか理解した。

 神谷くんは私に「思い出を殺すな」と言ったのだ。



「私でいいの? 私、もうすぐ三十路だし、子供もいるし……蓮のことも忘れられないままなのに」



 言葉の途中、私は突然訪れた人肌の圧迫感に驚いた。いつもは背後から抱き寄せる神谷くんが、私を正面から抱き締めていたから。



「海愛ちゃん、それに優がいなかったら、俺はきっとこの世にはもういないと思うよ。櫻井を苦しめたのは結果的に俺のせいだし、一人だったらきっと自分の過去すら乗り越えることができなかった」



「そんな……」



 私は一度、神谷くんの着替え最中に遭遇したことがある。その時、神谷くんの背中に刻まれた傷痕を見た。あまりに衝撃的で言葉を失ってしまった私に、神谷くんは悲しい目をして言った。



『ごめんね』



 あの時見た神谷くんの悲しそうな笑顔が頭から離れない。

 私はそっと神谷くんの背中に腕を伸ばした。



「海愛ちゃん、もう一度言わせて」



「うん」



「俺と、結婚してください」



「……はい」



 神谷くんの言葉に、私はゆっくり首を縦に振った。

 ねえ、蓮。これで良かったんだよね。私、間違ってなんかないよね?

 三か月後、私は神谷くんと入籍した。式は挙げず、私たちは新居で新たな生活を始めた。

 休日のある日、私の夫である(りく)くんは物置を漁り始め、一枚のDVDを手に戻ってきた。



「やっと見つけた」



「なにそれ?」



 ホッとした表情でDVDを手にする夫の姿に私は首を傾げ、彼の隣に移動する。優は隣の部屋で寝息をたてている。



「見たい?」



 もったいぶる彼に、私の好奇心が掻き立てられる。真っ白なディスクを見つめる私に彼は言った。



「俺は見るの二回目なんだけどね。海愛ちゃんはタオルを用意した方がいいよ」



「え、泣くような内容なの?」



「絶対泣く」



「えー、怖いのは嫌だからね」



「まあ見てよ」



 陸くんは、優しく私の頭を撫でながら笑う。

 数秒後、真っ黒な画面に映像が映し出された。










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