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【完】LIFE~君と僕の恋愛~  作者: 葉月ナツキ
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1話 【終わり亡き言葉】1

 




「蓮! お前またテスト一位だってさ! 普段どうやって勉強してるんだよ」



「真面目に授業を受けてるだけだよ」



「やっぱり頭の中身が違うのかぁ」



 高校三年生になり、早くも一学期の期末テストの時期を迎えていた。


 廊下に貼り出された成績表には人だかりができている。その一番上に記される名前はいつも同じ。

 櫻井(さくらい)(れん)。それが僕の名前。


 僕はこの世に生を受けてから現在まで死と隣り合わせの人生を歩んでいる。生まれつき心臓と体の免疫力が弱く、当初は十歳の誕生日を迎えることも難しいと言われていた。

 それが今や十七歳。医師から新たに告げられた命の期限は「二十歳」だった。


 医学の進歩のおかげで時折(ときおり)訪れる発作を除けば、同学年の生徒と変わりない生活が送れる。

 それでも僕は未来もなく、ただ死を待つだけの自分の人生が、虚しく、ちっぽけなもののように思えた。


 僕は入学する時、学校側から条件を出されていた。それは成績を常に上位で取り続けること。条件をクリアする代わり、僕には自由に授業を抜けて帰宅する権限が与えられていた。

 もちろん特例。いつ発作が起きるか分からない僕を最悪の結果にさせないため、病気のことを他の生徒に隠してほしいという僕本人の意思を尊重しての配慮だった。


 僕は特別なんだ。


 そんな考えが、僕と周りの人間との溝をさらに深めていた。



「努力なしでいい点が取れるはずないだろ? 僕は天才じゃないんだから」



「分かってるけど……なんていうか、お前に秀才のイメージがないから不思議でさ」



「は?」



「いつも授業の途中で帰るし、イメージとしては……不良」



「ふっ」



 これには思わず吹き出してしまった。

 実際、死に物狂いで勉強しているつもりはない。もともと勉強と相性が良かったと言ってしまえばそれまでだが、努力を怠った覚えは毛頭ない。


 激しい運動、心拍数が上がる行動は禁止。病のせいで禁止になったものの例を()げればキリがない。つまり僕にとって集中できる、そして高利益な行動が勉強だった。それだけ。勉強は嫌いではなかったため、それほど苦にはならなかった。



「なんだよ、笑うなよ」



「悪いな。僕がそんなイメージを持たれていたなんて知って、おかしくてさ」



 僕は自分を器用だと思っていた。器用に毎日やり過ごし、生活に困らない程度に友達もつくった。友達がいないと知ると、母が悲しむだろうから。

 全て、上辺だけのつくり物だった。



「今度、オレに勉強教えてくれ!」



「宿題写させてくれ、の間違いだろ?」



「うっ……それは」



 クラスメイトの真澄那音(ますみなおと)はバツが悪そうに言葉を詰まらせた。



「図星だったろ」



「まあな」



 やんちゃに八重(やえ)()を見せながら笑う那音。

 屈託のない笑顔に胸が締めつけられ、チクリと痛んだ。


 違う。この痛みは……発作だ。



「……ぐっ」



 体の異変に気がついた時、額にはうっすら脂汗が浮かんでいた。



「蓮!」



 慌ててかけ寄ろうとする那音の手を振り払い、僕は息も絶え絶えに言う。



「大丈夫だから……」



 大丈夫、大丈夫。

 自分に言い聞かせるように僕は呟き続ける。

 昼休みの教室の片隅で、誰にも気づかれないように僕はそっと息を潜めた。



「僕、午後の授業抜ける。先生には具合悪いから帰ったって言っておいてくれるか?」



「あ、うん……それより、本当に大丈夫か?」



 歯を食いしばりながら僕は、まだ程度の浅い発作と戦った。症状が重度になると、意識を失ってしまう場合がある。それだけは避けなければいけない。



「大丈夫」



 最後にもう一度だけ呟き、僕は荷物を持って学校を後にした。




 *   *   *




 足を引きずりながら梅雨(つゆ)が明けたばかりの通学路を歩く。真夏でもないのに尋常ではない量の汗をかく。キリキリと痛む心臓を押さえながら、僕は帰宅を急いでいた。

 有事(ゆうじ)の時は母を呼ぶように言われていたが、僕はその言いつけを守ろうとはしなかった。


 あわよくば、死んでしまえばいい。そうすれば、母さんも僕のような存在から解放される。

      

 そう思っているのに、死にたくないという自我が邪魔をする。矛盾した考えに、僕は血が(にじ)むほど悔しい気持ちを抱えていた。



「ちくしょう……」



 悔しさのあまり、気がつけばコンクリートの外壁を衝動的に殴りつけていた。


 じんわりと滲む血と痛み。加速していく虚無感。

 母の悲しむ顔が脳裏を(よぎ)る。


 母は若くして結婚し、僕を生んだ。息子の僕に障害があると分かってからも、母は僕を手放そうとはしなかった。僕が三歳の時、父は育児に疲れ果て、母とまだ小さな僕を置いて家を出た。そこから始まった母との二人暮らし。それから何度母の涙を見てきただろう。元から(なみだ)(もろ)い性格の人だったが、原因のほとんどは僕と関係していた。


 泣きながら母は「ごめんね」と繰り返し僕を抱き締める。


 僕が生きているから母が毎日ツラい思いをする。僕がいなければ、母は幸せになれたのかもしれない。今の僕には母を幸せにする力も、自ら消える決断もできない。

 なにもできない自分に腹が立って仕方ない。


 叩きつけた拳は脈打つように痛み、血が滴る。動かせるところを見ると、骨折はしていないようだ。



「はは、痛てぇや……」



 情けなくなり思わず笑みがこぼれる。同時に僕の脳内に主治医の言葉が再生された。



『本当に小さなケガだったとしても、君の体にとっては命取りになるかもしれない。傷口から細菌が入って、大きな病気に発展する場合もあるんだから』



 僕は血が滲む拳を前に呆然とした。早く止血をして消毒をしなくてはならないことは分かっているが、心臓の痛みと不安定な心が思考を鈍らせていた。



「どうしよう……」



 僕は道の片隅で一人、絶望した。その時。



「あの、大丈夫ですか!」



 天は僕を見放していなかった。



「……え?」



 滴る汗と荒い呼吸の中、振り向いた先には一人の女の子が立っていた。

 どうしてこんな時間に制服を着た女の子がいるのか、どうして僕のような人間に声をかけるのか、言いたいことは山ほどあった。一番印象的だったのは彼女の表情だ。目を逸らさず、不安そうな瞳をこちらに向けている。

 彼女はガサゴソと自分の(かばん)を漁り出した。その行動に僕は首を傾げる。



「手……大変!血が出てる……貸して」



「あ、はい」



 僕は言われるがまま血が滲む拳を彼女に預けた。



「えっと、あの……」



「止血します」



「え、あ、はい」



 彼女はテキパキと消毒を行い、止血していく。呆気(あっけ)にとられるほど流れるようにキレイな所作に、僕は見とれていた。



「はい、応急処置はしましたけど……一応病院に行った方がいいかもしれないですね。骨に異常があったら大変ですし」



 通りすがりの少女は僕の拳の手当を終え、額の汗を(ぬぐ)った。



「どうして……」



「ああ、私の母が看護師をしていて、私も将来そっち方向に行こうかな、なんて考えている「そうじゃない」



 彼女の言葉を遮って、僕は言った。

 さっき苦しめられた発作は、どうやら軽度のまま治まってくれたようだ。



「どうして僕を助けたの」



 僕の真剣な眼差しに、彼女は一瞬表情を曇らせる。その後すぐに返答があった。



「アナタを助けたいと思ったから」



 時間が一瞬止まった。爽やかな風が僕と彼女の髪を(くすぐ)り、かけ抜ける。

 微笑む彼女の眼差しに僕は目が合わせられなくなり、視線を逸らした。



「助けなくてもよかったのに」



 つい、可愛くないことを言ってしまった。



「でも、アナタは怪我(けが)をしてましたよね」



「まぁ、そうだけど……」



「道で青い顔した人が(うずくま)っているのに素通りするようなことはできませんよ、私」



 彼女は怒っているように見えた。



「ごめん。そんなつもりじゃなかった」



 自分のことで他人と深く関わりを持つなんて初めての経験だった。そのせいで素直にコミュニケーションがとれない。正直、僕は困惑していた。



「私も突然すみませんでした」



 彼女はそう言って、僕と同じ格好で道に座り込み、頭を下げた。



「ちょ、やめろよ!女の子に道端で正座させて頭下げさせるなんて、どうしたら……」



 僕の動揺した声色に気がついた彼女は顔を上げて笑った。



「じゃあ、おあいこですね!」



「え?」



「私もアナタに失礼なことをしました。アナタも私に頭を上げてほしかった……だからおあいこ」



 変わった子だと思った。


 彼女の言葉に僕は頭の中にあった言葉をそのまま口に出していた。



「名前」



「え?」



「名前、教えてくれないか?」



 彼女は僕の真剣な表情を見て、答えてくれた。



(すず)()()()。高校三年生です」



「同じだ」



 彼女の言葉に僕は驚いた。



「アナタも高校三年生?」



 彼女も驚いているように見えた。



「敬語、いらないよ」



「でも……」



「いいから」



 戸惑(とまど)う彼女に僕は首を縦に振る。

 いつものようにつくり笑いを浮かべればいいだけなのに、こんな時に限って表情筋が仕事をしてくれない。



「じゃあ……アナタの名前も教えて?」



「僕の名前?」



「そう、アナタの名前」



 彼女は微笑みながらそう言うと、眉を下げた。



「櫻井蓮」



「蓮くんね」



 初めての感覚に、緊張感を隠せなかった。



「あ、もうこんな時間!」



 彼女は自分の左手首に巻かれたピンクの腕時計を見つめながら声を上げた。

 僕は思わず体を反射的に跳ねさせる。



「時間?」



「急用で学校を早退してきたところだったの!ごめん蓮くん、またどこかで会えたらいいね!」



「ちょっ……」



 彼女は立ち上がり、長い栗色の髪を(なび)かせながらその場を走り去っていった。



「なんだったんだ……」



 初対面であんなに他人と対等に話したことも、優しくされたこともなかった。

 綺麗に手当てされた拳を見つめ、ホッと僕の口から息がこぼれた。



「あの子にお礼言いそびれたな……」






次回は夕方頃の更新予定です。

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