第九話 下準備と密談1
「ふざけんな! なんでこんな出来立てのダンジョンに吸血鬼がいんだよ!」
「叫ぶな、死ぬ時ぐらい静かにしてくれ」
「死にたくない、まだ死にたくないよぉ」
冒険者、捕まえてみた。
あれから三日後、また冒険者がやって来たので今度こそ捕まえてみたはいいが、男三人が喚いている状態となった。
年齢的にもまだ若そうなので、そんなにランクも高くないだろう。
実際に戦ってみても、以前来た彼らとのレベル差はそこまで無さそうに見えた。
「大丈夫大丈夫殺さないからさ、俺の質問に答えてくれればさ」
「んな嘘に騙されるわけねーだろ! クソ! 解きやがれ!」
俺の目の前でミノムシ状態になっている三人は、それぞれ不満を口にしている。
正直話が進まな過ぎて、俺もこいつらと話すだけ無駄な気分になって来る。
因みに、彼らをグルグルと巻きつけているのは、練習した魔法……の実践を見せてくれているカエによるものだ。
流石災厄の魔女、この程度は朝飯前どころか寝ていても出来そうだ。
話しが通じない人間と話すだけ無駄なので、俺は懐から一枚の手紙を一番冷静そうな人物の懐に差し込む。
「それを冒険者ギルドへ届けて欲しい……七日以内に届けなかった場合は、呪いで死ぬから気を付けてな」
死ぬと言う単語に反応した三人が、それぞれ怒ったり青ざめたり一つ重く頷いたところでコロコロ転がしてボス部屋の前に捨てる、勿論そこで解放してやる。
しばらくして扉を開けるとそこには誰もいなくなっていたので、彼らは無事にこのダンジョンから抜け出したのだろう。
「それにしても、アンタ本気であれをギルドに送るつもりなわけ? てか届くと思ってんの?」
「本気も本気に決まってるだろ、それに続けてれば誰かが届けてくれるとは思うけどな」
「しかし、まさか密談の誘いをダンジョンがして来るとは思っていないだろうな、奴らも」
「多分今までのダンジョンは、本当に人間の敵しかいなかったんじゃないか? 俺の目的は人間の敵である事だけどそっちよりもDPを稼ぐことって感じだしな」
「普通はDPは人を倒す事で得られる、大きく言ってしまえば副産物と考えるのが普通のダンジョンよ」
「だが俺達はたぶん違うだろうなぁ」
そう、地球から来た俺達は、人間に深い憎しみがあるのであれば別だが、そうでなければDPを稼ぐことを優先するだろう。
なにせ大規模召喚でただただ搾取されるだけなんて恐ろしい事にならない様にしなければならないと言うのは、目に見えている。
だからこそ、此方からある程度人間に搾取させてやって、本命のDPもそこで稼ぐ。
だからこその密書。
「だが、届いたとして本当に会談とやらをしに来るのだろうか」
「さぁな、流石にそれは情報不足で何とも言えないな……ただ本当に冒険者の事を考えているなら来るし、純粋に利益に目が眩んでも来るだろう、一番厄介なのは国に忠誠を誓っている場合だな」
国に忠誠を誓っていれば、話が大きくなりすぎて対応に時間が掛かり過ぎるだろう、それだと困る。
今すぐにでもポイントが欲しい俺としては。
*****
「……ギルマス、どうやら新しいダンジョンが出来たみてぇですぜ」
「あぁ、まさか呪いの洞窟にダンジョンが出来るとは予想外だよ」
「それにしても、例の手紙にはなんて書いてあったんで?」
何も言わずに手渡される手紙を受けとり、黙々と読み始める。
夕日が差し込む執務室。
下からは仕事終わりの冒険者たちの喧騒が聞こえてくる。
ゆったりとイスに座った女性と片目を眼帯で覆っている大男が居るこの部屋は、妙な静けさに見舞われていた。
事の始まりは、ひよっこ三人組が帰ってくる来るなり出した手紙。
そしてダンジョンを発見したと言う報告。
しかもその手紙をダンジョンマスターから預かって来たと言うのだから、こいつらは頭がおかしくなったんじゃないかと二人とも思った。
しかし、余りにも鬼気迫る表情で訴えかける彼らの事も無視できず、一応は手紙を預かったギルドマスターは、それに目を通してから執務室に背をもたれかけてゆっくりと目を瞑って考えていた。
眼帯の大男も手紙の内容を読んで驚愕に目を見開き、そして最初に思ったことは只の悪戯だと言う事。
だが悪戯ならばなぜここまでマスターが悩んでいるのか……もしやこれが本物だと思っているのだろうか。
いや、万が一本物だった場合どうすればいいのかを考えているのではないだろうと静かに見守っていた。
正直に言って、ギルドマスターもどうしていいのか分からなかった。
『ギルドマスターへ
この度私はこの洞窟にダンジョンを造る事になりました。
つきましては、各階層に出てくるモンスターの御相談、それによる初心者育成に関して密談をさせて頂きたいと思い筆を取らせて頂きました。
私は他ダンジョンとは違い特殊なダンジョンです、皆様とより良い関係を得られればと思っております。
ダンジョンマスターより』
こんなばかげた物は偽物だと灰さえも残さずに燃やし尽くしたかった。
しかしギルドマスターの脳裏には、昼ごろ受付でこれを渡してくれと鬼気迫る表情で訴えていた少年たちが過る。
何となく、これは信じなくてはいけないような気がギルドマスターの中に生まれた。
そしてその勘を信じて此処まで上り詰めた彼女は、これが本物である可能性は九割を超えるだろうと睨んでいた。
であれば選択肢は大きく分けて三つ、会談に応じるか、最高戦力を持って討伐するか、総本部に指示を仰ぐかのどれかになるだろう。
「……三つ目が最良、だとは分かっているのんだけどねぇ」
まるで体と脳が相反しているかのような感覚。
「……会ってみるか、ダンジョンマスターとやらに」
その返答に驚いたのは大男だ。
「正気ですかマスター」
「あぁ、アタイは正気さ」
「本部への連絡は……」
「ほっときな、本部の狸共は信用できない……あんたも分かってんだろ」
「……では、本部が裏で魔王と接触しているってぇのは」
「彼奴らは化かす事ばかり得意になっちまって、自分が化かされるって事を忘れちまってるのさ」
「……確かに、最近は冒険者が多くなったことで、調子にのってるとこはありやすねぇ」
「……各支部とは連絡を取ってんだ、此処で一歩優位に立って期を持つんだ……さぁてとりあえずはダンジョンマスターを片づけるよ、適当に見繕って明日の早朝に出発だ!」
その凛とした声に一つ頷き部屋を退出する大男。
その場にはもう先程の迷いは無く、ただただ楽しそうに微笑む女性が居るだけだった。