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九段目:まとめ

 青い空、青いキャンバス。

 白い雲、白い柄の筆。

 さややとそよぐ木の枝、そこには数え切れないほどの緑の宝石がある。幹は大地にずんと根ざし、その大地には常磐色の絨毯が敷かれている。

 太陽が高い空から穏やかに光を投げている。


 ――つまんねぇ景色。


 寝そべった俺の視界は、仰ぎ見る空の青で塗りつぶされている。この視界の端に、天色の短髪の頭が映っている。今日の俺の同行者、マリエノース・ビアッティの頭だ。

 マリ(マリエノースのことだ)は蒼天の平原で飽きることなく写生を続けている。何時間も。いま来ている場所は、そこにいる者の望む天候で停止するという変な場所なので、いつまでも俺達は真昼の草原にいるわけだが、そうでなければとっくに誰そ彼になっているだろう。

 彼女のキャンバスに描かれているのは、空と緑の海、そして一本の大樹、それだけだ。この俺を引っ張り出したんだから、もうすこしおもしろみのある絵を描けってんだ。

 いったいどうしては俺は、こんなつまらないことを引き受けたんだ?


 *


 「アレッシュ様。マリの写生の付き添いをしていただけませんか」

 「俺に幼女趣味はありません」

 「……あら、それでしたら、私でいかがですか?」

 「いかが、て、何がですか?」

 「ふふ、さぁ……何のことでしょうね」


 *


 俺としたことが、あんな手に引っかかるなんて。第一、理事長補佐に手を出したら理事長が黙ってないだろう。まぁ、〈クーフナーの大剣士〉である俺様があの男に負けるわけはないんだが。

 「ねぇ先生。あの雲がうまく描けません」

 「あぁ?」

 ――これは後で緋湖を虐めるしかねぇ。

 そう、腹で決定してから、俺はチビ女の絵を見るために身を起こした。

 「良くできてるじゃねえか」

 「だめだよ。この絵の雲は、あの雲みたいにふわふわ飛んでかないもん」

 「んなの、当たり前だろ」

 ちなみに、今このチビは生意気にも油絵を描いてやがる。やるだけあって絵はうまい。その緻密で写生的なこと、原っぱの草は一本ずつ、大樹の葉も一枚ずつ、雲なんて水蒸気の粒が見えそうなほど真に迫っている。

 「ねぇ、先生。完全なつみきって何だろうね?」

 ふいに彼女が訪ねてくる。青玉サファイアの瞳に宿るのは、真実への探究を求める光。

 「完全ってなんだよ」

 「完全って、描けてる物が何もない状態じゃないかな? すべてがそこにある、満ち足りた、幸せな状態」

 「すべて……?」

 一体すべてとは何だ。俺にはわからない、俺は――――。

 「何もない状態はあるよね。一切の物をかき消した、寂寞の状態」

 本当にそうなのか?

 俺はマリの小さなパレットナイフを手に取った。

 「油彩のキャンバスは、絵の具を削れば消せる。でも、完全に白くなるわけじゃねえだろ。絵の具を塗られた、名残がある」

 「絵はキャンバスごと捨てればいいです」

 あ、そうか。

 でも、と彼女は呟く。

 「完全な無はある。けど、完全な「有」ていうのはないんだね」

 心哀しそうに言うマリ。だが、それは悲しむことなのか?

 「俺達は完全をしらねえ。それだけだろ?」

 あたたかい、夏色の風が吹いて、一面の緑の海原に波をつくった。

 「完全すべてなんて、俺にはわからない、そして、俺は考えたくもない。俺は完全になんてなれねえだろうし。

 「でもよ、それを目指すのはそいつの勝手だろ。進むのはそいつの勝手、止まるのは俺の勝手。ただ、進めねぇって諦めて、世界すべてを毀そうとするのは間違いだろ」

 ……少し饒舌になってしまった。俺はべらべら喋るのは嫌いだ。

 俺が黙り込んだのを見て、マリは再び絵筆を動かしはじめた。あの筆の動きが止まるのはいつのことだろう。そう思いながら、俺ももう一度草はらに仰向けになって青空を眺めることにした。


 ――不透明な空の青も完全ではない。


 俺達と完全との間にある隔たりは、この青空までの隔たりと同じぐらいだと思う。手を伸ばせば届きそうで届かない距離。

 頭上の天のことを思った次に、身体の下にある大地のことを思った。

 大地とは、世界がはじまってからここまでの永い時の間、生まれたり死んだりした連中の思いとか屍の積み重ねなんだろう。その思いとは、果てない何かを目指し続けた奴の物から、一章目先の小銭だけ追い続けた奴の物まで、いろいろだろう。

 俺には無縁の者達。

 俺は、俺の生き方をして、そして死ぬ。頑張る時もあろうし、諦める時もあろう。

 目を閉じる。穏やかな風と時の流れがこの身と心を包んでいるのを感じた。世界が生きている、まだ生きている、いまは生きている、この瞬間を全身で感じた。

 俺は完全など知らない。だが、こうして穏やかな世界の中で寝ころんでいるこの時は至福そのものだ。


最後になった三十個目のつみきです。

「つみき談話」の最終話は一つ目のつみきにしようかと思ったのですが、きれいにまとめたくなったので三十個目のつみきと相成りました。「完全」というテーマを引き継いで、アレッシュが彼なりの答えを出してくれるのが違います。

最終話に当たって、戦闘シーンを出さないようにつとめました。個人的に戦闘を書くのは好きなんですけど、あんまり書くと長くなるし、全体には短いですし、あくまでも私が書きたいのは「呟き」であり戦闘ではなかったのです。

いかがだったでしょう。通して読んでくれた方、いますでしょうか。

自慢じゃありませんが、読者数はかなり少ないらしいです。ものによっては一桁……。

ですので、すべてを読んでしまった人、何でも良いですから感想を下さい。評価は結構ですから、罵倒でもなんでも、一言お願いします。

では、またお会いしましょう。


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