6話 【守りたいもの】 2
僕は次の日も海愛の部屋に足を運んでいた。
「熱はもういい?」
「うん、微熱かな」
「そっか、早く良くなるといいな」
ベッドの端に腰かける海愛の隣に座りながら、僕は言った。
「……ありがとう」
海愛は僕の肩にもたれかかる。密着する肩にドキリと心臓が跳ねた。
「どっ……どうした?」
焦る声色を隠しながら質問すると、弱々しい海愛の声が返ってくる。
「……なんか、ボーっとするの」
「は?」
海愛の言葉に僕は一瞬にして冷静さを取り戻し、額に触れた。
熱い。
「お前、全然熱下がってないじゃないか!」
「微熱だよ……」
弱々しく返答し、へにゃりと笑う海愛。そんな彼女に僕は大きな溜息をつく。
「やっぱり僕、帰るわ」
「え、なんで! 大丈夫だって!」
しがみついてくる海愛の腕を振りほどき、僕は険しい表情を浮かべた。
「だめ。お前は僕が来ると全然休もうとしないし、元気なフリするし。完全に治るまで、会うのは止めよう」
「……さみしいの」
弱々しい声にグラリと思考を惑わされながら、僕は必死に心を鬼にする。
「治ったら、また一緒に遊びに行こう、な?」
「……うん」
僕の言葉に海愛は渋々頷き、大人しくなった。
「ちゃんと寝るんだぞ」
「はーい」
海愛の頭を優しく撫で、僕は部屋を出る。その瞬間、また咳き込む声が耳に届いた。
玄関まで来ると、見送りに来た雨姫さんが僕に不思議な質問をした。
「ねぇ蓮くん。あの子のこと、本当に好き? 愛してる?」
雨姫さんは真剣な表情で僕を見つめていた。
僕は向きを変え、しっかり雨姫さんと対峙する。
「はい」
雨姫さんの質問に即答する。僕らの間にしばらくの沈黙が流れ、壁時計が時を刻む音が響く。カチカチと規則的な音の中、雨姫さんは大きく安堵にも似た息を吐き出した。
「そっか!」
途端に笑顔を見せる雨姫さん。首を傾げる僕に対し、雨姫さんは再び真剣な顏で言った。
「海愛ね、本当に蓮くんのことが大好きなの。あの子が彼氏つくるなんて初めてのことだし、姉として心配でね。海愛を泣かせたら、許さないからね」
雨姫さんの言葉に僕の胸がチクリと痛む。
僕らの恋愛は、どう足掻いても海愛を泣かせてしまう結果になると分かっていたからだ。
「はい」
それでも僕は、まっすぐ雨姫さんを見つめ、宣言した。僕の返答に雨姫さんの表情が緩んだ。
「いい返事。気をつけて帰りなさい!」
「お邪魔しました」
雨姫さんは笑顔で玄関の外まで僕を見送ってくれた。
妹思いの優しい姉。幸せな家庭。海愛は平凡な幸せの中に生きていた。
そんな中に、土足で足を踏み入れた僕。
僕は海愛と一緒にいていいのだろうか。
それは何度も悩み、苦しみ、未だ正しい答えが見つからない難問。
海愛の幸せを願えば、すぐにでも離れてしまった方がいい。しかし僕にはもう、海愛のいない人生を生きていく自信がない。暗い闇の中、やっと見つけた眩しい太陽。光を追い求める姿は、灯りに群がる夜光虫のようだ。
僕は大きな溜息をつき、ポケットの中の指輪をそっと握り締めた。




