八段目:談話
必要な舞台装置は照明だけ。場所はプールだが、そのセットは特に必要ない。照明は、鮮やかな青と、それに劣らない赤の光線。そして、できる限り出力のあげられる白色灯。観客の視界を奪えるほどの眩しさを出せれば良い。
舞台は固い床。
役者:ツミ(男、着物)、サキ(女、男でも良い。中性的な人物希望)、天使・モノ(女、三者より幼い)、楓・千重(女、赤い長髪のかつらがあると良い)
(開幕)
舞台は青い光線で照らされている。
ツミ、サキ、モノ、舞台の中央で三者は向かい合って立っている。
舞台下手(左側)より、カン、と千重の足音。袖より姿を見せる。
彼女だけに赤いスポットライト。(舞台の照明と混ざって紫にならないように注意)
千「私はこの世界の継続を肯定するわ」
ツミ、サキ、モノは彼女の方を見る。
千重、舞台の三分の二まで移動。ツミは不動のまま千重を迎えるが、サキとモノは舞台の右側に逃げる。
ツミ、静かに彼女の前に歩み出る。
ツ「どうして? どうして君はこの世界の歪みを許せるの?」
千「歪んでいる、歪んでいないが問題じゃないわ。この世界はこれまで永く続いてきた。歴史というつみきは、私達が測ることができないくらい高く積まれたわ。それを、いま壊すことを許せないだけ」
ツ「この世界は間――!」
千重が右腕を突き出してツミの言葉を遮る。彼女の長い髪が華やかに翻る。
照明、ツミと千重の間を境に、舞台を青と赤で分ける。(天井灯を使って分けられると良い)
千重が上手(右側)に向かって歩き出す。ツミはそれに気圧されるように後ろ歩きする。
千重とツミの動きに合わせて、照明、青と赤の境界をずらしていく。
サキとモノはツミの背後に留まり続ける。必要なら動く。
舞台が青と赤に二分された時、千重とツミの動きも止まる。
千「ごたくは沢山だわ。世界を滅ぼすというのなら、その迷いを捨ててから来なさい」
青の領域に留まっていたサキが、境界に、千重の前に歩み出る。
サ「それは、どういうことですか?」
千「(サキの方を向いて)ツミは迷いがあるからこそ、いまこの場にいるという事よ。答えを出すことができないから談話を望むのだわ
(再びツミの方を向いて)世界が崩れるのなんて、当然のことだわ。この世界は積まれた物なのだから。――壊れるのは人の罪への報いかも知れないわね。それならば、私はその崩壊から逃げようとは思わないわ。でも、その終焉は誰かの手によってもたらされる物ではないわ。私の望みはこの世界が自然に崩れるその音を聞くことよ」
千重がツミに肉薄する。ツミは動かない。
照明も動かない。青い照明が白みを帯びる。
千「〈魔王〉として言うわ、失せなさい。迷う手で、震える手で、何も掴むことはできない。壊すことだってできない。お前は何もできないのよ」
千重が右腕を、叩き付けるように前に突き出す。それを合図に白い照明が急速に強まる。苛烈な光が見る者の視界を奪う。
それは三秒の間。その間にツミは音を立てずに、すみやかに退場する。
三秒後、照明はほどよい明るさの通常光になる。青と赤の照明はもう無い。
この間、千重は右腕を下げない。
一呼吸おいてから千重は右腕を下げる。身体の力を抜いてから舞台の角に立っているモノに目線をやる。
千「こちらへ来なさい、〈鏡花水月〉」
人見する少女のように、上目使いで千重を見ながらモノは千重に近づく。
二人は正面から向き合う。
千「(優しく)ありがとう、〈鏡花水月〉。先を見出してくれて」
モノ、沈黙。千重は彼女の返答をそう長くは待たない。
千「〈鏡花水月〉、この際だから言っておくわ。あなたは無力な存在でもない、囚われているわけでもないわ。あなたの周囲には、確かに孤独が山をなして積まれているけれど、それはあなたの意思ですぐに壊れる物だわ」
モノは声を出して答えはしない。慎ましく、千重に頷いて理解を示し、静かに退場する。
千重は次にサキを見る。視線を受けたサキは無言のうちに千重の前に歩み出る。
サ「どうして、あなたは世界の継続を肯定できるのですか? それを口にすることができるのですか?」
千「それは、私という存在がここにあるから。生きている、からだわ」
しばし間。千重は一人で軽く頷いてから口を開く。
千「これからどうするの? ――学園には来ないの?」
サ「(少し考えてから首を横に振る)私の物語はまだ終わってませんから。私は、まだこの世界の希望を見出せていませんから」
そう、と呟き千重は踵を返し下手へ去ろうとする。その背中にサキが問いかける。
サ「この世界は積みなおせると思いますか?」
千「(サキを背中越しに見ながら)ある程度はできると思うわ。でも、さっき言ったとおり、世界はいずれ滅びるわ。時の果てには、必ず」
サ「なら、それまでならこの世界は在り続けるということですね」
千「世界に生きる者たちが、継続への意志を捨てない限り」
サ「世界に転生の音楽は奏でられ続ける!」
サキの言葉に微笑むでも眉を顰めるでもなく、無表情で千重は下手から退場する。サキも、彼女が退場しきる前には踵を返し、上手から舞台を去る。
照明は二人の退場を待って消える。
終幕。
二十九個目です。二十八個目はどうしたかといえば、前回のお話が実は二十七個目と二十九個目の合わさったものだったのです。
今回気がついたのですが、台本風に書くと、人物の気持ちを文字にできないのです。皆様には迷惑かもしれませんが、これは私の修行の一環だったりします。
次回でだらだらやっていた『つみき談話』も終わりです。最終話は月曜日あたりになると思います。この次は二月ぐらいから『my moon』というサキとかツミとかが出る物語を書くつもりです。