一段目:告知
そろそろ終わりにしようかなと言うことでここから連作になります。私の中では十七つ目のつみき談話です。
かつかつ。足音が不機嫌に響く。
かつかつ。放課後の廊下の雑踏を貫くように響く。
苦渋の面の教師、周囲の生徒はそんな彼女を好奇に満ちた目で盗み見ている。
両手をだらりと身体の横に垂らしている。まるで敵陣の中を歩み進むかのような張りつめた構え。しばしの間彼女を観察しそれに気付いてしまった生徒は、鳥肌の立つような恐怖を感じてそそくさと目線を反らし彼女から遠ざかっていった。
そうしてだんだんと孤独になっていく女性教師、猛烈といえる速さで彼女のたどり着いた場所は理事長室だった。
「緋湖・シンメイス、高等教師まいりました」
凛、というよりは怒気の満ちた声が理事長室に響く。厚い絨毯の敷かれた室内にもかかわらず、その音響は硬く冷たいホールにこだまするかのような様相を呈している。
「ごきげんよう、シンメイス先生。お呼び立てして御免遊ばせ」
しかしそれに答えたのは優しさと穏やかさに満ちあふれた声だった。
「お忙しい中ようこそおいでになりましたね。そちらの椅子にどうぞ」
声の主は、緑の黒髪、黒真珠の瞳、ふわりとしたドレスから覗く肌も夜闇のような黒という全身黒一色の女性。ドレスに緑色の糸で何やら紋様が(緋湖は目のモチーフだと思っている)が刺繍されているのが唯一彼女に添えられた色彩だった。名はミエイナレシカ・イヤ・シュヴァルツ。ここ夢囃子学園の理事長補佐だ。声も優雅なら、立ち姿も優美であった。
理事長はといえば窓の方を向いて、緋湖に対しては背を向けた格好で椅子に座っている。寝ているな、と彼女はその背中と白髪の頭を睨みつつ、ミエイナレシカのすすめを断った。
「ふふ、相変わらず私に心を開いて下さらないのですね。(ここで彼女は緋湖の返事を待ったが、少しして諦めた)――仕方ありません、あなたがそう言う態度なら、こちらも真面目に本題に入らねばなりませんね。緋湖様、あなたに学園周辺に出没するゴーレムの排除を依頼、いえ、命令しますわ」
「何故、私なのですか?」
憮然とした面持ちで緋湖が質問した。
「これがあなたが行った体罰に対するペナルティーだからです」
「体罰? あれがですか?」
「二・五メートルの天井につくまで積木を積ませると言う罰は充分体罰だと私達が判断しました。アレッシュ・クーフナー先生もこれに賛同してくれましたわ」
「アレッシュが?」
彼女は胸の中で舌打ちした。それを聞いたかのようにミエイナレシカは言った。
「ちなみに、アレッシュ様はいまマリの付き添いで写生に行っております」
う、と息詰まる彼女。言葉を失った教師に理事長補佐はとどめを刺した。
「というわけで少なくとも今晩はあなた一人でお願いしますね。ゴーレムは学校周辺と、敷地内にも出るようなので頑張って下さい。他の教職の方に手伝って貰ってはいけませんよ。まぁ、ただ生徒達はあなたを慕って、あるいは自主的な自衛行動から手伝ってくれるかも知れませんが、強要してはいけませんよ。――やったら、わかりますからね」
ふぁあ、と欠伸。怒りのあまり表情を無くした緋湖が退室した後の理事長室にのんきに響く。
「良かったのか?」
短い問いかけ。『一人で行かせて良かったのか?』と言うのがその全部だろう。理事長、ファイルーデンス・シュヴァルツの癖だった。
「心配してしまうのですか? 妬いてしまいますわ」
茶目っ気たっぷりにミエイナレシカが答える。
阿呆、とファイルーデンス。
「心配は無用かと思いますわ。彼女は何と言っても『二重行動』の使い手ですもの」
そうか、と眠そうに理事長が言った。
彼の半開きの眼がガラス越しに見ているのは、束になって校門を出て行く生徒達。大事を取って集団下校するのだろう。
「面白くなりそうか?」
「どなたが動く積木なんて作ろうと思ったのかは気になりますわね」
あくまでもシュヴァルツ理事長夫妻の会話は呑気さに終始していた。