七段目:絶望
この夢囃子学園は寄せ集めである。
数々の物語から招かれた者達が、平和という制服を着てかりそめの生活を営んでいる。
招かれた者達は戦士だった、その多くが。
だから、学園はたやすく戦場となった。
しかし、それでもここは夢囃子学園だった。その事に、揺らぎはなかった。
寄せ集めの平和、寄せ集めの絆。積み上げた日々の生活は儚いつみき遊びにすぎない。だが、それでも彼らはそれを守る。彼らが学園を守る為に戦っているのだから、ここは戦場となった今でも学園であり続けるのだ。
ここは、彼らの不可侵の遊技場なのだ。彼ら自身にも侵すことのできない。
学園の中、数ある中でも屈指の特異性を持つ第七水泳場。ここは「忘却」の溜まり場、プールにレテ河の水が張られている。
いま、緑色の空に覆われた学園ですべてが緑色に見える。第七水泳場でもその例外ではない。
緑青の月の下、プールの縁に二つの人影があった。
一つは天使モノ。『孤独』に取り憑かれ、学園にいて制服を身にしていても、誰とも言葉を交わすことも触れあうこともできない、〈鏡花水月〉に呪われた少女。
一つはサキ。サキは緋袴を穿いて巫女のような格好をしている。サキは学園の外に住んでいる。友人により招待されたものの、騒動の中で忘れ去られた人間。サキを知る人間もまた少ない。そして、いま誰の意識にもない彼女だからこそ、モノが接触できるのだ。
そして二人は手を取り合い、〈忘却〉が形なす場所、第七水泳場にきた。
二人が水面を覗き込む中、プールは泡立ちはじめた。
「ツミさん」
サキの、少女のようにか細い声が呼ぶのは、かつて彼女と共にあった少年の名。
しかし、水面から飛び出たのは黒い魚のような影だった。
モノの手刀が閃く。
「出てきなさい。戯れの時は終わりました。直ちに、逃げることなく!」
サキの声より少し高いモノの声が、水面と、忘却に侵された静寂を、打つ。
世界の色が変わる。
青く。
緑から、青へ。
毒から、悲しみへ。
青い水泳場は、月下にあるようだった。
そして、牡丹の紋様の着物を身につけた少年が姿を現した。
「完全なつみきとは何だと思う?」
「ツミさん、もうこんなことは止めてください。もういちど、あの頃と同じような生活を、同じような物語をはじめましょう?」
サキが懇願する。ツミは、その誘いに首を振って答える、悲しげに。
「ごめん、サキ。それはできないよ。僕は、ツミは、『罪』になってしまったから。人の罪を知ってしまったから」
ツミはモノに目をやった。それに立つ少女は、先程の覇気ある様子とはうってかわった、意志のない虚ろな人形のように突っ立っていた。
「君はモノと言ったけ。聞いてくれるかな。僕はね、ある時この世界で繰り返されているつみき遊びが、本当に酷く、儚い物だと知ってしまったんだ。
「人が生きることはつみきを積むことなんだ。食べたものがこの身を造り、知ったことがこの心を造る。屍や、思い出や、そんな物を積み続けて僕らは生きている。でも、そんなつみきは壊れてしまう時がある。だけど、そこでつみきを止めたら僕らは死ぬしかないんだ。
「そして、つみきは、自分じゃない他の存在から、取らないといけないんだ。僕らは掠奪しないと生きていけないんだ。このつみきは永遠に完成しないというのに。
「しかも、僕らを載せている世界は壊れようとしている。
「世界は止めてくれと言っている。つみきをする、生きる者達も、止めたいと言っている。だから、僕は止めさせることにした」
そして、彼はモノに是非を問う。
「私には、答えられません。あなたの言うとおり、世界は確かに悲しいものだと思いますけど、私はこの世界が滅びることを肯定できないから」
――しかし、モノはこの世界の継続を肯定することもまたできない。
青に満たされたこの空間は、哀しみで飽和しているようだった。どこまでも不完全な世界に絶望したツミ、滅びへの問いに是非も言うことができないモノ、そして
「君は相変わらず、先視した未来に抗って希望を見出そうとしているんだね、サキ」
終焉を迎える未来をみてもなお、希望を捨てようとしないサキ。
二十七段目です。
ここまでに三つほど、肥大化したつみきを処分しました。いや、別に公開しないだけですけどね。
物語を書き直して、違う筋へ進むという事はどういうことなんでしょう。彼らの歴史は、書き替えられるほどに薄っぺらなものなのでしょうか?
私は、これを「編曲」だと考えています。物語る、という行為のための、語る手段の変更と改良。