9話 【約束】2
華やかに盛りつけられた料理を口にしながら、母は僕に疑問の声を投げかける。
「これ、あんたが盛ったの?」
母の質問に僕は大きな溜息をついた。
「逆に聞くけど、息子がこんな盛りつけできると思うの? 海愛だよ」
「そうよねー本当、女の子がいると家の中が華やかでいいわね」
今日は母の機嫌がいい。母の笑顔に、僕も心の中で安心していた。
「海愛ちゃん」
「は、はい!」
突然名前を呼ばれ、海愛は慌てて口の中の料理をのみ込んだ。
「蓮から聞いてるかもしれないけど、この後ちょっと出かけてくるから、ごめんね」
母は二十時を過ぎた壁時計を指差す。
「えっと……」
「今日は泊まって行くのよね? 狭い家だけど、ゆっくりしていってね」
「え、泊まる?」
母の言葉に、海愛は目を丸くした。
「あれ、違った?」
首を傾げる母に、僕は呆れたように溜息をついた。
「母さん……」
「だって、ねぇ?」
「大丈夫だから、そういうこと心配しなくていいから早く飯食って準備したら?」
僕の言葉に母は苦笑した。和やかな雰囲気のままクリスマスの夕飯は終わった。
母が出かけた後、海愛は汚れた食器を片づけ始める。水仕事をする海愛の姿を見つめながら、僕は口を開いた。
「で、どうするの今日」
「え?」
泡だらけの食器を手際よく水で洗い流しながら、海愛は首を傾げる。冷たそうに時折手をすり合わせる海愛を見かね、僕は冷水を温水に変えてやる。
「ありがとう」
「いいえ。それよりさっきの話、家には連絡入れたのか?」
途端に赤く染まる海愛の頬。水音にかき消されそうな細い声で海愛は言った。
「と、友達の家に泊まるって言ってきた……」
「友達、ね」
僕は苦笑いを浮かべる。
嬉しいような、恥ずかしいような。まるで新生活を始めたばかりの恋人のような雰囲気に、僕は戸惑いながら頭を掻いた。
「お母さん、素敵な人だね」
「あんなに笑ってる母さん、久しぶりに見たよ」
「そうなの?」
「いつも、僕が心配かけてばかりだから」
「……ごめん」
暗くなってしまった会話に海愛は申しわけなさそうに肩をすくめる。僕は海愛の頭を撫でた。
「ひゃっ!」
「辛気くさい顏するなよ。それだけお前の存在が僕の家族にとって大切なんだよ」
海愛は嬉しそうに口角を緩めた。
「うん!」
「洗い物任せてごめんな」
「気にしないで! 泊めてもらうんだから、これくらいはさせて」
「ありがとう、助かる」
「えへへ」
「僕、先に風呂入るから。お前も風呂あがったら一緒にケーキ食べような」
「う、うん」
僕はそう言って浴室へと姿を消した。
海愛は黙々と食器洗いに専念した。
* * *
風呂を終えた僕は自室にケーキを持ち込み、箱から中身を取り出す。板チョコを海愛の皿に乗せると、海愛は嬉しそうに微笑んだ。
「じゃ、取り分けるね」
海愛はケーキを器用に取り分けていく。所作に見とれていると、顔を上げた海愛と目が合った。
「ん?」
「あ、いや、なんでもない」
「ふーん……ほら、食べよっか」
僕の前に綺麗に切り分けられたケーキが差し出される。
美味しそうにケーキを頬張る海愛の姿に思わず頬が緩んだ。
「お前、幸せそうに食べるよな」
「甘いもの大好きだもん!」
「あーほら、クリームついてるぞ」
海愛の頬についた生クリームを指の腹で拭うと、海愛は恥ずかしそうに下を向いた。
ケーキを食べ終え、のんびりとした時間を過ごしていると、海愛は思い出したように鞄を漁り出した。
「あ、よかった、あった」
その行動に首を傾げていると、海愛は綺麗に包装された小さな箱を鞄から取り出した。
「なにそれ?」
「クリスマスプレゼント!」
満面の笑みで両手の上にプレゼントを乗せ、僕の前に差し出す海愛。
「ああ、そうだ。僕も用意してたんだ」
僕は机の引き出しから細長い箱を取り出した。青いリボンで包装された箱を手渡され、海愛は不思議そうに首を傾げる。
「じゃ、一緒に開けようか」
「うん!」
せーの、と同時に贈り物の包装を解いた。
海愛から僕への贈り物は、腕時計だった。
「海愛、ありがとう」
「えへへ、どういたしまして」
銀色に輝く腕時計を見つめながら、僕は微笑んだ。
「私も、ありがとう、蓮」
海愛は受け取った贈り物を大切そうに両手で抱えた。
僕からの贈り物は、花のモチーフが施されたネックレス。
「つけてやるよ」
「うん、ありがとう」
ネックレスを受け取り、僕は海愛の背後に膝を下ろす。髪をかき上げ、金具を留めると、海愛の胸元に二つ目のネックレスが揺れた。
「邪魔じゃない?」
「いいの。蓮から貰ったもの、全部身につけておきたいから」
あまりに嬉しそうに笑うから、思わず抱き締めてしまった。
僕の行動に、海愛は嬉しそうに笑った。
「蓮、幸せだね」
「うん。幸せ過ぎて罰が当たりそうだ」
僕の言葉に海愛は声を上げて笑った。
「私と同じこと言ってるよ」
「バレたか」
「ふふ、分かるよ」
笑い合い、近づく距離。静寂が包む中、自然と唇が重なった。
「蓮、恥ずかしいよ」
何度か触れるだけのキスをして、離れていく唇に名残惜しさを感じながら顔を上げると、頬を赤らめる彼女の姿が目に入った。
愛しい。
心がその感情だけでいっぱいになる。
「僕はもう、お前がいないと生きていけない。ごめんな、重いだろ」
苦笑いを浮かべ、頭を垂れる僕を突然鈍痛が襲った。それが海愛の頭突きだと分かるまで、しばらく時間がかかった。
「いっ……た!」
「私は、蓮の全部まとめて受け入れるって決めてるの。それに……」
言葉を遮って塞がれた僕の唇。柔らかな感触に戸惑っていると、苦笑いを浮かべる海愛の姿が見えた。
「私も結構、重たい女よ?」
僕は自分に呆れ、溜息をついた。
なにを心配していたのだろう。海愛に人生を預けた時点で、全て分かっていたのに。
海愛を全力で愛すのが、今の精一杯だということに。
「ねえ……いい?」
海愛をベッドに押し倒しながら僕は優しく聞いた。頬を赤らめながら、それでもしっかり首を縦に振る海愛を確認し、再び唇を重ねた。
「大丈夫?」
僕の手の平に海愛は温もりを求めるように頬をすり寄せる。
これから何度こうして触れ合うことが許されるのだろう。
焦りと不安にかられる僕は海愛の存在を確かめるのに必死になっていた。
海愛は今、確かに生きている。この腕の中で、触れられるのだ。
その事実に酷く安心し、感じた女々しさに嫌気がさした。
「……愛してる」
涙を堪えながら声を振り絞る。僕の告白に応えるように海愛の両腕が僕の首にまわされた。そうして僕らは、一つになった。
* * *
カーテンの隙間から射し込む光で目を覚ます。肌寒さでシーツを手繰り寄せると、隣で眠る海愛が唸り声を上げた。
「んん……」
海愛の瞳が開く。目が合った瞬間、昨夜を思い出し、僕らは同時に顔を背けた。
「ごめん……その、体……大丈夫か?」
「大丈夫。なんで謝るの?」
海愛は頬を桃色に染めながら微笑んだ。
返す言葉が見つからないまま、僕は動揺を隠すように髪を乱す。海愛はシーツを纏った姿でベッドを下り、窓に向かう。
毛布に包まりながら動向を見つめていると、海愛はカーテンをほんの少し開けた。
「蓮、雪だよ!」
窓の外は真っ白な世界が広がっていた。
「寒いだろ、起きるなら服着ろよ」
僕は呆れたように溜息をつく。
素肌にシーツだけを纏った格好で、風邪をひかれてはたまらない。
海愛はクスリと笑い、再びベッドに潜り込んできた。
「ちょっ……冷たい」
「うわー! 蓮の足、あったかい」
海愛は体を丸め、温もりを探して僕に足を絡めてきた。
「だから言ったのに」
「ふふふ」
シーツごと抱き締めると、海愛の冷えた体が僕の体温を奪っていく。
「バーカ」
「えへへ、幸せ」
海愛は嬉しそうに笑っていた。




