第二話 プロローグ2
……。
えっと、俺はいったいどうしたんだっけ。
辺りを見渡すと、そこは大きな洞穴の中のようで、その洞穴の中に丸テーブルがあり、それを事務椅子が囲っている。
自分が座っている物に目を落とすと、それは紛れも無く辺りにある椅子と同じだと分かる……あまりにも場違いなセットだと言う事も分かる。
改めて、一体俺はどうしたんだっけか?
たしか、悪戯まがいの面白い手紙が届いて、それに乗ってサインしてから……してから?
そこからの記憶が確かに無かった。
つまり、そこで俺は気絶するなりなんなりで、こんな所に連れてこられたと言う事か。
辺りを見渡すと、椅子の上に青い粒子のような物が集まって行き、そしてそれは人の形を取る。
パンと言う小気味いい音と共に現れたのは、骸骨だった。
俺は目を丸くしながらその骸骨を凝視、骸骨はカタカタと揺れながら当たりを見渡しているようだ。
その時俺はふと自分もあんな風に此処に連れてこられたのでは無いかと考えた。
だとすると、俺はあの如何にもな手紙にサインをして、本当に何処か別の、あの手紙が正しいのであれば異世界に来たと言う事になる。
気が付けば、手元は震え口元が緩む。
―――嬉しい。
俺の心を支配するのはその感情だった。
ふと俺は自分の目の前に、いつの間にか紙と手鏡が置かれている事に気が付く。
なんだろうかと鏡を手に持とうとして、はたと気づく。
あの骸骨はもしかしたら同郷の人かもしれない、そしてその同郷の人物が骸骨になって現れたのだとしたら……この手鏡に映る俺は、今迄の俺ではない可能性の方が高い。
そして、それを理解させるための手鏡ではないだろうか。
俺はゆっくり、ゆっくりとそれを俺の目の前に持ってくる。
覗き込んだ俺に、俺を見るその子。
手を動かしたり、首を振ってみても連動する……つまり、鏡に映っているこの子は俺と言う事だ。
……髪を撫でると、サラリとしたもので、それが肩まで伸びている。
目は深い青、髪は淡い水色、そして気が付かなかったが……背中には黒い羽が付いている。
モギュっと羽を掴んでみたが、どうやら神経は通っているようで、掴まれていると言う感覚はある。
パタパタと動かそうと思うと、それは手足の様に当たり前に動かすことが出来た。
それにしてもなんと言うか、可愛い感じになったものだと苦笑い。
前は所謂普通の男子高校生だった、黒髪黒目である。
しかし、目の前……と言うか自分になったこれは、なんと言うか儚げであり、自分の面影などまるでなかった。
……いや、ちょっと待てよ。
俺は急いで股の間を指で押すと、プ二っとした感触が返ってくる。
良かった……どうやら女の子になった訳では無いようだ。
俺はほっと一息ついて、目の前に置かれているもう一枚の紙を手に取る。
そこには、この世界の自分の今迄の略歴が記されていた。
ロルフ:堕天使
天界の天使の集落で生まれる。
下界に興味を持ち、下界に行こうとして、下界へとつながる門番に捕まり、下界に行く事は許されない事を聞かされる。
それでも何とか行こうと考えていたが、その機会に恵まれず、約十年間集落でつつましく過ごす事になる。
その後魔界の王が下界(地上)へと進攻、それに伴い天使も下界へと降り戦闘する。
しかし、人間から見て天使は珍しく、捕まる者がその血を欲し殺される等様々な事件が起きる、その被害者の一つにロルフの両親が該当する。
その様々な事件をきっかけに天使は天界へと戻る。
しかしロルフの下界への興味は憎しみに変わり怒りそして憎悪した、それを感知した天界の力ある者がロルフを捕縛しようとして逃亡。
その時に、人間は天使の守る者であると熱弁した者を一名殺害。
その後両親を殺した者とその側近、また関わったと思われる者達を殺害。
その行為を観か出来なかった天界の王によって堕天使に認定され羽が黒く染まる。
しかし、復讐終えたロルフは満足して自害。
その亡骸を回収し、異世界の少年の魂を入れる。
(旧ロルフの魂は既に体を離れ巡っているため、現ロルフが旧ロルフの記憶を思い出す事は不可能)
うん、なんと言うか、重い!
親の復讐を終えて満足です死にますって、怒りと憎悪は分からなくもないけれど、行動力あるなこの子。
まぁ、どうやら俺がこの子を乗っ取ったりした訳じゃ無いと言う事だけが、救いと言えば救いか。
どうせ俺は他人っちゃ他人だしな、もう終わった事だし、俺が有難く使わせてもらいます。
一応手を合わせて冥福を祈っておこう。
「はぁ! 何よこれ!」
そうこうしていると、椅子が埋まって行き、自分の姿を確認した人たちが目を丸めて驚いている。
俺と同じなら、元の姿とか一切関係ないしな。
さてと、俺は目の前を見る。
どうやら椅子は一つを除いて埋まったようだ。
数は五人、それぞれ人間とは思えない格好である。
堕天使(俺)と骸骨に、妖精のような女性、人を緑色にして凶暴にした感じのモノ、あとさっきから姿を変えまくってる水色の何か。
そして最後の椅子は、なんと言うかフカフカそうなソファーである。
多分、説明やらなんやらしてくれる人が、現れるんだろう。
その瞬間、俺達は一斉にソファーの方を向いた。
押しつぶされるほどの重い空気と言えばいいのだろうか、ソレから発せられる何か――威圧とでも言おうか――が俺達に圧し掛かる。
黒と言うよりも隙もない漆黒の髪に、何者も映さないような黒い瞳。
俺たちの二倍はありそうな縦にも横にもデカい人物。
それが右手を挙げて「よぉ」と、親しげな友人にでもするように挨拶をして来る。
最後に背広に身を包んだお爺さんがその人物の後ろに立つと、まるで困った人だとでも言いたげにやれやれと首を振り、肩に手を置く。
「んっ?」
「魔王様、この方たちは来られたばかりです、その様に威圧するのは止して下さい」
「それもそうだな」
そう言うと、まるで体が羽のように軽くなったと思う程に自由がきく。
押さえつけられていて、それが解放された事による解放感、といったところだろうか。
見れば全身汗だくだった。
「紹介が遅れたな、我こそは魔界の王たる魔王だ! さて、お前らも知っていると思うが、今日からお前たちに一つずつダンジョンを任せる!」
「……引き継がせて頂きます、この世界は天界、下界又は地上、そして魔界で構成されております、天界と下界は手を取り合い魔界と争っており、拮抗した状態が約五年続いておりました、しかし天界が段々と手を引き始め拮抗が崩れました……そこで呼ばれた異世界の者が、大規模な異世界人召還を提案、その裏で我々にもダンジョン運営の人物を送り込む事を確約しました、これにより更にバランスが崩れることとなるでしょう」
「と言う事だ、なんでも呼び出した異世界の者は、その世界の下っ端ではあるが神らしくてな、大好きなファンタジーの状況を作り出せて嬉しいと小躍りしていた」
……神様なにやってんの?
そのお蔭で俺が此処に来られたのは感謝しているけど、ファンタジーの状況つくれてハッピーって、仮にも神としてはどうなんだろうか。
「まぁなんにせよ、我も面白そうなので乗ったんだけど」
「皆様には、それぞれ大陸中心から考えて星形の点となるようにダンジョンを設置させて頂いております、そちらで励んで頂ければと考えております」
「何かあればマニュアルが置いてあるのでそれを見れば大丈夫だろ」
「それでは今後視察でお会いする事もあるかと思いますが、よろしくお願い致します」
そう言って、俺の前から魔王と執事のお爺さんが消えた。
そうして景色が変わる。
つまり、正確には俺があの場所から違う場所に転移した、と言う事だろう。
辺りを見渡すと、異世界に来たと言う実感がまるで無い物だった。
いや、さっきの転移を思えば魔法! って思うかもしれないけれど……。
なにせ、俺が転移したのは、元の世界で一般的な黒のベッド、そしてテーブルに椅子、色々と中を確認してみれば、トイレとシャワーと言う一人暮らし用のアパートみたいな感じだ。
なので、異世界? となってしまうのも仕方ないと思う。
とりあえず、俺は椅子に座り直し、目の前の分厚い本を手に取る。
多分これが、言っていたマニュアルと言う物なのだろう。
正直読む気が起きない、なにせこんなに分厚い本なんか面倒くさいからだ……まぁ読むけどね? 読まないと何をしていいのか分からないし。
とりあえず、シャワーとかトイレが元の世界の物って言うのは助かる。
表紙をめくると、そこには一枚の紙が挟まっていた。
それを広げてみると、家に届いた手紙よろしく堅苦しい挨拶から始まり、これからの事が書いてあった。
要約すると、異世界に来てくれて感謝していると言う事。
そして、約一か月後に、ゲームがリリースし、望む者達はこの世界にやってくると言う事が書かれていた。
俺は少し手紙を見て考える。
一か月で来ると言う事は分かったが、しかし一か月後に此処がその者達にいきなり攻められると言うのは考えにくいのではないかと言う事だ。
なにせ、ゲームの最初は弱い。
チートを持って異世界へって言うのならば話は別だけど、どうやらそうでは無い感じ。
それに加えて、何人程度この世界に来るかと言う問題もある。
来る人数が少なければ、それだけ脅威が小さいし、異世界に来て調子に乗って速攻死んでしまう事だってあり得ると思う。
まぁ実際この世界に来ようなんて人は、割といるんじゃないかとは思う。
なにせ、ノリと勢いは勿論の事、向こうの世界に退屈だの、もう働きたく無いだの、そもそも働きたくないとか、色々な問題を抱えている人は此方に来るのではないだろうか。
来ないのは、それこそあっちで充実している人たちだろうし、加えて相互に心配し合える仲の人がいる事、恋人だったり家族だったり。
その恋人や家族だって、一緒に此方に来ると言う可能性が無い訳では無い。
……まぁこれは今考えても詮無きことか。
結局の所規模なんて、それこそ後一か月したら分かるし、本当に死が身近なんだと言うのも、隣にいた人が消えれば嫌と言う程味わう事になるだろうし。
それに、今考えなくてはいけないのは異世界から来る人々では無くて、現地の人々の事だろう。
なにせ、神がアニメやらの展開を望むほどの世界なのだ、冒険者やら傭兵やらが跋扈していても不思議は無い。
更に、魔王軍と人が戦争をしている状況だ。
そんな戦闘に慣れ親しんだ人がこのダンジョンに乗り込んで来れば、直ぐに潰されてしまうだろう。
いくら死なずと言っても、それはそれで都合が悪そうだ、ずっと都合のいいように搾取されるとか。
「……とりあえず、読むか」
そうして、俺の最初の一日目は、本を読む事で終了したのだった。