10:紫部・陽子と織深・奏治
カーン
カーン!
高く澄み渡り、叩き付けるように響く音は何?
カーン……
大鐘の音か? 葬送か祝福か?
否、これは鐘の音にあらず。これは砕ける音。
硬く、焼き固められた寄せ集めが、一夜の夢のように砕ける音。
「おぉ、すげぇ。見ろよ、陽子」
サウナの中にいるような思いのする夏の暑い日、冷房の力を無視された白い保健室の中で若い保健員の男が何やら暑苦しく興奮していた。
「ほら、色がキラキラァ、て。綺麗だぞー」
「織深さん……それじゃなんだかわからないよ、子どもじゃないんだから。それに暑苦しい」
「う、お前うちの妹みたいな言い方するなよ……」
織深・奏治を苦笑いさせるのは、陽子と呼ばれた短い茶色の髪の少女。とある学園の制服を身につけた高校生である。
軽く皮肉を飛ばした陽子であったが、まったくそれは冗談の範囲。なになに、と奏治が手に握る物を覗き込んだ。
それは七面の水晶。
「この間、緋湖さんがふらりと来た時に置いていったんだぜ」
回想する男の目はオリーブ色。輝く視線に陽子はちょっと困ったような微笑みを返した。
水晶は織深の手の中で七色に光る。太陽の光を七つの面に分光させ、一つ一つの面がそれぞれ赤・橙・黄・緑・青・藍・紫と鮮やかに色づいている。
「すご……」
顔料に染められたことによる色ではない。白という原光から抽出された生の色がそこにはある。
「だろ? でも何が凄いって、太陽って奴が一瞬たりともさぼらず全部の色をちゃんと混ぜた白い光をよこしてやがるってことだと思うんだ。何かの色が欠ける瞬間はない。だからこそ、この世界が鮮やかに呼吸しているんだ」
呼吸の荒くなる奏治。だがその時、なめらかな水晶が彼の手から逃れた。
二つの悲鳴が真夏の保健室に響く。
しかし、次の刹那
カーン。
床面に衝突した水晶はまるで天国で鳴らされる鐘の音のように響き渡り、保健室の「音」を征服した。
まっすぐに、高らかに、響く。
澄みきった水をすり抜ける光のように、心を叩く。
「すごいな……割れる時まで……」
呆然と呟く織深。
陽子はあまりの衝撃に声も出ないと言った様子。
彼らはそのまま朱い西日が窓から差し込むまでそのままでいたという。
擬音の表現において、じつは宮沢賢治を目標にしていたりします。
その他風景描写も「神曲」だったり、古い文学作品の技術を現代のファンタジーに使えないかなぁ、とか普段から大それた、というか莫迦なことを考えております。
私はエンデが一番好きです。その事についてはいずれお話ししたいと思います。「これはまた別の物語。いつか別の時、別の場所で話すことにしよう」でしたっけ?