第四話 下準備と災厄の巫女2
災厄の魔女。
それは本にも書いてあった歴史上の人物である。
と言っても、その真偽は定かでは無く、お伽噺に出てくるような存在だ。
なにせ、前の世界で言う紀元前の話なのである、イエスキリストが神の御言葉を……とかそのレベルの昔の話として紹介されていた。
元の世界で、いきなりイエスキリストを復活させますか? とか出てくるくらいのお話しである。
しかもそのお話しって言うのが、
昔々、人々は戦いに明け暮れていました。
人々はとても悲しみ苦しんでいました。
そしてその戦争は、『災厄の魔女』を作り出してしまいました。
人々の悲しみと苦しみを背負った悲しい魔女は、人を全員殺そうとしました。
その世界と魔女を嘆いた女神は、人々に力を与えて魔女を倒しました。
しかし魔女は勇者を呪い言いました。
「お前たちがまた繰り返すなら、私はそこに現れるだろう」
人々は新たな一歩を踏み出しました。
ですが、魔女は何時でも現れるのです、悲しみと苦しみの嘆きを忘れた者の元に。
と言うなんともありそうな物である。
悪さをすると魔女がやって来て皆殺しにされちゃうよって言う、所謂教訓的な話だ。
そんでもって、そんなお伽噺の中に出てきた、人を皆殺しにしようとしたと語られている魔女の復活の是非である。
俺は迷わず水晶に触れていない手で、Noを選ぼうとした。
しかしそれは叶わなかった、どうやら手遅れのようである。
Noの文字が歪んだと思った瞬間消え、Yesのみが画面に残る。
「……うーん、まぁしょうがないな」
右手を離そうとしても離れない為、ここは腹をくくってのYesだ。
もーどーにでーもなーれっと。
Yesを押すと、一瞬温かな風がその場を通り、そして振り向く。
振り向くと、先程の黒い靄のような物が中央に巻き上げられる様に集まる。
そしてそれは人の形を取り出す。
足先……ブーツのような物から形になり、そしてどんどんと上に長って行く。
そうして現れたのは、白の部分が黒に染まった巫女服を着ている女性だった。
燃えるように赤い髪は腰まで伸ばされ、顔は凛々しい印象を受ける、可愛いと言うよりも美しいと言った感じだ。
そして肌は遠目にでも分かる透き通るような白とでも形容されるほど綺麗な物に見えた。
「……」
ぼんやりと辺りを見渡していた女性が、一点を見て動きを停めた……まぁ俺の所なんだけどね?
「ええっと、こんにちは?」
正直なんと声を掛けていいのか分からず、とりあえず挨拶をしてみた。
……自分でも引きつっている笑みなのは認める。
一瞬。
女性が消えて、俺の首筋に冷やりと冷たい何かが押し付けられる。
チラリとその感覚に従い冷たい感覚を追うと、自分の首筋に当てられている刃物……刀らしき物であると分かり、背中から大量に嫌な汗が噴き出る。
「お前は、誰だ?」
後ろから声がかかる。
いつの間に後ろにとか、何処から刀を、と言う疑問を飲み込み、その凛として声に応える。
「ロルフと言います」
「此処は何処だ?」
「俺のダンジョンになる予定の洞窟です」
「大陸のどの辺りだ、国は?」
「えっと、その辺りは俺も転移で来たので知らないです、確認の前段階でしたし」
「……封印の水晶があったはずだが、どうやって解いた」
「なんか、ダンジョンコア近づけたら解けました」
「……その羽は本物か?」
「そうですよ?」
「……災厄の魔女と言う名に聞き覚えは?」
「お伽噺の中でなら」
「なんだと?」
「二千年くらいまえに、そう言う人物がいたって、今はお伽噺になってます」
「……チッ、その羽が本物だと言うのなら、あのまま女神に介入されて世界ごと弄られたということか、あいつ生きてるんだろうな……生きてないと殺せない」
なんか自己完結してるけど、おっかないなぁ。
「あのー、そろそろこれ、離してほしいんですけど」
「断る」
「……」
「だがまぁいいだろう、お前は私の脅威にはなり得無さそうだ」
そう言って黒い靄と共に消える刀。
お前弱そうだしどうでもいっか、って事だけど、今はその弱さで助かった事を喜ぼう。
俺は安堵のため息を吐きだしながら、一歩だけ前に出た後クルリと向きを変える。
なんと言うか、その女性は俺を見下ろしながら何やら考え事をしているようで、腕を組みながらじっと俺を見ている。
「……男か?……女?」
「男です」
「そうか……それよりもダンジョンとは何だ?」
「え?」
「私の生きていた時代にいたのは人間だけだ、ダンジョンなどと言う物も無い、ましてや羽の生えた人間等知らん」
「ダンジョンと言うのは、まぁあれですね、人間の敵? みたいなもんですね、モンスターが湧いたり、罠が在ったり」
「ほぉ、それは面白いな、それでその罠やモンスターとやらは何処にいるんだ?」
「まだいないですよ、なにせそのダンジョンの核を設置しようとしたら、貴女が復活したんですから」
「……成程な、良くわからんがその時の事を詳しく話せ」
うんうんとうねっていた女性は、俺に事情を説明させながら、眉間に皺を寄せて行く。
「成程な、だいたいの検討はついたな」
「そうなんですか?」
「あぁ、女神の水晶によって封印されていたが、それでも私の魔力がその水晶を侵食していたのだろう、女神と言えど私も神の力を持つ巫女、そしてそのダンジョンコアとやらをきっかけに封印が解けたのだろう、お前が感じた力の本流と言うのは、私の……いや、私に力をよこした神の力だろうな……それにしても少し怠いな『ステータス』」
ステータスを見て更に考え込んでいる女性に、俺は更にひっそりとため息をついた。
んー、まぁ異世界に来れた事は感謝しているけど言わせてほしい、どうしてこうなった!
しかも、この世界に来てからため息ばっかだぁ、まぁ俺が望んだ事だから良いんだけど……いきなりこんなイベントが待ってるのはちょっと勘弁してほしね。
「どうやら、お前とは長い付き合いになりそうだ」
「は?」
「私はダンジョンの守護者になっている、しかもそのせいで元々の力が制限されているようだ、解決するにはダンジョンを強くすることと、ダンジョンポイントなる物を私に使う事、のようだな」
成程、それなら確かに長い付き合いになりそうだと言ったのも納得だ。
「むっ、そう言えば私の紹介をしていなかったな、私の名はカエだ、敬語は不要、裏切らなければ友好的だ、裏切ればそれに関わった者すべてを滅し絶望を見せる魔神の巫女だ」
「えっと、改めてロルフだ、よろしく」
それにしても、裏切り者に絶望と死を齎す魔神の巫女ってなんだよ、そもそも魔神とかいるのかよ。
そんな事を思いながらも、差し出された手に答えて握手を交わす。
「……そうだな、一応私にも災厄の魔女と魔神の巫女と言う事情がある、それを話しても良いか? もしかしたらロルフにも協力を頼む事があるかもしれん」