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【完】LIFE~君と僕の恋愛~  作者: 葉月ナツキ
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1話 【終わり亡き言葉】 3

 




 待ち合わせ場所は近所の公園だった。



「あ、智淮(ちえ)! おーい!」



「那音! こっちだよ!」



 那音は自分の彼女を見つけ、かけ寄っていく。僕も便乗するように後ろをついていく。

 女子と会話をしたことがないわけではないが、今までのそれは事務的な会話に過ぎず、実際経験があるのかと聞かれたら、ないと言うしかない。

 出会いを(みずか)ら遮断してきた僕にとって、女子と休日に会うというのは大事件だった。

 使う用途がなさそうな参考書にチラリと目をやり、僕は肩を落とした。



「蓮、紹介する。彼女の(もり)(なか)智淮(ちえ)。オレたちと同い年だよ」



 那音の紹介に合わせて、智淮さんはペコリと頭を下げた。



「よろしく、智淮です! ていうか那音! 蓮くんめちゃくちゃカッコいいじゃん」



 智淮さんの言葉に、僕は思わず視線を下げた。



「初めまして、櫻井蓮です」



 頭を下げ、そのまま黙り込む僕。機嫌が悪いわけではないが、こんな時どんな会話をすればいいのか分からなかった。

 しばらく黙り込んでいると、智淮さんが思い出したように声を上げた。



「あ! そうだ、今日は友達連れてきたんだ! えっと、どこ行ったかな……あ、いた!」



 智淮さんは辺りを見渡しながら友達を探した。見つけたその人は、噴水の近くで(たたず)んでいた。腰まである栗色の髪にワンピースがよく似合う。遠目でも彼女は美しかった。



「呼んでくるね!」



 智淮さんが友達を呼びに行ったのが約三十秒前。そして今、僕の目の前に広がっていた

 のは、信じられない現実だった。



「……鈴葉、海愛さん?」



「蓮くん……どうして」



 視界に飛び込んできたのは、あの日、僕の傷ついた拳を手当てしてくれた女の子だった。

 どうして気がつかなかったのだろう。遠目でも分かったはずなのに。


 通常ありえないという先入観が僕からあの日の記憶を遠ざけていた。

 僕は、鈴葉海愛さんと再会した。



「え、なに? 知り合いだったの?」



 事態を把握していない那音と智淮さんは首を傾げる。途端に慌て出したのは鈴葉さんだ。



「あ、う、うん! ね?」



 同意を求められるまま、僕は反射的に首を縦に振る。那音の表情が途端に明るくなった。



「蓮……お前、やるな。見直した」



 心底楽しそうに笑う那音に、怒りが芽生えそうになった。



「勘違いするなよ、知り合いってだけだ」



「まだ、知り合いだろ? お邪魔しちゃ悪いからな! 智淮、行くぞ」



 奴の頭の中に勉強という本来の目的は残っていないようだった。


 なにを言っても無駄だ。

 そう判断した僕は反論を止めた。



「ちょっと那音?」



 事態がのみ込めない智淮さんは突然引かれた右手に戸惑いを隠せないようだった。



「デートしよう」



「え、今から? 今日は勉強するって……」



「あっちもいい感じみたいだし。オレらが邪魔しちゃ悪いじゃん? 智淮はオレとデートするの、嫌?」



 戸惑う智淮さんの顔を覗き込むように、那音は尋ねる。

 那音がモテる理由が僕にもなんとなく理解できた気がした。

 智淮さんは那音との距離に顔を赤らめながら、先ほどとは全く別の声色で呟いた。



「……嫌じゃない。行く」



「よし、いい子だ。じゃ、そういうことだから! 今日はここから別行動な! また学校で会おうぜ!」



 仲良く手を繋ぎながら遠ざかっていくカップルの背中を見つめ、残された僕と鈴葉さんはその場で呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしていた。

 破天荒(はてんこう)な那音の行動に、思わず僕の口から溜息がこぼれる。僕の隣で堪えられずに笑い出した彼女。



「なんか蓮くん、この前と雰囲気違うね。驚いちゃった!」



 僕は自分に向けられた花のような笑顔を直視することができずに視線を逸らした。



「まぁな」



 しばらくの沈黙。

 言葉足らずだったのか、彼女は不安そうに僕への言葉を選んでいた。チラチラとこちらをうかがう様子は、気を使わせてしまっている証拠。沈黙の間も彼女の焦りは真横で感じられる。

 堪えきれなくなり、僕は沈黙を破った。



「やることが突然過ぎるんだ、あいつは」



 少し大袈裟(おおげさ)に溜息をつくと、ようやく緊張の糸が切れたのであろう彼女の笑い声が聞こえた。



「智淮もね! あの二人はバカップルだから」



「僕もそう思った」



「初めて蓮くんと意見が合ったね」



 他愛のない会話。それでも彼女はとても楽しそうに笑っていた。

 初対面の印象は、変わった子。今の印象は、よく笑う子。



「鈴葉さんはよく笑うね」



 僕の言葉に彼女は先ほどまでの笑顔を曇らせる。

 なにかまずいことを言ってしまったかと考えていると、彼女は予想外のことを口にした。



「鈴葉さん、なんて……私が蓮くんって呼んでるのに変じゃない?」



「変かな?」



「海愛でいいよ。それがダメならせめて鈴葉。対等でいたいから」



 僕は、彼女にどんな返事をすればいいのか迷っていた。少し考えて、戸惑いながら答えた。



「じゃあ、鈴葉で」



「しょうがない、ぎりぎり認めよう!」



 鈴葉は途端にまた花のような笑顔を見せる。表情豊かな彼女に僕は惹きつけられていた。



「それともう一つ。これからは蓮くんの分も私が笑うからね」



 彼女の言葉に僕は首を傾げる。



「え?」



「アナタは全然笑わない人だから、私が蓮くんの分も笑うって言ってるの」



 途端に真剣な表情になった鈴葉。彼女に返答することもできず、僕は苦し紛れの言葉を絞り出す。



「まあ、色々あってさ」



「そっか」



 僕の返答に彼女はそれ以上の詮索(せんさく)を止めた。

 それが不思議でならなかった。本来なら、他人の秘密や不審な点を根掘り葉掘り聞き出したくなるのが女の(さが)だと僕は思っていた。人間ならある程度の詮索はするだろう。

 けれども彼女は理由を突き止めようとはしなかった。第一印象で感じた印象は、あながち間違いではなかったのかもしれない。



「聞かないのか、理由」



 僕が尋ねると、すぐに返答があった。



「聞いてほしいの?」



 思わず言葉に詰まる。



「いや、別に」



「話したくないんでしょう? なら、聞かないよ」



 彼女の言葉に、僕は呆れさえも感じていた。

 協調性が欠けている、という面では相性が良さそうだ。



「君、変わってるな」



 溜息混じりの言葉に彼女はニコリと微笑んだ。



「そう? ありがと」



「いやいや、褒めてないし」



 つくり笑いができないというのは案外ツラい。感情の表現方法を削られるという点で、僕のコミュニケーションに支障をきたす。

 もどかしくなり、自分の焦りを隠すように髪の毛をくしゃくしゃと掻き乱した。



「……蓮くん」



 風が僕らの間を吹き抜ける。しばらく風を感じていると、彼女から声をかけられた。



「なに?」



「私の友達になってくれる?」



 彼女は僕を気にしながら、申しわけなさそうに苦笑いを浮かべた。

 僕は鈴葉のお願いに一言。



「うん」



 そう返事をした。



「ありがとう」



 彼女は嬉しそうに笑っていた。



「そういえば、手の怪我は大丈夫?」



「ああ」



 彼女は絆創膏が貼られた僕の拳を見つめ、悲しそうな顔をした。



「大丈夫だよ、そんなに痛くないから」



「本当に?」



「うん」



「そっか、よかった……」



 僕の言葉に安心したのか、彼女は微笑んだ。


 その瞬間、僕の胸がチクリと痛む。発作の痛みかと肝を冷やしたが、どうやら違うらしい。彼女の笑顔を見ると、胸が、呼吸が苦しくなる気がした。

 異変を(さと)られないよう、僕は平然を装った。原因は分からないまま。


 ただ一つ。確かだったのは、その日の僕らは勉強のことなどすっかり忘れていた。






次回の更新は明日になります。

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