8:クラレット・シーク・クーフナーとアレッシュ
魔法戦闘が書きたくなったので、少し強引に入れてみました。
「仄暗い闇を突き抜けて、我の下に在りしあたたかき光よ。許されざる偽りの命、汝らの正義を鋭き刃とかえ敵を斬れ!」
葡萄色の髪の少女が杖を振り上げ高らかに叫ぶ。彼女のいでたちは魔法使い。黒い生地に紅く金光りする糸で魔法文字が刺繍されている。彼女の言葉は、彼女の下に集った精霊達への指令となり、敵に対しては滅びの力となって具象する。
今、彼女がいるのは屋敷の敷地内の隅に置かれた物置の中。彼女が戦っている敵は、長く放置された物置の中で蓄積された埃が魔獣化したもの。決まった形を持たない埃の魔獣はなかなか滅することがない。
物置の明かり取りの下の敵が、少女の言葉に従って刃となった光に散る。だが、その反対側、光の届かない片隅から新たな魔獣が這い出してくる。
この物置は彼女の家族であり魔法使いの一族である者達が、ここ五十年間ただただ何も考えずに魔法具を積み込んだ場だ。碌に封印もされていない魔法具は魔力を存分にまき散らし、それはすべて埃の栄養となった。本来なら容易には退治できないような魔獣がいても不思議ではないのだから、少女は幸運だとも言える。
しかし、彼女にその幸運を喜ぶ心はないようだ。それどころか、今にもここを丸ごと吹き飛ばすほどに怒り狂っていた。
「安らかなる闇よ、眠る可愛き闇よ。物寂しい汝の心はこの者達の命で慰めるがいい」
鼠を模った魔獣が闇に包まれ、捕らえられる。偽りの命が闇に返される。
これを折にしばしの沈黙。
「もう……これで終わりよね、お兄様?」
少女が振り向いた物置の扉、そこに背をあずけ凭りかかる男がいた。
青年と呼ぶにふさわしい頑強な骨格にすらりとした二枚面。少し長めにした髪が、彼自身が己の容姿に自信を持っていることを公にしていた。
少女の言葉に反応し、物憂げに目線を上げる。彼は今まで彼女が奮闘する様を指一本動かさずに、他人事のように見ていたのだ。
だが、彼が口にするのは彼女への労いではない。
「相変わらず莫迦だな、クラレット。これしきで奴らが消えて無くなると思っているのか?」
な、と憤る少女。だが、ハッと振り返った彼女の目にいつの間にか集結を果たし、人一人分の高さまで生長した埃の山のシルエットがあった。
「だから言ったんだ。ここはもうまとめてぶっ壊すしかねぇ、てな。無理なんだよ。何年放置されてたと思う? 五十年だぞ。ウサギなら十代は世代交代ができる時間だ。諦めろ、俺は帰るぞ」
そう言うだけ言って、彼は扉をくぐって出て行った。取り残された彼女は――。
「――アレッシュお兄様のバカー!」
がいぃん。
杖が石の床に突き立てられる。衝撃に反応し、もう一端の宝玉を中心に空に光の魔法陣が展開される。方形の魔法陣は音楽演奏の為の楽譜のような役割をする。
強い魔力をのせられた少女の声が朗々と唄い出す。
「深淵より沸き出でし滅びの右手よ。死者を焼き弔う炎獄の左手よ。破壊の両手。雄々しき腕広げ、我が前に立ちふさがりし総てを汝の物とするがいい。我は汝を呼ぶ、塵も残さず焼き消せ!」
先祖から伝わる闇と炎の精霊を同時に呼ぶ術。滅びと魔力をその領分とする闇の精霊と、純粋たる破壊の象徴である炎の精霊。その二つを同時に使役することは、攻撃魔法としては究極のエネルギーを引き出すことになる。
原理は同じだが、呪文自体は彼女オリジナル。十六年の人生で練り上げた呪文には彼女の思い入れが集結した名前が付けられている。
「『漆黒の火葬』!」
はじめに物置の周囲を闇が包み隠し、次の瞬間、漆黒に染められた爆炎が炸裂した。
碌に視界も利かない暗黒の中、数千度の炎が理不尽なまでの暴虐を尽くす。
こうして、不死の域まで積み上げられた偽りの生命も終焉を迎えることとなった。当初の予定では破壊されるはずのなかった物置ごと黒いクレーターとなって。