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【完】LIFE~君と僕の恋愛~  作者: 葉月ナツキ
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17話 【タイムリミット】1

 




 梅雨が明け、季節は夏。当初の予報では冷夏と言われていたが、異常気象のせいか、暑い日が続いていた。

 僕の日常はあまり変わらない。朝から夕方まで働き、自宅に帰る。


 変わったのは心の方だ。海愛の妊娠が判明してから、僕は以前より那音と会話をする機会が増えた。親になる大変さ、喜び。那音はそれらを沢山教えてくれた。

 数年前はこんな未来がやってくるなんて、夢にも思っていなかった。海愛に出会う前の僕は、暗いトンネルの中で希望を見出せずにもがいていた。

 時が経ち、僕は父親になろうとしている。


 生まれてきてよかった。


 僕が人生を振り返り、こうした喜びを感じることができるようになったのは、海愛の存在があってこそだ。

 海愛は妊娠を機に実家に戻り、両親と暮らしている。雨姫さんは大学を卒業後、中学校の教師をしていると聞いた。満ち足りた日々。こんな日常が続くのなら、どんなに幸せだろうか。

 僕は毎日に幸せを感じながら、同時に不安を感じていた。

 それは、僕に残された時間。僕は過去に二度の余命宣告を受けたことがある。


 一度目の余命宣告は、十歳の時。

 二度目の余命宣告は、二十歳の時。

 現在の僕は二十四歳。


 最初の余命宣告から、十四年の歳月が経過していた。僕の体は時間と共に変化している。二十歳を迎えた頃から僕を長年苦しめていた発作は嘘のように激減した。

 それはとても喜ばしいことだったが、考えてみれば不思議なことだった。生きることに精一杯で、自分のことを考える余裕がなかった。だからこそ、今になって悟ってしまった。

 これは、本当の最後だ。人は、死に近づいた時、通常では考えられない行動、現象を引き起こすことがある。


 言わば「生命が最期に()せる輝き」


 しかしこのままでは、これから生まれてくる我が子を腕に抱くこともできず、幼い子を抱えた海愛を一人置いて逝ってしまうことになる。幼い子を抱え、女手一つで生きていくことがどれほどツラく、苦しいことなのか僕はよく知っている。

 だからこそ、このまま手を打たず、この世を去ることが僕には許せなかった。幼い頃から決められた運命なら、最期まであがきたい。


 ねえ海愛……君は、そんな僕の決めた最期をどう思う? 泣き虫な君は、きっと泣いてしまうのだろうね。気の済むまで泣いたらいいよ。それで、君の気持ちが少しでも晴れるのならば。


 最期は、笑ってサヨナラしよう。


 かつて君と交わした約束を胸に、僕は今日も生きている。

 海愛の妊娠が判明してから、僕は殴られることを覚悟して海愛の家に出向いた。僕は海愛の父親の姿が目に入るなり、頭を床につけ、謝罪した。海愛との関係を認めてもらったとはいえ、結婚より先に海愛を身重にさせてしまった責任は取らなければいけない。



『すみませんでした。順番が違うと分かっています。なにを言われても僕は反論できません。責任をとらせてください。娘さんを、僕にください』



 殴られる。そう感じた僕の耳に聞こえた言葉。



『私はもう、海愛を君に預けたはずだが?』



『……?』



 僕は驚き、床につけた頭を上げる。



『言ったろう、もうお義父さんでいいと。確かに順番は違うが、私は君に娘を預けたんだ。それに、お互いもういい大人だ。頭ごなしに否定するよりは、祝福してあげたい。老い先短い同士、そう思わないかい?』

『ありがとうございます。お義父さん、本当に……ありがとうございます』



 そうして僕は、海愛の家族に認めてもらうことができた。

 その後、僕はまだお腹が目立たないうちに、と体調の安定した海愛を連れ、形だけでも、と二人で写真を撮ることにした。純白のウエディングドレスに身を包んだ海愛は、本当に嬉しそうに笑っていた。できあがった写真を持って、僕は海愛と一緒に母の元へ出向いた。

 写真を見た僕の母は、泣き出し、海愛を優しく抱き締めた。



「海愛ちゃん、ありがとう……ありがとう」



「えっと……あの」



「あなたは私の自慢の娘よ……無理はしないで、元気な赤ちゃんを生んでね」



「お義母さん……」



 これで、よかったんだ。


 僕は母の笑顔に満足そうに頷いた。



「蓮の母親になれて……本当に幸せよ」



 聞こえた母の声に、僕の瞳から涙があふれ出した。

 今までの僕は母に負い目を感じながら生きてきた。僕は生まれてこなければよかったのではないか。僕がいなければ、母は幸せになれたのかもしれないのに。そう思いながら生きてきた僕にとって、母の一言はまさに「救済」の言葉だった。


 これで、ようやく親孝行できただろうか。


 ねえ、母さん。僕、生まれてきても良かったんだよね? 母さんの子に生まれて、僕は幸せだった。今まで、沢山迷惑かけてごめん。最期まで、親泣かせのバカ息子でごめん。

 歪む視界に薄れゆく意識。その場に僕は倒れ込んでしまった。



「蓮……? ちょ、蓮、れん!」



 ああ、また君を泣かせてしまう。ごめんね、海愛。


 意識を失う寸前に見えたのは、今にも泣きそうな海愛の姿だった。そこで僕の意識は途絶えた。




 *   *   *



 目覚めた瞬間に夢だと分かった。見渡す限り白い空間が広がっている。ここがどこなのか、上下左右、東西南北、なにも分からない。

 目の前には、やはり十歳の頃の自分が立っていた。



「久しぶりだね」



「……ここは?」



 僕の言葉を無視し、少年は淡々と語る。



「ボクは僕を救済できただろう?」



「え?」



 少年の言葉に僕は首を傾げた。



「もう終わりにしよう……もう十分、ボクは足掻いたよ」



 そう言って、少年は寂しそうな表情を浮かべながら僕の手を握る。温かい、生きている者の手だった。



「ボクは誰かを傷つけることはない。誰かに殺されることもない。僕は自ら死を選択する」



 大きな瞳からポロポロ涙をこぼしながら、少年は言った。



「ボクは、ずっとキミの中にいたんだよ。ボクはキミの心。本心そのものさ」



 意識は薄れ、僕は現実世界へ戻る。

 目覚めると、見慣れた景色と薬品の臭いが感じられ、僕は深い溜息をついた。

 田辺先生と目が合い、思わず苦笑いを浮かべる。



「先生、ついに限界みたいですね。僕の体」



 不思議な気持ちだった。穏やかで満ち足りた感情が心に広がる。

 狂ってしまったのではない。僕は死期を悟り、考え出したのだ。最期の時間をどう過ごすのか。海愛に僕がしてあげられることは、あとどれほどあるのだろうと。



「なんだか随分すっきりした顔をしているね。なにかあったのかい?」



 田辺先生は手元で資料を見ながら言った。



「言ってませんでしたけど僕、父親になるんです」



「え、そうなのかい!」



 僕の言葉に先生の顔が緩む。



「だから……僕は悲しいんです。彼女を一人にしたくない……先生……僕、どんどん欲張りになってる」



 心電図の音が静寂に響く。僕は今、確かに生きている。その事実が、僕を最期まで突き動かすのだ。






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