四段目:夜戦
あぁ……幸せだ。
それは厳しい冬の終わりに、雪の中から芽吹く植物を見た気分。
それは憂いに満ちた長い旅から故郷へと帰り着いた気分。
それは迷い込んだ嵐の山中で山小屋を見付けた気分。
そして、これは愛しい千重さんの着替えを隠し撮った写真を手に入れた気分!
ハハハッハハハハッハハハッハ!
気分を抑えきれず、声をあげて笑ってしまう。
もうこれで今夜は眠れないだろう。この高鳴る欲望は、一晩かけて「愛」へと昇華されるのだ。
もう興奮でまっすぐ歩くことすら難しい。足がふらふらして、あ、また躓いた。
がごん。
何だ? この夜に騒々しい奴め。自分のことは棚に上げて私は後ろを見た。
――て、マジですか?
理科室を占拠して、生徒会の告知を無視して盗撮フィルムの現像をしながら、本当に出るのかな、て心配してたら、本当に出ました。
ゴーレム。
噂によると、校内売店で一番値の張る自衛ツール「爆殺人参ダイナマイト」をくらっても倒せなかったという。一度壊れても、再生能力を持っているという。
ゴーレム。
がこん。
ゴーレム。
がこん!
くそ、何の。私だってこう見えて陰陽師の名門十草家の生まれだ。こんな石だか何だかわからない物で構成された式神にやられるものか。
「急急如律令! 土くれ、芥よりつくられし物、清廉なる水に流され、消えろ!」
懐にいつも入れている水妖「みずち」の封札を取り出し、投げつける。
――あれ? 今投げたの千重さんの生写真じゃないですか?
間違った。その事実だけに頭が真っ白になった私は敵の挙動も忘れ身体を前に出す。当然、次の瞬間に眼前に迫ってきたのはゴーレムの重くて硬そうな鋼鉄の拳。
――終わった……。
悔いはあったがやむを得ない事情は飲み込んでしまうのが私だ。目をつむって冥界への道が開けるのを待った。
しかし、それはなかった。
斬、と風と共に分厚い紙を切り裂くような音が聞こえた。
音が聞こえたと同時に目を開いた時には、私の身体は敵より十メートルは離れた場所に運ばれていた。女性の腕に抱えられて。
『二重行動』。
「シンメイス先生ですか」
「――お前、生徒会の告知を聞いていなかったのか」
さすがは『対怪異部隊』所属だな、とそれが物理の法則かのように彼女はひとりごちていた。
私の足が地面についたのを確認して、シンメイス教師は腕の中から私を解放する。私の背中には彼女の大きめの乳房の感覚が残された。
――いかんいかん。私は千重さん一筋なのだ。
そんな事を目の前の状況を忘れて考えていたら、先程切り落とされたゴーレムの腕が砲弾のように飛んできた。
また、かわせませんね。
私は諦めた。だが、隣に立つシンメイス教師は諦めてはいなかった。その必要もなかった。
・立ちつくす私の身体を突き飛ばし、その反動で自分も攻撃射線の上から逃げる。
・敵の懐に潜り込み、斬る。
この二つの行動を彼女は同じ瞬間に起こした。これが二重行動だ。
ゴーレムは袈裟切りに大きく傷を付けられ、切断面から向こう側が見えた。
しかし、一秒後にはそれも消えた。
「再生か、面倒だな」
「先生、私もやります」
この申し出に答えたのは両手に剣を持ったシンメイス教師ではなかった。
「では、十草さんは私の司令下におかれるということで宜しいですね」
「その声は、葵さん」
背後を振り返ると、鶸色の長い髪を後ろで束ね大型の薙刀を手にした女子高生が立っていた。我らが生徒会長、日輪・葵だ。
「私が、あなたの下僕に?」
「十草さん、口答えをするなら放課後に第四理科室を占拠して現像していた物について取り調べて差し上げても構わないのですよ」
「あ、わかりました」
こうして臨時のスリーフォーメーションが組まれる。
「私が強撃を与える。日輪は敵の攪乱を。十草はバックアップだ」
だが、私達の猛攻にもかかわらず、この夜にゴーレム殲滅を果たすことはできなかった。
二十二個目です。
今日はなんだか忙しいです。明日から学校なのでゆっくりしたいのですけど。