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【完】LIFE~君と僕の恋愛~  作者: 葉月ナツキ
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12話 【明日は、きっと】2

 




「じゃっ! 乾杯!」



 ガラスの擦れる音がして、生ビールが並々と注がれたジョッキが交わる。ネオン街の外れにある居酒屋で、僕と大志は足を止め、暖簾(のれん)(くぐ)った。慣れない場所に戸惑う僕を導くように、大志はどんどん先へ足を踏み入れる。

 数分も経てば、庶民的な空間にすっかり馴染む僕の姿があった。


 海愛は今頃、知らない男と食事をしているのだろう。

 酒を煽りながら、不安でなかなか酔えない僕。その横ではすでに二杯目の生ビールを注文する大志。


 海愛に会いたい。



「ん? 海愛? ああ、お前の彼女か」



 自分でも気がつかないうちに酔いが回っていたのだろう。心の声が自然と漏れていた事実に、僕は大志に愚痴をさらけ出すことを決めた。アルコールで気分が高揚していたこともあり、思ったままの感情を口にする。



「本当は、行かせたくなかったんだよ!」



 環境適応能力が高い大志は乱れる僕の姿を見つめながら話を聞いていた。そんな性格が、僕と仲良くなれた一因かもしれない。



「なんで行かせたの? 俺だったらそのまま押し倒して、行かないって約束するまで離さないけど? そんで歩けなくなるくらいには可愛がっちゃう」



「お前……見かけによらず独占欲強いんだな」



 平然と過激な言葉を発する大志に、僕は驚きの表情を浮かべた。



「は? お前も男なら、その怖さ知ってんだろ。出会い求めてる男の考えなんて簡単に分かるだろうが。そんなところに大事な彼女を送り出すかね……普通だったら行かせないね」



 言い返す言葉が見つからない。今になって後悔しても遅いのだ。

 僕は後悔を掻き消すようにのめないはずの酒を水のように流し込む。



「海愛は、僕以外に惚れたりしねーよ……」



 僕の言葉に大志は口にしていた生ビールを吹き出しそうになり、咳き込む。



「ははっ! 今度は惚気か」



「海愛は可愛いから、僕だけだから……大丈夫だと思ったんだよ」



 それから数時間後、僕と大志は完全に酔いが回った状態で店を出た。



「もう無理……気持ち悪い」



「お前はのみ過ぎ! 僕も頭が痛い」



 酔い潰れた大志を肩に担ぎながら、僕は大きな溜息をついた。



「ほら、行くぞ。ちゃんと歩けって!」



「うん……」



 肩に体重がのしかかり、大志を見ると、彼は穏やかな表情で眠っていた。



「はあ……こいつ本当に置いて帰ろうかな」



 途方に暮れながら半ば本気で考え始めた僕は、酔いで痛む頭を押さえる。ふと顔を上げた、その時だった。



「あ……」



 見てしまった。それは僕が一番心配し、一番見たくなかった光景。



「海愛ちゃん、今日は泊まっていかない?」



「いやいや、私、彼氏いるんで」



 海愛はコンクリートの壁にもたれかかりながら、神谷に迫られ顔をしかめていた。

 海愛の位置から僕と大志の姿は死角となり見えない。反対に僕の位置からは海愛と神谷の姿が見えてしまう。見たくないはずなのに、目が離せない。僕はその場で動けなくなってしまった。


 助けなきゃ。


 頭では分かっているはずなのに、体が鉛のように固くなり、動けない。

 近くにいる僕の存在を知らない神谷は、嫌がる海愛に誘いを続ける。



「大丈夫だよ……だって海愛ちゃんの彼氏、俺と二人きりだって知ってて今日来ること許してくれたんだろ?」



「それは、神谷さんが蓮の話を聞きたいって言っていたから……」



 海愛の言葉に神谷は笑った。



「海愛ちゃん。君は無防備過ぎるんだよ」



 蛇が這うように海愛の腰に回された手。


 やめろ。僕の海愛に触るな。


 感情のまま今にも殴りかかりそうになるが、頭痛のせいで動けない。他の男に愛する人が触れられているというのは、とても屈辱的な気分だった。

 瞬間、電車の音が二人の会話を掻き消す。

 海愛は笑っていた。神谷の言葉に満面の笑みを見せ、首を傾げる海愛。その瞬間、急に胃液が逆流するような吐き気に見舞われ、僕は顔を背けた。思考が完全に停止し、考えることをやめる。そのまま海愛たちと反対方向に大志を引きずりながら僕は歩いた。


 あんなことになるなら、大志の言う通りにしておけばよかった。


 肺が酸素を欲するが、うまく息ができない。

 僕は海愛の笑顔を思い浮かべ、奥歯を噛み締める。今になって現実味を帯びてきた事態が襲いかかる。

 なにも分かっていなかった。愚かな自分に腹が立って仕方がなかった。



「情けないな、僕」




 *   *   *



 次の日、目覚めると僕の携帯電話に一件のメールがきていた。


【おはよう蓮! 私もう神谷くんとはご飯行かない! 会いたいよ】


 海愛だった。僕は内容を確認すると、二日酔いで痛む頭を押さえながら携帯電話をベッドへ投げつけた。昨夜の光景が浮かぶ。

 僕はおかしいのだろうか。海愛の笑顔が他の男に向けられた、ただそれだけのことがどうしようもなく腹立たしい。



「失敗したな……」



 僕は勢い良くベッドへ沈み込んだ。




 *   *   *



「蓮、どうしたの?」



「いや……」



 数日後、僕の部屋へ海愛を呼んだものの、笑顔を向けることができなかった。

 自分でも嫌というほど分かっている。今の僕は嫉妬にかられた醜い男だ。

 僕は深呼吸をし、隣で心配そうな表情を浮かべる海愛を見つめた。そのまま彼女を優しく抱き締める。突然の行動に海愛の体は強張る。



「蓮?」



「ひとつ、聞いていい?」



「うん。なに?」



 海愛は大きな瞳を不安げに動かしながら僕を見つめる。



「あのさ」



「ん?」



「この前、たまたま近くでのんでてさ。見たんだ……その、お前と神谷が……」



 ハッキリ言うことができない。心のどこかで答えを否定したい自分がいる。

 海愛はそんな僕の様子に呆れたように眉を下げて笑った。



「あーあれ? あれはメールでもう会わないって言ったじゃない」



「でも」



「蓮、絶対なにか誤解してるでしょ」



 そう言って、海愛はあの夜の真実を話し始めた。




 *   *   *



 夜道、私は携帯を見つめながら言った。



「神谷さん、私もう帰りますね」



 帰ろうとする私の手首を掴み、神谷さんは笑顔を見せた。



「えーまだいいじゃん」



 力が強く、掴まれた腕を振り解くことができない。私は苛立ちを抑えながら、精一杯の笑顔を作る。



「ほら、もう遅いし……」



「海愛ちゃん、今日は泊まっていかない?」



「いやいや、私、彼氏いるんで」



 話を全く聞く気のない神谷さんに私は大きな溜息をついた。



「大丈夫だよ……だって海愛ちゃんの彼氏、俺と二人きりだって知ってて今日来ること許してくれたんだろ?」



「それは、神谷さんが蓮の話を聞きたいって言っていたから……」



 私の言葉に神谷さんはクスリと笑った。



「海愛ちゃん。君は無防備過ぎるんだよ」



 腰に回された手の感触に嫌悪を示す。



「君のことなんて、本当はどうでもいいのかもしれないよ」



 いい加減にしてほしい。

 私は堪えきれなくなり、眉間に皺を寄せ、声を荒げた。



「私は、彼に十分愛されてますから」



「それって、君だけがそう感じてるんじゃないの?」



「は?」



「体目当てとか」



 それはあなたでしょう? どうして私がここまで言われなきゃいけないの?



「俺なら、君の全てを受け入れるよ」



 神谷さんは私の耳元で囁いた。唇が近づき、お互いの息が感じられる距離になった瞬間、私は身の危険を感じ、顔を背けた。

 神谷さんは酔っている。正気でない相手にまともな会話ができるはずがない。

 私は次第に冷静さを取り戻し、満面の笑みで言った。



「ありえませんから」



 そう言い残し、私は神谷さんを置いて街へと消えていった。




 *   *   *



 昨夜の経緯を話し終えると、海愛は不安そうに僕を見つめた。



「私……蓮の彼女だよね? 邪魔なんかじゃないよね?」



 海愛の気持ちを考えると、どうしても胸が苦しく悲しい気持ちになる。僕は海愛を抱き寄せた。


「そんなはずないだろ」



 泣きそうになるのを必死に堪え、僕は海愛の背を優しく抱く。



「そうだよね……ごめん」



 僕はなんてことをしてしまったのだろう。結果的に、海愛を傷つけてしまった。



「ごめんな、海愛。もうそんな思いさせないから」



「うん……」



 君が愛しい。だからこうして些細なことで心が揺さぶられる。



「仲直りしよう」



 深い口づけを交わしながら、僕はきつく海愛を抱き締めた。

 いい加減な気持ちで一緒になったんじゃない。心に決めた本当の気持ちを、君の声で聞かせてよ。何度も。何度でも。



「大好き」



 何度でも聞いてあげるから。

 人生で最高の恋をした。いつかそうやって笑える日が来れば、それはどんなに幸せな未来だろうか。



「うう……蓮」



「泣くなよ……」



 僕は海愛の瞳からこぼれ落ちる涙を指で拭い、困ったように笑った。


 あと何度、君と愛を確かめられるのだろう。

 あと何度、君の温もりを感じていられるだろう。


 不確かな未来を想像し、僕は唇を噛み締める。



「愛してる」



 何度でも伝えよう。命が続く限りずっと。


 だからもう泣くなよ。なあ、海愛。










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