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五段目:転生

 生まれ続けるハーモニー。

 終わり続けるメロディー。

 消えて、現れて、死んで、はじまる。

 生まれ変わり続ける。

 転生曲カノン


 そこは学内でも屈指の狭さを誇る第三音楽室。朝の慎ましげな日光が差し込む中、古びた安物オルガンが、象の鳴き声のような音色で歌い続けていた。

 壮麗なる合唱。

 果てしなく厚く。

 自らの溜息さえ聞こえないほど圧倒的。

 演奏者はつややかな黒髪の少年。端正な顔かけられた眼鏡は彼の賢才をアピールさせられていた。

 大袈裟な身振り。いったい彼は己の観客が何人いると思っているのか。そこには彼の妹しかいないのだ。彼は演奏者としては申し分ない能力を持っているが、一般人としてはふさわしくない自意識を持っているらしい。


 がらり


 「おい三都みやと、そろそろ授業だぜ。出ないのか?」

 大柄な少年が音楽室の狭い戸口に身を屈めながら入ってきた。錆びた鉄のような赤みがかった黒髪が、寝癖のせいか嵐にもまれたようにぼさぼさだった。彼はコランド・クーフナー、高等部三年C組の学生だ。

 一方、三都と呼ばれた少年、詩之崎・三都はカノンの演奏を止めようとはしなかった。

 彼の指でつま弾かれるカノンは、彼と彼の妹を包み込む砦のように一切の音から彼らを遮断していた。幾度コランドが呼びかけても彼の声は三都の耳に届きすらしない。

 やがてコランドは諦めを知った。床に座り込み、彼の見事な演奏を鑑賞することにした。

 しかし、コランドが背負った大きな鞄とベースギターを床におろした瞬間にハーモニーの砦は崩れ去った。破片と言うべき残響だけ、床に腰を下ろしたコランドは聞くことができた。

 「おい、これからだろ?」

 「何のことかな。君に聴かせる音楽は、あいにく僕は知らないんだが」

 なに、と息巻いたコランドを三都は鼻で笑った。そして、冗談だよ、と付け足した。

 「コランド、聞きたいことがあるんだけど」

 コランドは質問を許す。

 「どうして、君はそんなに図々しいんだい? テスト前に勉強聞くだけならいざ知らず、普段の日に僕と七音のプライベートに関わってくるのはどういう了見があってのことなのかな?」

 辛口な友人に思わず弱気に感じて、コランドは彼の妹、七音なおに目線を送った。

 「お兄様、お友達はたとえ屑だとしてもぞんざいに扱って良いものではありませんよ」

 「おい、けなすか助けるかどっちかにしてくれ」

 七音はそんな彼の言葉に返答をすることはなかった。それより、と彼女は兄に呼びかける。彼のカノンを聞きながらずっと読んでいた本を膝の上で閉じて。

 「手がかりを見付けることができましたわ」

 「へぇ、さすがは僕の可愛い『物語使い』」

 にっこりと幼い七音が笑う。その微笑みに天使の面影を覚え、コランドは先程までの虐待を忘れてにやけてしまった。

 「これは『ツミ』の物語ですわ」

 「罪?」コランドが聞いた。

 「さぁ……、私には『ツミ』の音が示す意味はわかりません」

 小首をかしげる彼女の仕草も可愛らしかった。コランドが三都を見ると、彼はまるで自分の育てた猫を見るような御満悦の笑顔だった。

 「それ以上、その物語に触れられないのかい?」

 兄の問いかけに七音はすまなそうにこうべを垂れる。

 「ごめんなさい。もう少し待って頂けますか?」

 「構わないよ、ゆっくりしなさい。――君を信じているよ」

 がう、三都が座っていたオルガンの椅子が鍵盤の下に収納される。

 「さぁ、行こうか。授業に遅れるよ、コランド」

 この後、詩之崎兄弟はそれぞれ授業を抜け出していた。コランドはこれに気付けなかった。

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